伝えきれない 1
メールも携帯も出来るだけ使って連絡している。
俺がそう心がけているように、だって同じようにしているはずだ。
メールも電話も一方的ではないのが証拠だ。
家電や手紙しか連絡手段がなかった少し前の恋人たちから見たら、うらやましいような遠距離恋愛だろう。
いつでも好きな時に電話をかけられて、しかもそれが直通電話なのだから・・・。
メールにしたって、打ったものが数秒で相手に届く。
相手の都合さえ良ければ、すぐに返事も来る。
比べる事なんかできないけれど、きっともどかしい思いは少ないに違いない。
けれども、それでも、心は少しも満足しない。
同じ空の下で暮らしていて、携帯の機械を通して声を聞いてメールを読んでいるだけじゃ物足りない。
すぐそばで同じ空気を吸い、同じ時間を過ごしたい。
の体温をすぐ横に感じたい。
柔らかくすべらかなうなじに唇を寄せて、甘い匂いを嗅ぎたい。
もう、次から次へと溢れんばかりにとこうしたいとか、ああしたいとか、浮かびまくる。
隣のお兄ちゃんから、彼氏に昇格して格好のいい大人の男を見せてをメロメロにする予定が、そんな余裕はどこにも無い。
こっちの方が、切羽詰ってしまっているような気さえする。
よく、飢えているとか渇いているとか表現される心の渇望という奴。
俺の場合は、を求める気持ち。
恋人になって、身体を重ねてしまったことで、俺の中にあったかせが外れてしまったらしい。
「やばいよなぁ・・・。」
何も無い天井を見上げて、ぼそりとつぶやいた。
が横にいたら、どうしたの、なんて尋ねてくれるのだろうが、今は1人だから静かなままだ。
それがまた、余計に人恋しくさせる。いや、を恋しくさせるんだ。
今夜は残業もないからと飲みに誘われた。
まあそれなりに付き合わないと、人間関係もスムーズに運ばない。
職場では適度なオフでのコミュニケーションは必要だと思う。
だから、同僚のしかも男の誘いだったら、出来るだけ付き合う。
もちろん、女の子の誘いは丁寧にだが断っている。
俺には、がいるから・・・。
の知らないところで、見ていないところで、以外の女の子と2人で飲みに行っても揺るがない自信はある。
けれど、そういう事をしているとが知ったら、きっと裏切られたと思うだろう。
俺だってそうだから・・・。
課内や部内での飲み会だったら、仕事の一部として参加することにしているけれど、1対1でのお誘いは全部パス。
はもちろん何にも言わないけれど、俺はに男と2人きりでの飲みや食事やお茶は駄目だと言っている。
男の俺は、振り切って逃げることも出来るし、腕力でだって負けないから一応心配ない。
でも、は女の子だ。
強い酒でも飲まされたり、力技で迫られたりしたら、不本意でも流されてしまう可能性が大きい。
そうならないように、隙を作らない、ガードを硬くするのは、基本だと思う。
男同士の割には、なんだかチャラチャラした店だと思った。
連れて行かれるのは、もっと落ち着いているか、居酒屋みたいなカジュアルな店を想像していたからだ。
案内してきた奴に続いて店に入ると、もっと違和感が大きくなる。
女の子を連れてきたら喜びそうな店。
そう感想を持つほど、おしゃれなインテリア。
同性同士という組み合わせのお客が少ない。
首をひねりつつ歩いて行くと、「遅くなりました。」と、前を歩いていた奴が遅刻をわびる言葉を言っている。
それを受けて歓迎の声が上がる。
男ばかりの声を想像していた俺の耳に、女性の嬌声が聞こえた。
しまった・・・と、思った。
このまますぐに回れ右をしてこの店を出たい誘惑に駆られる。
振り向きかけた俺の腕を、いつの間にか連れがしっかりとつかんでいた。
「さあ、お嬢様方。お目当ての男を連れて来ましたよ。」
ぐいっと引っ張られて連れの影から出た。
合コンだ・・・それも社内の。
肩を押し付けられるようにして、椅子に座らされた。
「だましたな。」連れてきた奴に小声で毒づいてみる。
「まあ、そう言うなって、お前を連れてくればっていう条件で女の子たちが受けてくれたんだよ。
途中でトイレでも行く振りして消えてくれていいからさ。
って言うか、俺たちの為にも消えてくれ・・・な。」
大きくため息を吐いて「分かった。」と返事をした。
まったく、人を釣りえさにするとは・・・。情けなくなる。
同僚と飲みに出かけることは、メールで知らせておいたから電話をかけてくるようなことはないだろう。
こんな状況に電話でも来たら、の目が無いのをいいことに遊んでいるように思われる。
それは絶対に嫌だ。
男として、本命の彼女に浮気性だとは思われたくない。
そうでなくても、不安にさせているという自覚がある。
親を巻き込んでまでお見合いまでしたのだから、出来るだけ早く人に堂々と言えるような形にしたいと思っている。
その為には、まずの両親に頭を下げに行かなければならないと・・・。
それなのにこんな所で、こんな事をしていては、の両親にも聞こえが悪い。
そう考えたら、不意にの泣き顔が浮かんだ。
隣や目の前でしなを作り流し目でアピールしてくる女の子が居てもの事を考えるなんて、俺はどれだけ彼女に溺れているのだろう。
我ながら可笑しくなって来る。
「おっと悪い。少し席を外させてもらうね。」
携帯が入っている胸ポケットを押さえて、立ち上がる。
「えぇ〜、そんなの後でいいじゃない。」と横に座っている女の子が、腕をつかんで引き止めた。
「いや、この携帯、会社の連絡用だから出ないとまずいんだ。」
名残惜しそうにつかまっている手を振りほどいて、携帯を出し着信ボタンを押して耳に当てた。
「はい、溝上です。」と相手に名乗る振りをして、コンパの席から出口に向かって歩く。
もちろん、耳に聞こえているのは、プーと言う通信音。
何度も繰り返したことがある会話を自分だけで演じて電話を切る。
背中を向けていたコンパの宴へと振り向いた。
一緒に来た・・・と言うか、だまして俺を無理やり連れて来た奴を見るとこっちを見ている。
「悪い、呼び出しがかかった。社に戻る。割り勘分いくらだ?」
携帯を外側の胸ポケットに入れると、内側胸ポケットに手を入れて財布を出す。
「何も手をつけていないから、いいよ。」と、社に戻ると言った俺に同情している表情で、手を振った。
「じゃ、カンパっていう事で。」
5千円札を出して握らせると、女の子たちには目もくれないで店を出た。
明日になれば、出社したあいつに今ついてしまった嘘がばれるだろう。
その後ろめたさからのカンパだ。
携帯を出して一芝居演じたのは、逃げる口実が必要だからに他ならない。
仕事で裏切ったり出し抜いたりするのは嫌いだし、少なくともやらないように気をつけている。
けれども、個人的な感情が絡むとそうも行かない。
特にとの関係が駄目になりそうな原因となれば、後で裏切りだぞと言われてもコンパは逃げるに越したことはない。
最寄の駅についてからのアパートまでの帰り道、空腹を覚える。
今夜は何も食べたり飲んだりしないのに、財布が軽くなった。
贅沢は出来ないか・・・。
それでも損をしたとは思わない。そんな自分に満足して笑みが漏れた。
「今夜はコンビニ弁当で我慢しておくか。」
ひときわ明るい店の前で、お弁当の棚を確認する。
棚には何個か弁当らしきプラスチックの箱もあるし、おでんや肉まんののぼりもある。
何とか夕飯にはなりそうだ。
こんな思いまでして、に義理立てしても伝わらないのは分かっている。
どんなに言葉を尽くしても、伝えきれないだろう。
それでも、これが俺流の遠距離恋愛仁義じゃないかと思った。
思い出したら、声を聞きたくなった。
まだ、ベッドには入っていないはずだと、コンビニのレジ前で時計を確認する。
部屋に帰ったら、すぐに電話してみよう。
きっと、温めた弁当は冷たくなってしまうに違いない。
それでも、心は何よりも温まるだろうと、うれしくなった。
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2007.11.21up
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