ブランコが記念品? 1
倉田君はお祖母さんがフランス人。
つまり彼はクォーター。
4分の1が日本人じゃないってことだ。
そのため何処かが生粋の日本人と違うような印象を受ける。
混血だけが生む不思議な異国的魅力があるし、第一格好が良い。
男女共に仲の良い友人が多くて、気さくで信頼も寄せられている。
でもどんな女の子が彼に告白しても、決して付き合おうとはしない。
ちょっと変わった人。
この大学の恋愛七不思議のひとつになっている位だ。
普通はそのときに付き合っている彼女がいなかったりすれば、とりあえず付き合ってみるというのはよくある事なのに。
何かにこだわりがあるのかな?
それとも そんなこと位じゃ揺るがないような意中の人がいるってこと?
だったら、告白すれば良いのに。
だって、倉田瑠王(るおう)と言えば学内でも有名なイイ男だもん。
今現在、彼氏がいなかったら断る女の子なんていないんじゃないの。
何が彼をそんなに弱気にしているんだろうか?
それとも どんなに格好のいい彼でも好きな人には臆病になるのかな。
そんな風に思って見ていた。
それはある日のこと。
校内のベンチに座って買ったばかりの文庫を読んでいた私の隣に、彼がふと立ち寄ったと言うような顔をして座った。
「こんにちは、真由さん。
良かったらどちらかどうぞ。」
彼が両手に持って差し出してくれたのは、私の好きな紅茶のペットボトル。
違うフレーバーの2本を目の前にして、ニコニコと笑顔でこちらを見ている。
「どうもありがとう。」
私はそのうちの「アップル・ティー」に手を伸ばして礼を言った。
何か用事があるのだろうと文庫本を閉じカバンにしまうと、ネジを回して封を切り一口のどへと流し込んだ。
加糖していないにもかかわらず、甘く爽やかなりんごの匂いに甘さを感じて幸せな気持ちになる。
「で、倉田君は私に何か用事?」
そう切り出した私の言葉に、彼は「うん、出来れば邪魔の入らないところで話をしたいんだけど良いかな?」と、尋ねて来た。
告白を受けたこと位は何度か経験があったけれど、そんな雰囲気ではない。
でも 彼から相談や悩み事を打ち明けられるような親密な付き合いでもない。
「ねえ、話ってどんな?」
何処かへ向かう道すがら倉田君に尋ねてみたけれど、彼は「とにかく着いたらちゃんと話すから、今はごめん。」と、謝った。
連れて行かれたのは大学から10分ほど歩いた彼のアパート。
それほど親しくない男の部屋で2人きりになるのは、正直戸惑う。
建物の前で私の足が止まる。
「真由さん、心配しなくても同意もなしには何もしないから。
それに玄関のドア、ちゃんと開けておくし。
僕、それほど鬼畜じゃないから安心して・・・ね?」
私の気持ちを見透かすように、倉田君は笑顔でそう言った。
同じコースを取っているから、彼を知って3年目。
同じゼミで知人くらいに親しくなってから1年。
多分、大丈夫だと思う。
でも、鍵を開けてもらっておいて、少なくても玄関側の席を確保しようと、心に決めて階段を上った。
鍵と席の話をした私に、「もちろん良いよ。」と彼はあっさりと同意して、私の好きな位置に座らせてくれた。
出してくれたグラスにペットボトルの紅茶を移して、話を聞く態勢をとる。
「で、倉田君の話って何?」
彼は、私の言葉に「うん。」といって頷いた。
でもその後の言葉が出てこない。
そんなに切り出しを悩むほどのことなのだろうか?
そんな話をそれほど親しくもない知人程度の私に話していいのだろうか?
なんだか不安になる。
倉田君の視線がうろうろと部屋の中をさまようのを見て、私はやっぱり話は聞かない方がいいだろうと判断した。
「倉田君、どんな話かは分からないけれど、私じゃ駄目だと思うんだ。
なんだか話し辛そうだし・・・・。
誰か他の人かまた別の日にしない?
話せるようになったら、いつでも時間作るから。
それじゃ、そういうことで。」
男の人の部屋に不慣れな私は、もうお尻がむずむずしていたし、早く逃げ出したかった。
逃げるように立ち上がって玄関へと向かう。
口ではまた時間を作るし、話を聞くようなことを言ったけれど、もうそんなつもりは全然なかった。
本当だったら構内でも指折りのイケメンの部屋に連れて行ってもらえてラッキーと思ってもいいはずだけれど、とにかくここから逃げ出したかった。
我ながら、意気地のなさにへこみそうになる。
倉田君のことは遠くから見ているだけで十分だった。
この予想外の展開は、私を慌てさせるだけになったらしい。
靴に足を突っ込んで、とにかくドアノブにしがみついて鍵はかかっていないはずだから、ノブを回して出ればいいだけ。
それなのに、鍵はかかっていないのに、上手くノブが回らない。
「真由さん、まだ何も話してないよ。だから、帰らないで。
僕の何かが気に障ったのなら謝るから。本当に何もしないよ。
だから、落ち着いて話を聞いてほしい。」
ノブを握っている手に、後ろから倉田君の手が重ねられた。
逃げ出したいくらいだったのに、その手の暖かさに触れたら、気持ちがすぅっと静かになったような気がした。
「せっかく話をするチャンスをもらったんだ。
今度はいつこんな時間があるかわからないだろ?
だからせめてもう少しだけ・・・・ね。」
その言葉に頷くことだけで返事をする。
倉田君のまとっている空気に、安堵感のようなものが混じるのを感じた。
重ねられた手が、そのまま引かれて部屋に戻される。
でも、でも鍵が開いていたはずなのに、どうしてドアが開かなかったんだろう?
視力には自信があるから、もう1回ドアの鍵を見た。
やっぱり鍵はかかっていない。
もちろん、ドアは押した。
ノブも両方へ回したつもりだ。
どうして開かなかったんだろう?
私としたことが、思ったよりも焦っていたらしい。
さっき座った場所に座りなおして話を聞く。
もう私からは何も言うことはないから、倉田君のお話を聞くしかない。
彼の話さえ終われば、ここからすぐに帰るつもりだ。
小さいテーブルを挟んで向かい側に座った倉田君は、グラスに残った紅茶をぐっと一息に飲み干した。
テーブルにそれを置いても、そこから手を離さない。
じっとその空になったグラスを見つめている。
何か重大なことを言うために、自分の中に気を溜めている。
そんな風にも見える。
真剣な顔だから、大事な話なのだろう。
それだけはなんとなくわかったから、じっと待つことにした。
「真由さん、今彼氏いる?」
唐突に始まった会話は、まず質問からだった。
それには、ただ首を横に振って答えた。
居たら、いくら倉田君でも2人切りなんかにはならないようにする。
まして、部屋について来ることなんてない。
そこまでは迂闊ではないつもりだ。
「だったら、僕と付き合って欲しいんだ。」
「えっ、・・・・・。」
「いい加減な気持ちじゃないんだ。
実は、入学したころから真由さんに片思いをしてたんだ。
けど、今日まで口にすることも出来なかった。
話し掛けすら出来なかったんだ。」
グラスから手を離して、視線をまっすぐに向けてくる彼。
「でも・・・・」
思わず断ろうという思いが浮かんだ。
「待って。
すぐに答えなくてもいいんだ。
僕を知ってくれてからでいいんだ。
って言うか、ここですぐ断るほど真由さんは僕を知らないでしょ?」
言われていることはもっともなことに思えたから、自然にコクンと頷いた。
「うん、よかった。
ありがとう。
少なくても嫌いじゃないよね?」
それにも頷いた。
「ますますいいねぇ。
じゃ、努力のし甲斐もありそうってことで。
これからよろしく。」
差し出された大きいけれどきれいな男の人の手に、少し気後れしてしまう。
けれど、倉田君はニコニコと気にしてなさそうに笑うと、私の右手をそっと握って形ばかりの握手をした。
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2006.06.30up
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