まるで兄妹
秋はさ、連休が多いのがいいよな。
カレンダーを見ながら、俺は連休に丸印をつけた。
モチ、赤ペンで。
いくら土日が休みの会社だと言っても、
本当に2日間とも休みになるのは、月の半分位だ。
日曜日はそうでもないけれど、やっぱり休みじゃない会社のことで呼び出しを食ったり、予定が入ったりする。
つまりは、に会えるのは月に2回ほどになってしまうわけで、それが目下の悩みだったりする。
愛しき幼馴染とようやく恋人同士になったのに、遠距離だから仕方が無いとは言え、なかなか会えないのは辛い。
もちろん、日帰りでだって行けない距離じゃない。
けれど、それをやるとが心配する。
連休だと、かなりの確率で帰省することが出来る。
つまりは、に会えると言うわけだ。
『お兄ちゃんに無理して欲しくないし、何かあったらと思うと、心配で・・・。』なんて、言われると。
どうしても自重せざるを得ないわけで・・・。
は絶対に知らないだろうけれど、彼女に会えない方が俺は精神衛生上よくない。
禁断症状が出る。
両思いになるまでは、結構紆余曲折があったから余計だ。
歳の差の分だけは、どちらかと言えば俺の方の我慢が中心。
顔を見れば、どうにかしたくなってしまう。
がどう思おうと、あの柔らかそうな唇にキスをして、本当にあの色の通りに甘いのか確かめたくなってしまう。
自分じゃ止める自信がなかったから、必要最低限しか会わないようにした。
我慢が限界になるまで待ってからの帰省。
そこで会えたって、手も握れなくて、ただ隣にいるだけ。
それでも、さえ隣にいてくれれば、幸せだった。
時にはふざけて、少しだけスキンシップ。
後ろから目隠しをしたり、わざと怒らせて膨らんだ頬を突いてみたり・・・。
そんな俺達を見る人が居たら、まるで兄妹のように見えただろう。
でも、俺の内側はそんな可愛いもんじゃなかった。それこそ狼が兎と遊んでいる振りをしながら、何時爪を立てようかと考えているのと同じだったから・・・。
いつでも、に触る俺は、ぎりぎりのところ。
俺がこんな思いで接していると分かったら、は怖がってしまうかもしれない。
今まではそう思って、本当に隣のいいお兄ちゃんを演じて来た。
でも、少なくてもお見合いに出てきて、それを断らないと言ったからには、恋人として男として見てくれるんだろうと、そう期待したって誰も怒らないと思う。
いや、怒られたって気にしないさ。
彼女さえ、俺のものになるのなら。
優しく爪を立てて、柔らかな毛皮の下の、その可愛いすべてを食べたい。
ただ、不幸なことには、俺達は遠距離恋愛をしているわけで。
しかも、はこっちにはなかなか来られない。
だから、俺が帰省して会うことになる。
けれど、そうなるとお互いが親元にいるんだから、恋人としての逢瀬は、物凄く不自由なものになる。
キスや抱擁は何とかなる。
車で帰っているから、静かな峠とか、車も来ない農道とか、2人っきりを楽しめる場所なんて、地元の友人情報でいくらでも知っているから。
でも、それ以上となると・・・。
困ったなぁ。
それが正直な気持ち。
俺だって健全な26歳の男ですからね。
だからって、そこを前面に出すと・・・・。
引かれてしまうかも知れない。
「俺って、案外小心者?」
ククッと漏れた笑いに続いて、ため息が出た。
ぼぅーっとしていたら携帯が鳴った。
相手は見なくても専用の着信音で分かる。
愛しい恋人。
「俺。」
『あっ、私です。』
「あぁ、分かってるよ。元気か?」
『毎日電話してるから知ってるでしょ?』
「ん、まあね。でも、今朝風邪をひいたかもしれないだろ?確認しておこうと思って。」
『クスクス、ありがとう。大丈夫元気です。』
「そりゃよかった。」
『あのね、今度の週末お兄ちゃんの・・・、じゃなかった駿の所へ行ってもいい?』
「へ?」
『だから、駿の所へ遊びに行きたいの。お母さん達には、ちゃんと話していくから心配しないで。だめ?』
渡りに船と言うか、棚からぼた餅と言うか、果報が向こうからやって来た。
まさにそんな感じだ。
「もちろんいいよ。だけど、俺、土曜日は午前中だけ出社しなくちゃならないんだ。だから・・・。」
『いいの、その間は待っているから。ただ、私が邪魔じゃないなら、行ってもいい?』
「バカだなぁ、邪魔なはず無いだろ。それでいいならおいで。」
俺はそう言って、電話を切った。
の明るい返事が耳に残っているように感じる。
電話は恋人同士としては短めだ。
毎日電話したいから、あまり長話はしないようにしている。
そうでなくても、会いたくてたまらないのだ。
長電話は、その思いを強くさせるだけで少しも薬にはならない。
カレンダーの前に立ち、が来ると言った今度の週末の日付をじっと見る。
赤ペンを持って丸を、花丸にしてやろうかとして、思わず手を止めた。
「待てよ。がここに来るって事は、このカレンダーも当然見るよな。連休全てに赤丸って言うのもかなり恥しいが、これが来る日に花丸になったりしてたら、もっと恥しいじゃねぇのか?・・・止めとこ。」
赤ペンを元のペン立てに戻して、替わりに携帯のスケジュールを開いた。
が来る日に、予定を入れる。
絵文字表からハートと女の子を選んで組み合わせた。
きっと、が来るまでの数日は、この記号のようなスケジュールを見て、ニヤニヤしてしまうだろう。
これから1週間の自分を想像してしまった。
「お兄ちゃんだったら、かなりのシスコンになるよなぁ。でも、違うからな。」
ついでにと、携帯のメール画面を呼び出して、メールを打つ。
『楽しみに待ってる。
気をつけて来いよ。』
「送信っと。」
このメールを見て微笑む彼女を思い浮かべる。
もちろんその笑顔も思い出せるけれど、実際に見てみたくなる。
「この1週間は長くなりそうだな。」
はやる気持ちに、そうため息が漏れた。
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2006.08.30up
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