NO.85 コンビニおにぎり





毎日、来るお客は顔も覚えるし時にはマニュアル以上の会話も交わす。
それは天気の話しだったり、新聞やTVをにぎわしている話だったり色々だ。
それは常連様と店員としては、普通のことだろう。
コンビニなんて何処にでもあって品揃えもそれほどの違いは無い。
チェーン店化しているから、特別なものは無い。
その均一化がこういう店の特長とも言える。
そんな日々の中で、毎日同じ商品を買っていくお客があれば
それはかなり目立つし記憶に残るだろう。


彼女が毎日手にするものは、おにぎりとペットボトルのお茶。
給料日後にはサラダなんかも付けたりする。
いかにもOLのお昼といった感じだと、八戒は微笑ましく見守っていた。
好きなおにぎりの具材は、鮭らしい。
並べているおにぎりでは人気商品だ。
だから 一番最初に売切れてしまう。
お目当てのおにぎりのない日は、他の具材を買っては行くが
何処か寂しげな後姿。


商品の発注を担当している自分に出来ることは、
彼女の欲しい商品が売り切れないように気をつけること。
新商品でも鮭があれば予想よりも多めに仕入れたりする。
彼女がそれを手にとってレジに並んでくれると、何処かほっとする。
その笑顔を見るためならば、店長である三蔵に少々にらまれたって
かまわないとさえ思うのは、我ながら滑稽だ。


今日も彼女は自分の仕入れたおにぎりと新発売のお茶を手にしている。
後にお客様の列が無いことを確認した上で、精算後の
袋詰めを行いながら、「いつもありがとうございます。
そのお茶新発売なんですよ。
他のお茶と飲み比べてみた感想を聞かせてくださいませんか?」と、
初めて話しかけてみた。
「あっ・・・はい、いいですけど。どうしてですか?」
手提げ袋を受け取りながら彼女は不思議そうに尋ねる。


「実は、此処の商品の発注は僕が担当しているんです。
男ばかりの店員なので、出来たら女性の意見も聞きたいと思いまして、
お客様にお願いしているんです。」
本当はそんな必要など少しも無い。
それにたった一人だが女性のクルーがいる事はいるのだ。
店長の三蔵の彼女だが・・・・。
お客様にお願いしていると言えば、自分ひとりではないと勘違いするのも
当然考慮に入れてある。
警戒されたくはない。
話しかけるきっかけには、丁度良い曖昧さと距離。
「そうですか。私でよければ喜んで。」
そう言って微笑んだ彼女の顔に思わず見惚れてしまう。
買い物をするだけでは見られない顔。
もっと色んな表情を見てみたい。


「ありがとうございます。
じゃ、次のご来店の時にでもお聞かせ下さい。
よろしくお願い致します。」
頭を下げれば「はい、分りました。」と色よい返事が帰ってくる。
次のお客がレジに並んだのを機に、彼女がそこを離れる。
出口へ向かう彼女の背中を目の端で追う。
「ありがとうございました。」と、その背にマニュアルどおりの挨拶を
口にして送りだす。

彼女の代わりに吹き込んだ風に、少し花の香りがしたように感じた。




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拍手頁用小説 「コンビニ小説 八戒編 1、2」分