正しい彼の落とし方 その7




あの後、主任がどう言ってくれたか知らないが、営業の彼は用事で来ても私とは必要以上の会話をしなくなった。
あれ以上言い寄られたりすれば、誤魔化すためにも1回くらいは誘いを受けなければならないかと、考え始めていたところだった。
心配しなくても彼は女の子に人気がある。
私のことなどすぐに忘れるだろう。
彼のまわりにいる女の子の中では、私など平凡だ。
すぐに違う誰かに言い寄って行くだろうと思う。
先ずはひと段落。
主任が私のことを部下以上に考えてない。
その事実に、少し傷ついてるところはあるけれど、彼女がいる人を好きになってしまったのだからしょうがない。
普通の片思いより辛いことは、百も承知だ。
この位でへこたれてどうする。
そう自分を励ます。
主任たちが婚約や結婚をすれば、自然とあきらめられるのかもしれない。
最近ではそう考えるようになってきた。
そう、主任が彼女さんと幸せな様子を見たら、泣くかもしれないけれど、それでいいと思うかもしれない。



わが社は秋に社員旅行がある。
今年は手近に富士五湖を巡る1泊2日の旅だ。
社屋前に集合してバスに乗り込む。
私は主任の後ろの座席に、京子さんと一緒に座った。
たった1泊2日とはいえ、主任とは36時間ほど行動を共にすることになる。
まあ、会社のみんなも一緒だけれど。
それでも、私には特別のことのように思える。
今時、中学生の女の子でもこんなことは思わないかもしれない。
同じ課の同じチームにいるのだから、写真の1枚くらい撮ったって怪しまれないんじゃないかと思う。
京子さんにも協力してもらって、主任と2人で撮れたら記念になるかなと、密かにチャンスを狙おうと考えていた。
そんな事くらいは許されてるはず。
もし、来年の社員旅行に主任が結婚でもしていれば、
例え主任が誘ってくれても写真など撮るつもりはない。
今だから許されることだと思う。



川口湖畔の宿からみんな思い思いの場所へと観光に出かけた。
私も最寄の遊園地へ出かける予定でいた。
けれども、今日は月に一度のあれの一番重い2日目で、
朝から体調がすぐれなかった事もあり、バスに酔ってしまった。
とても遊園地へと出かける気にはなれなかった。
それでなくても今夜は宴会もある。
さすがにそれをパスすることは出来ないだろうから、それまでは宿で休むことにした。
誰もいない部屋にいるのも寂しくなって、せめて宿の前の湖畔でも楽しもうと、ロビーに降りてみた。
ロビー横の喫茶室に主任の姿を見た。
不意にこちらを見た主任が、こっちへおいでとでも言うように手招きした。
声ではなく頷くだけの返事を返して、そちらへと歩く。
そばまで行くと、「どう具合は?」と尋ねられた。
「はい、車酔いは醒めたみたいです。
ただ、これ以上の乗り物酔いは勘弁して欲しい気持ちなので、遊園地はパスしました。
どこへ行くにも車に乗らなくっちゃ駄目ですし・・・・。」
「あぁ、そうだね。じゃ、ここで少し休みなさい。景色がいいよ。」
そう言われて主任の視線を追うと、湖の向こうに綺麗な富士山が見えた。



もっとよく見える位置へと二人で店内を窓際へと移動した。
私はレモンスカッシュをオーダーした。
少しでも気分の良くなりそうなものを口にしたかった。
「あの時はありがとう。」
コーヒーのお替りを飲みながら、主任が唐突に話し出した。
「えっ?」
「ほら、残業を手伝ってもらった折に、プライベートを相談しただろう?」
私が覚えていないかと思って、主任が簡単に説明してくれた。
忘れるわけがない。
切なくて苦しい思い出だから。
でも、ストローをくわえたまま軽く頷いて笑っておいた。
「で、その後仲直りできましたか?あの後思ったんですよ。
私の話したことはあまりにも一般論過ぎて、きっと主任のお役には立たなかったんじゃないかって。
あの位のことは、付き合ったことのある大人の男の人なら、知ってそうなことだったなぁって。だから、すいませんでした。」
「いや、そんなことないよ。
まあ知ってはいても、実行していたかと問われたらしていなかったわけで。
その切欠にはなったからね。」
「じゃ、ラブラブですね。」
私の冷やかしに主任は乗って来てはくれなかった。



「せっかく切欠をもらって電話をしたけれど、彼女の感触はあまり良くなかったよ。
まあ、それでも仕事に区切りがついたら、あっちから電話はあったけれどね。」
最後にため息がついて、主任は無理に笑って見せた。
「最近じゃ、デートどころか食事も一緒にしないし、電話やメールもまるで義理にでもしているみたいで・・・・。」
「じゃ、お休みはお暇ですか?」
「えっ、うん、まあ、そうだな。
そういうことになるか。」
「もしよろしければ、一緒に行ってほしいお店があるんです。
おしゃれなバーなんですけれど、カップル限定なんです。
女の子同志じゃ入れなくて、お願いできませんか?」
密かに調べておいたデートスポットを言ってみる。
他の誰かを一緒に誘うとか、昼間でもいいところは駄目だ。
その気がなくても、ぐらっと来そうな場所とシチュエーション。
彼女さんに比べたら色気はないかもしれないけれど、その分若さがある。
女っぽさじゃ負けるかもしれないけれど、可愛い振りなら負けない。



「うん、僕でよければ。」
「ありがとうございます。
早速なんですが、次の金曜日なんてどうですか?」
寂しい休日を過ごすのを慰める為じゃない。
私と言う女を主任に知ってもらいたいから誘うのだ。
主任に彼女がいることを知っているから、決して裏切らせるような真似はさせない。
そう、そこが肝心。
けれども、言葉にしなくても私の考えていることを伝えたり、感じてもらえる術はある。
私の気持ちを知って、主任がどう思い、それをどう態度にするかが知りたい。
迷惑に思って、避けるようになるのかもしれない。
それなら、彼女をどう思っているかなんて関係なくなる。
完全にその対象から外されているのなら、しょうがない。
人には好みと言うものもあるから、受け入れてもらえないのなら、どんなにがんばっても無駄だ。
それとも、彼女との思いに何かしら影響を与え、関係が進展するかもしれない。
冷たく冷えていく関係に終止符を打って、新しい関係を求めてくれるかもしれないし、彼女との絆を強固にするべく結婚に踏み切る可能性だってある。
このまま、何もしないで時間が経ってしまうのは惜しい気がする。



--命短し恋せよ乙女--
なんて言うけれど、主任への想いにいつまでも縛られるのは嫌だ。
決着を付ける為にも動かなければならない。
だって、どう考えたって主任から誘われるようなことはない。
主任への片思いに、花の命をささげるつもりはない。
想って、想われる、そんな相手が欲しい。
主任に失恋したとしても、それが私の恋の終わりじゃない筈。
未来のない恋にしがみついて終わるわけにはいかないのだ。
だったら、ここは攻めないと。
京子さんに話したら、「そうそう、攻めは大事だよ。
ちゃんは胸が結構あるから、谷間を強調したキャミソールなんかで、
主任を悩殺しちゃえ。」
なんてけしかけられたりした。
そんなことを思いながらクローゼットを開けて、主任とのデートのコーディネイトを考える。
この楽しさは、デート前の女の子の特権だ。



若々しくて、少し色っぽくて、でも決して下品ではない。
そんな服の組み合わせを、考えてみる。
主任には彼女を裏切って欲しくはないし、私もそうさせるつもりはない。
あの2人が別れるまでは、私たちの間に後ろ指を指されるような事実があったら、私が悪者になる。
だから、本当に健全なデートだけ。
だけど、主任だって男の人だ。
胸元を見てうれしくないはずはない。
私をもっと女として意識して欲しい。
そう思った。





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2006.04.12up