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 近くて遠い距離 1
 
 
 
 
 隣のお兄ちゃんこと、溝上駿(みぞかみ・しゅん)と私こと早坂は、俗に言うところの幼馴染。
 けれども私たちは6歳の年の差がある。
 だから、私が中学生になった頃には、お兄ちゃんはもう大学生になっていた。
 おまけに他所の街の大学に入学したから、家を出て一人暮らしをしてしまった。
 だから、幼馴染と言ってもべったり引っ付いていたわけじゃない。
 けれども、仲はいい。
 兄妹のように接している。
 私には狼(ろう)と言う身体ばかり大きい2歳年下の弟がいるけれど、狼よりもお兄ちゃんとの方が兄弟っぽいと思ったりする。
 狼には、とっても仲のいい友人がいて、その子たちとの付き合いをとても大事にしている。
 だから決して仲が悪いわけじゃないし、喧嘩するわけじゃないけれど、狼と私は男女と言うこともあって、子供の頃は別にして兄弟っぽくないように思う。
 
 
 
 お兄ちゃんは、夏休みやお正月には必ず帰ってくる。
 そんな時には、必ずどこかに連れて行ってくれる。
 行く先は映画だったり、ドライブだったりと色々変わるけれど、いつも2人だけで行動する。
 だからと言って、手をつなぐとか、肩を抱くとかのいわゆる恋人っぽいことはしない。
 だって、私たちはお隣同士の幼馴染だから・・・。
 それ以上でも、それ以下でもない。
 それでも、何も付き合いやつながりが無いよりはましだ。
 そう思うことでこれまでは我慢してきた。
 だって、もし、私がお兄ちゃんを好きだと告白しても、多分本気には取ってもらえない。
 小さい子供が無邪気に『○○を好きだ』と言うのと変わらない感じで、聞き流されそうな気がする。
 言った事はないけれど、私たちの関係はそれほどに近い。
 私が中学生や高校生のうちは、絶対に女として見てなかったはずだ。
 百歩譲って女の子としては見てくれていたかもしれないけれど・・・。
 つまりは、恋愛感情なんて持たない対象。
 妹的な存在。
 だから、本当はずっと好きだったけれど、そんな事は素振りに出したりしなかった。
 出来るだけ無邪気を装って、子供になった。
 だって、もし、私がお兄ちゃんをそういう対象、つまりは恋愛感情で見ていると知ったら、お兄ちゃんはきっと私を避けたに違いないから。
 
 
 
 お兄ちゃんは、大学を卒業してそのままかの地で就職してしまった。
 やっぱり顔を見られるのは今までと変わらずお盆とお正月くらい。
 その間に私も高校を卒業して、短大に入り。
 そこも卒業してこの春からは、社会人になった。
 自分ではそうでもないと思っているけれど、友人たちに言わせれば『もてるのにどうして彼氏を作らないのか?』と、まるでそれが罪のように言われたりする。
 そりゃ、時々告白もされたし、映画やデートや合コンにも誘われる。
 けれども、私の中にはいつもお兄ちゃんがいるから、どうしても目の前の人に首を縦には振れない。
 それに、もうあきらめた方がいいんじゃないかと思うくらいにお兄ちゃんの顔を見ていない頃になると、彼は思い出したように帰ってくる。
 そのあたりのさじ加減と言うか、時間的なタイミングというかが、狙っているんじゃないかと思うくらいに、絶妙なのがしゃくだ。
 つまりは、ずっとあきらめ切れないでいる。
 
 
 
 そんなある日。
 お兄ちゃんの母親である隣のおばさんと会社帰りに立ち話をした。
 おばさんにはお兄ちゃんのお嫁さんが気になるらしい。
 ひとしきり話した後、おばさんは私の顔を見て、何かを思いついたように切り出した。
 「そう、そうよっ。どうして今までこれに気付かなかったのかしら、私ったら。
 ねぇチャン、うちの馬鹿息子の事は、小さい頃から嫌いじゃなかったわよね?
 2人ともいい頃合だし、結婚しない?もうね、騙してお見合いさせちゃおうと思うのよ。
 ね?お母さんには私からお話しするから・・・・・お願いね」
 おばさんのこの展開の無謀さには、困ってしまった。
 普段はこんな風に話をする人じゃないのに、今回に限ってはなぜかとっても強気で強引だ。
 私の必死の抵抗もねじ伏せて、無理やりにお見合いがセッティングされてしまった。
 
 
 
 私の記憶に寄れば、高校時代までのお兄ちゃんは、とっても綺麗な彼女を連れていた。
 それを遠巻きに見ながら、私だって大きくなれば彼女たちのようにお兄ちゃんに相応しい女性になるはずだと、そう思って子供の自分を悲しんでいた。
 けれども、現実はそう甘くない。
 彼女たちの年齢になった時も、そして大人と言われるようになった今でも私が思い描いていた女性にはなれていない。
 お兄ちゃんの隣に並んでもいいと思えるほど、私は大人でもなければ綺麗でもない。
 きっと、どんなに着飾ったとしても、化粧をしたとしても、彼から見たら子供の背伸びくらいにしか思ってもらえないんじゃないだろうか。
 そんな風に考えて、ちょっと悲しくなった。
 
 
 
 今までも、これからも、今のままでは、おにいちゃんから見たら、私は隣の家の女の子の領域を出ないまま終わりそうだ。
 もう、私とお兄ちゃんの関係をこのままにしておくことは出来ない。
 だって、私だって恋愛も結婚もしたいと思っているから。
 いつまでも振り向いてももらえない相手を、想い続けるのはむなしいし。
 けれども、自分から告白するなどの自爆的な行為も勇気が出ない。
 それなら、この際、おばさんの話に頼ってしまおう。
 後ろ向きな勇気だけれど、振られる覚悟を決めた。
 何もしないままあきらめるくらいなら、この方がずっといい。
 中途半端に”私のこと好き?”なんて聞いても、お兄ちゃんのことだ”当たり前だろ”なんて答えが返ってくることが予想できる。
 そんな答えじゃ満足できない。
 私たちの関係は、一歩も進まない。
 その点、『お見合い』という形をとったら、その先には『結婚』と言う目的がちゃんと控えている。
 嫌でも私のことを、幼馴染や隣の女の子ということじゃなくて、女性として、結婚相手として、本気で考えなくちゃいけない。
 お兄ちゃんの意識を改革して、私を大人の女性として認めさせるには、またとない機会だし、いい切欠になる。
 まあ、振られる可能性も大きいけれど、それでも1度はそういう相手として考えてもらえるだけでも、私には嬉しいことだ。
 
 
 
 母も父もとっても乗り気で支度をしてくれた。
 私だけじゃなく母までも着物を着て、嬉しそうにしている。
 父は、母にベタ惚れの人だから、着物姿の母を見てニコニコしている。
 弟の狼がそれを見て呆れ顔をしても、目に入らないらしい。
 その父が私の着物を見てほめてくれた時に、「は小さい時から駿君のことが好きだったからね、今度のお見合いのことは反対なんかしないよ。
 駿君がその気になってくれて、お嫁さんになれるといいなぁって、父さんは思ってる。
 もし、駿君が断ってきてもならすぐに素敵な恋人が出来るよ。
 なんと言っても父さんと母さんの可愛い子だから。」
 今までは何も言わなかったけれど、どうやら私の気持ちなんてお見通しだったみたい。
 勇気の出る言葉を貰って、とっても嬉しくなった。
 もう、駄目で元々なんだから・・・と、あきらめ半分でお見合いの席に着いた。
 
 
 
 母とおばさんが楽しげに話しているのを、何処か遠くのことのように聞きながら、壁にかけてある時計の針ばかりを気にする。
 約束の時間まであとわずか。
 お兄ちゃんは来ないかもしれない。
 そう漠然と思っていた。
 彼は優しいから、きっと断ることも辛いのかもしれない。
 お見合いのお断りは会ってからするものだ。
 だから、会わなければ断る必要も無い。
 このまま振られちゃうのかな・・・、そう考え始めた時ボーイさんに案内されたお兄ちゃんが、きっちりとしたスーツを着こんで現れた。
 
 
 
 
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 2006.08.10up
 
 
    
 
 
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