人目があるから 1




この間は、に来てもらったからと、今週は俺がに会いに帰ってきた。
帰って来たと言っても、自分の家にだ。
の家と俺の家は隣同士だから、会うのにも連絡するにも不自由はない。
だけど、家に帰れば家族がいるから、監視が付いているみたいで落ち着かない。
それでも会いたさ見たさには、負けてしまう。
仕事が終わってその足でこっちに来た。
腹が減っているから何か食べようと、キッチンの戸棚やら引き出しをあさっていたら、後ろからお袋に小突かれた。
「なに?何か食べてもいいだろ。」
「ん」
あごですぐ脇のダイニング・テーブルを指し示す。
そんなんでも女なんだから、あごでと言うのはまずいんじゃ・・・。
そう思っても、絶対に言わない。
身の危険が迫り来るから・・・だ。
何か作ってくれるらしいので、ありがたく椅子に腰を掛けた。
冷蔵庫からなにやら取り出して、まな板の上で支度をしている。
どうやらチャーハンらしい。
すぐに皿に盛り付けられて、俺の目の前に据えられた。
「いただきます。」
そう言わなければ、手を付けさせないのは子供の頃から一緒。
レンゲを手にして顔を見れば、頷いてOKを出す。
この家に帰れば、俺は子供に逆戻りだ。



半分ほど食べてペースを落としたところで、「どうするつもりなの?」と、お袋が尋ねてきた。
「どうするって、何を?」
まあ、これでも親子を20数年してきた間柄だ。
聞き返さなくっても、言いたいことは分かっている。
「何をって、ちゃんのことに決まっているでしょ。お前が本気だって言うから、見合いまでさせたんだよ。どうするつもりなのか、聞いてもいいと思うけど・・・。」
そこで、一口茶を飲んで喉を潤すと、追及の手に本腰が入った。
「まあね、本気なのは分かってるつもりさ。なんたって、お隣の女の子に手を出したんだからね。冗談や遊びじゃすまないさないわよ。
でも、このままって言うわけには行かないだろ?お前達だって、それなりの年齢だしね。ちゃんがね、『駿さんはエリートなんで、私なんかじゃ・・・』なんて言ってくれるの聞くとねぇ・・・。
お前には、本当にもったいないほどいい子なんだから・・・。」
俺が食べ終わったのを目で確認すると、「で?」と追い討ちを掛けた。



「心配なのは分かるけどさ、俺たち幼馴染時間が長かったせいで、恋人としてはろくに話もしてないんだ。それをいきなり、結婚とか持って行けねぇだろ?第一、がまだ戸惑ってるみたいだし。恋人としてもう少し慣れてからって思ってるってことで、勘弁してくれよ。
まあ、それなりの決着はつけるつもりだからさ。じゃ、ごちそうさん。」
軽く手を合わせて立ち上がる。
「じゃ、奥さんにはそういう話してもいいんだね?心配されてるみたいだから、それ位は話しておかないと・・・。近所の人の話じゃ、ちゃん他からもお見合い来ているらしいし。お前よりいい話だったら、悪いじゃないか・・・。」
お袋にしてみたら、心配なのも分かる。
実際にお隣のおばさんとよく会うお袋にしてみたら、今の状態は居心地が悪いだろう。
「大丈夫だから。それに、エリートって言うのは嘘じゃないようにがんばってるし。の事も本気だし。あいつがプロポーズを断らない限り、結婚するつもりだから。
だけど、この話はしないでくれよ。俺たち、まだそんな感じじゃないんだから・・・な。」
念を押すように言うと、お袋はほっとした笑顔になった。



「ん、わかった。分かったけれど、できるだけ早く婚約だけでもして頂戴よ。ちゃんを逃したら、お前結婚できないかもしれないでしょ。」
背中でそんな言葉を聞きながら、階段を登る。
断られるとは思ってないけれど、以外とは結婚できないかも知れないと言うのは、あながち嘘ではないと思った。
少なくとも人生の半分以上は、の事を可愛いとか好きだとか愛しいとか思って生きてきたわけだし、多分死ぬまでそうじゃないかと思う。
今更、他の感情になど変化しそうにない。
だからこそ、本気なわけだ。
自室のドアを開け、窓の向こうに見える隣の家の窓を見る。
もう、癖になってしまっている。
その窓に灯りがついているか。
人影は見えないか。
出来る限りで情報を得ようとする。
言わずもがな、その窓のある部屋がの部屋だからだ。
学生の頃ならいざ知らず、社会人になっているも帰宅は早くないだろう。
あまり期待せずに窓の向こうを見た。



そこには灯りがついて、半分だけカーテンが開いた窓があった。
もちろん、俺が帰ってくることは、には話してある。
ドアを閉めるとすぐに窓辺によって、施錠を外し窓を開けた。
「駿?」
俺が何か話しかける前に、窓の開く音を聞いてが声を出した。
「あぁ、ただいま。」
「お帰りなさい。」
尻尾があったら振ってるだろうなって笑顔を見せて、が顔を見せる。
この笑顔に癒されるんだよなぁ。
肩から力が抜けるような心地よさ。
ほっとするんだ。
毎日、仕事から帰って、に迎えてもらえたら・・・、なんて考えてしまう。
いずれは、そうするつもりではいるけれど、それは次第だ。
母親にも言ったけれど、俺たちはまだ幼馴染の気持ちのままだ。
いまひとつ、恋人としてしっくりと来ていない感じがする。
それは、俺よりもの方がそうじゃないかと思うから、時間をかけようと考えている。



それでも、先日、が来てくれた時に、男と女の関係になったから、ここからはもう少し違ってくるだろうと思っている。
デートをして、話をして、肌を重ねてゆけば・・・。
俺も今までとは違った対応をして行こうと思っている。
「明日、出かけるか?」
「どこへ?」
はどこへ行きたい?」
彼女の行きたいところへ連れて行くのは、デートの基本だ。
子供の頃、俺の行く先へ付いて来たがったを思い出す。
連れて行きたくて、わざと行く日と行き先をに教えたりした。
付いて来て欲しかったんだ。
けれども、同じじゃ駄目だ。
今度は、対等な関係になりたいのだから。
「じゃ、最近出来た大きいショッピングモールへ。」
最近流行りの大型モールだ。
「いいよ、じゃ、9時に迎えに行くな。」
隣家で家も近くに建っているとはいえ、さすがにキスは出来ない。
でも、手を伸ばせば届く距離。
電話よりもずっといい。
「おやすみ。」と、声をかけて窓を閉めた。



急いで階下の母親のところへ行く。
テレビの2時間ドラマに見入っていたが、強引に話しかけた。
「この辺に新しくて大きいショッピングモールが出来たんだって?
行ってみようと思ってさ。場所を教えて。」
「ふーん、いいけど。行くんなら、私も一緒に・・・・って、もしかしてデート?」
「だったら、なに?」
「いや、じゃ、邪魔しないようにやめとくわ。たぶんちゃんが言っているのは、あそこやろね。」
と、テーブルの上の広告の束をあさって1枚を引き抜くと、「ここに連れて行ってあげたら。」と差し出してくれた。
テレビのCMでも知っている某大手のモールだった。
隅に載っている地図と住所を見れば、ここから45分くらい。
ドライブにも買い物にもいい距離だと思った。
「サンキュ。」
と、チラシを受け取った俺の背中に、「お土産は、1階に入っているお店のシュークリームでいいからね。」と、ちゃっかりとした声がかかる。



情報提供料と邪魔しないでおいてあげるんだから料というところか。
まったく抜かりないな・・・と、ため息が出た。




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2007.01.20up