| 
 
 
 甘えていいのに 1
 
 
 
 
 仕事を早めに切り上げて、を迎えに出た。
 ホームにいたのでは見失う危険性が高いから、あえて改札口まん前の柱のところで待つ。
 ここならを見失うことは無いだろうと、その柱に背中を預けて立った。
 改札の名前はメールで送ったから大丈夫だと思うが、無事な顔を見るまでは落ち着かない。
 到着した列車の番号表示板を見ながら、その下を流れで出てくる人並みを見続ける。
 どの位でここまで来れるのかを頭の中でシミュレーションして見る。
 この駅は終点だから、乗客が全員降りてくる事を考えると、最悪10分くらいはかかってしまうかもしれない。
 パタパタと回る番号を見ながら、そんな事を思っていた。
 が電話で言っていた列車の番号が、表示板に出た。
 ここから10分。
 それだけしかないというのに、その10分が待ち遠しい。
 この1週間、この瞬間を思いながら過ごして来たと言っても過言じゃないほど、に会えるのを楽しみにしている。
 さすがに、今回は自分を抑えられる自信が無い。
 無論、そのつもりも無い。
 もその覚悟はしてくるだろうと思う。
 
 
 
 それを考えると、身体の中にある熱がすぐに燃え上がってしまいそうになるから、深呼吸をして何とかやり過ごした。
 恋人同士になったのが盂蘭盆会の頃だったし、もちろん実家に居ての事だから、キスまでしか出来なかった。
 さすがにすぐにホテルへは連れて行けないよな。
 あれから2回ほどは帰ってデートをした。
 もちろん、今までと違って恋人としてのデートだから、手も繋いだしそうでなくても、腰を抱いたり腕を組んだりした。
 今までのお子様デートとは明らかに違ったはずだ。
 けれど、どうしても幼馴染からのスタートだから、男と女になるのに普通のカップルよりは時間がかかるのかもしれない。
 そんな気がする。
 何かの切欠や変化が要るのかも知れない。
 そう思い始めた時に、がこちらに出てくると電話があった。
 つまり、俺の部屋に泊まりに来るという事。幼馴染だった頃には、一度も無かったっことだ。
 期待しないといったら嘘になる。
 
 
 
 表示板に番号が出てから5分30秒。
 俺は人並みを女性に絞って目で追う。
 その中に階段を下りながら、誰かを探すように目を泳がせるを見つけた。
 こちらに顔を向けた時に、手を上げて振ってやる。
 すぐに見つけられたようだ。
 小さく頷いてにこっと笑顔を見せた。
 柱にもたれていた身体を起こして、改札口のすぐ脇に立つ。
 彼女が改札を出てすぐに、その腕から1泊分の荷物の入ったボストンバックを受け取った。
 「ありがとう、駿。」
 そう言って微笑むの頬に、空いている手の人差し指をトントンと突いた。
 「どう致しまして。それより、道中何も無かったか?」
 「ん、大丈夫。もう子供じゃないんだから、ちゃんと1人でもできるって。」
 するりと当然のように手を絡めて繋ぎあう。
 「じゃ、早速、行きますか。」
 何時までもここに居たんじゃ、キスのひとつも出来ない。
 早く、を腕の中に抱きたくて、俺は繋いだ手を引っ張ってアパートに向かうための在来線に移動した。
 
 
 
 都会は地名でアパートの値段が変わる。
 だから、人気のない街に住めば、部屋代もそれほど高くなかったりする。
 そんな穴場を探して見つけた俺のアパートは、結構住み心地がいい。
 そこへ向かう電車の中で、の予定してきたであろうお出かけの企画を尋ねる。
 「ううん、何処も行かなくていいよ。ずっと、駿と一緒に居られたらそれだけでいいの。そのためにこっちに来たんだから。」
 他の乗客がいるから、顔を寄せて小さい声で話す。
 そんな可愛い事を言われちゃうと、理性が飛びそうになって困る。
 「もっと甘えていいんだぞ。女の子の話題になるような街に出かけてみてもいいし、テーマパークでもいいし。わがまま言えよ。」
 繋いだ手に少しだけ力を入れて、気持ちを伝える。
 「本当にいいの。駿のそばに居られたら・・・。じゃあ、次、次来た時は、そういう計画も立ててくるね。」
 そう言って首を傾けて言われると、頷く事しかできなくなる。
 ほんとに、昔っから俺はに弱い。
 
 
 
 でも、本当は内心すっごく嬉しかったりした。
 だって、俺と居るだけで充分だと言われたようなもんだから。
 会社の同僚達の愚痴の中には、彼女の要求に付き合うのが辛いとか、わがままで嫌になるというような話もあるわけで、それに比べたらのお願いなんて、お願いの内に入らない。
 むしろ俺を喜ばせる言葉だ。
 こんな電車の中、抱きしめるわけにも行かず、自分を抑えるので精一杯になってしまう。
 恋人になるまでに、随分我慢してきたはずだから、こういう状況は得意でなくても慣れているはずなのに・・・。
 苦労は少しも報われていない。
 それ以上何も言う事ができないまま、アパートの最寄り駅についた。
 もう俺はこの腕の中にの柔らかくて華奢な身体を抱きしめたくって仕方が無くて、駅からアパートまでの10分の距離を、ひたすらを引っ張って歩いた。
 本当は昼飯を買って帰る予定だったのに・・・だ。
 しょうがない。
 とにかくを抱きしめて、誰の眼も気にしなくていい、邪魔の入らないところで、思う存分にキスをして、それから考えようと思った。
 
 
 
 俺の早足は、にしてみたら駆け足だろう。
 それでも、彼女は文句を言わずに俺についてきた。
 急いで鍵を外してドアを開けると、を引っ張り込む。
 「、会いたかった。」
 言うなり、荷物を足元に置いて、彼女の身体を引き寄せる。
 「わたしも。」
 胸に押し付けたの少しくぐもった声が、耳に届いた。
 「本当か?」
 「もちろん、本当よ。」
 愛しい思いを少しでも伝える為に、の髪に頬を寄せる。
 花のような果実のような甘い香りが、その髪からほんのりと香った。
 「駄目だ。」
 「何が駄目なの?」
 俺の言葉にが不安そうに反応する。
 「本当はさ、今、帰ってくるのに昼飯を買って帰って、落ち着いたところで夕飯を買いに出かけるか、食べに出ようと思ってたんだ。でも、俺、もう我慢できそうにねぇ。が欲しい。それも今すぐに。」
 腕の中のが、はっと息を呑んで固まった。
 だろうなぁ。
 「腹がへっているのは分かってる。でも、何よりも、今すぐにが食べたい。もうさ、俺ずっと我慢してきたわけよ。が高校生くらいになった頃から、何時手を出そうかって・・・そればっかりで。いい加減飢餓状態なんだ。」
 大人の見栄とか、男の面目とか、一切捨てて伝えてみた。
 どうせ、ベッドに入ればかなりヘタレた所を見られる事になるんだし・・・。
 ぎゅっと抱きしめて逃げられないようにする。
 
 
 
 は腕の中で何も言わずに大人しくしているだけ。
 絶対に困っているに違いない。
 そう、返事が出来ないほどに・・・。
 やっぱり、いきなりすぎだよな。
 大きく息をして、自分を抑えるためにゆっくりと数を数える。
 1人の時だと”5”くらいで何とかなるものだけれど、腕の中にが居る状態では、そう易々とは気持ちが落ち着かない。
 ”7””8”・・・あぁ、駄目かも知れない。
 自分を抑える事ができないかもしれない。
 でも、が望まないのに、自分の欲望を押し付けてしまうのは、どうしても避けなければならない。
 いっそのこと、駅前のビジネスホテルに部屋を取って、そこに泊まってもらった方が安全を保障できるかな・・・。
 部屋に2人きりになるのは、まずいって・・・。
 「、ごめん。びっくりしたよな。驚かせちゃったな。お昼を食べに行こうか。」
 じっとしている彼女の身体を、腕の中から解放しようとして離れた。
 
 
 
 「いやっ。」
 一言だけ言うと、から腕の中に戻ってきた。
 
 
 
 
 
 (C)Copyright toko. All rights reserved.
 2006.10.10up
 
 
    
 
 
 |