2.相手のことを気遣いすぎて




「そこに座って。」
そう言われて頷くと、生徒会室の備品と思われるパイプ椅子に腰掛けた。
まだ新しい校舎だから、この部屋もそんなに汚れていない。
普通の教室と同じような内装の部屋。
でも生徒会で使っているからか、小さい流し台や電気ポットなんかもある。
此処は売店や自販機にも遠いから、
お茶くらいは自分たちで淹れているのかも知れない。
誰かが持ち込んだのだろうか、ちょっと古くて小さい冷蔵庫なんかもあって、
居心地は悪くなさそうだ。
もし、違う人が会長になって、その人に副会長に誘われたとしたら、
喜んで副会長職に就いたかもしれない。
そんなことを思ったりした。
流し台を見る振りをして、その視界の中にアイツを入れて様子を伺う。
どうやら、どう切り出そうかと考えているようだ。
視線が定まらず、空を見ているといったように見える。



此処は自分から切り出した方がいいだろうか?
と、そんな気持ちに心が傾く。
でも、話があるからと此処へ誘ったのは、他ならないアイツだ。
あっちから話を切り出すのが筋と言うものだろう。
だいたい私は帰ろうとしていたのだ。
もう話したいことは伝えてある。
そう自分で自分に諭して、下手に出るのは止めた。
「副会長になる気は?」
「ないって言った。」
「ん、でももう一度考え直してくれないか?」
「そんな必要ないんじゃない?
第一、私とじゃ上手く行くものも行かなくなると思う。
2年も同じクラスにいて、話しすらしたこと無いんだよ。
お互いに関心もなかったって事じゃない。
名前と顔は知っているけれど、言葉を交わしたのは今日初めてだもん。」
「今日初めてだなんて、どうして分かる?
今までに挨拶や伝達事項くらいの会話があったかも知れないじゃないか。
それが分かるって事は、それだけ俺のこと意識してたって事だよね。
確かに名前と顔しか知らないかもしれないけれど、
俺は君が頭が良くて性格も良い事を知っている。
だから、副会長に指名したんだ。」
頭が良いだけあって、理詰めで説得しようとするんだ・・・・って、思った。



「だったら、どうして私を推薦で出させた後で立候補なんてしたの?」
そこがどうしても理解できないままだ。
会長に立候補する気があったのなら、最初からにすればよかったのだ。
クラスのみんなだって、そう思ったに違いない。
けれども辞退するという私を無理やりに候補にしたから、
立候補が出たからもういらないとも言えず、
結局2人を候補として立てたのだ。
私は選挙の間、針の筵(むしろ)に座らされている気分だった。
「それは、・・・」
「それは?」
「それは、俺が会長になれば副会長に指名できると考えたから。
だって、同じクラスにいてもう2年間口を利いて無いんだ。
このままなら、卒業までチャンスが無いと思った。
クラス会であっても覚えてもらえているかどうかも怪しい。
だったら、憎まれてもいいから、君の記憶に残りたいと思ったんだ。
あの時衝動的にそう思ったら、手を上げていたんだ。
まあ、俺にだって生徒会長になるのは悪い話じゃないしさ。
君にいやな思いをさせたのは謝るよ。」
少し頬が熱くなったように感じた。
自慢じゃないけれど、時々こういう風に男子生徒から告白を受ける事がある。
だから、慣れているはずだ。
知らない相手から思いを告げられる事には。



それなのに、何で頬に熱が集まるんだろう?
確かに入学当初から、気になっている人だったけど。
決して好きとかそういう感情で見ていたんじゃ無いと思うのに。
私と視線がぶつかると、冷ややかな視線を逸らされた記憶しかないのに。
その無機質だと感じる視線は、お前には関心が無いと言われている様な気がして、
気になりながらも話しかけはしなかったのだ。
惹かれている訳や自分の気持ちが何なのかを、突き止めることもあきらめた。
男の人に対して初めて抱いたこの感情が、なんなのか知りたかったけれど。
相手に迷惑をかけてまで、いやな思いまでさせて知りたいとは思わなかった。
だから、せめて接触を持たず無関心を装っていたのに。
今更だ。
それも全校生徒を巻き込んですることじゃない。
なんて迷惑な人なんだろう。



コイツがこんな事をしてまで、私との接触を望んでいたなんて、
思いもよらなかった。
私は私で、コイツに良く思われて無いだろうと思っていたから。
だから、知らん顔をして今まで来たのだ。
そんな私を見て、コイツも遠慮していたんだなんて、
事情を知っている他の誰かが見たら、
とんだピエロを2人して演じていた事になる。
「で、副会長に指名してどうするつもりだったの?」
「あー、うん、まずは俺の事を知ってもらおうと。
もちろん会長職だってちゃんとやるつもりだしさ。
内申の点数を稼ごうと思ったのもあるけれど、
何より君と近づきたかった。」
私に近づいて、何の点数を稼ごうというの。
会長になる事と、私のことは関係なんてないじゃない。
何処でどう結びつくのか分からないけれど、なんだかとっても滑稽だと思った。



不意に男のくせに白くて大きい手が私の頬に触れた。
「少し紅くなってる。」
優しい瞳で覗き込まれて、余計に熱が上がる。
『憎まれてもいいから、君の記憶に残りたい。』
なんて、凄い愛の告白になっているという事に、
コイツは気がついているのだろうか?
気付いていながら、この態度を取っているんだとしたら、凄い奴かもしれない。
コイツのこの押しに私の心はグラグラ揺れていた。





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2005.11.10up