NO.82 プラスチック爆弾

【プラスチック爆弾】
爆薬とゴム状の化合物を練り合わせた爆発物。
可塑性があり、自由に成型できる。






三蔵に頼んでロッカーのスペアキーを借り受けた。
彼女がロッカーを見てくれたのかどうかも気になったし、
最悪 鍵さえ返って来ない事もあることを想定してのことだ。
ロッカーを開けて中を確認したいと言う気持ちと、
このまま開けずにコンサートの当日を迎え、
待ち合わせ場所に行った方が良いのではないかと言う気持ちが、
寄せる波のように僕の心の岸辺を交互に洗う。
ポジティブな気持ちの時には、穏やかな波なのに
ネガティブな考えに針が振られると、その波はまるで台風の時の
それのように激しく打ち寄せてくる。

ロッカーを開けて中身を見ればいいのだ。

そうすれば、全てがはっきりとする。
期待も失望もその中に内包されているのだから。
まるで扉を開ければそこに爆発物でも入っているように、
開けることを怯えている自分。
何がそんなに怖いのか。
我ながら少々可笑しくもあるほどだ。


ちょうどシフトの組み換えをして彼女が来店する時間から
僕の勤務は外れてしまった。
顔を合わさないことは、確かに気は楽だけれど
それはそれで寂しい。
なんだかんだ言っても結局は彼女に惚れている。
そんな自分を自覚した。
普段、三蔵に恋人のことにはもう少し敏感に反応した方がいいとか、
彼女の気持ちも察してあげなければいけないとか、
悟浄には、もう少し女性には真剣にとか、
気持ちを安売りするような言葉はやめて下さいなどと、
お節介もいいところを口にしているのに、
今の僕を見て2人は何も言わない。


こんな時こそ 日ごろの恨みを晴らしてもよさそうなのに。
そんな態度をされると、普段僕の言っているお小言が
余裕で交わされているようで面白くなかったりする。
いつもだったら気にもかけないようなことで苛立ってしまうのは、
あのロッカーに入っている爆弾のせいなのだろう。
落ち着くために軽く深呼吸をすると、
まるで爆発物処理にでも向かうような気持ちで、
ロッカーの前へと足を運んだ。


途中でコンビニ用の郵便受けを覗いてみた。
ダイレクトメールやチラシなどを綺麗に取り出してみたけれど、
お目当ての鍵の姿はない。
彼女はロッカーさえ開けてくれていないのだろうか。
あの微笑や親しげな態度は、ただのお愛想だったのだろうか。
否、とてもそんな風には見えなかった。
これでも 店長の右腕としてこの店の人事を担当している自分である。
人を見る目はあると思っている。


ポケットの中でプラスチックのプレートがついた鍵を握り締める。
暑いわけでもないのに、鍵を握っている手のひらに汗をかいている。
嫌な汗だ。
扉の前まで来て、瞑目すると深呼吸をして気持ちを落ち着けた。
鍵を取り出して、鍵穴に差し込む。
矢印の方向に回すと、カチッと鍵の外れる音がした。
それまで耳にしていた道路や店内からの音が一切消えて、
走った後でもないのにやけに早く打つ心臓の音と、
自分の呼吸音だけが聞こえてくる。
ゆっくりと左手を白くて丸い取っ手にかけて、手前に引いた。

キィと軽い音がして、ロッカーが空いた。

自分が置いておいたのは、チケットの入った封筒と
待ち合わせの場所と時間を書いたメモ用紙。
押さえにこの秋限定のチョコレートを一箱だったはずだ。
自分の目の前に見えるのは、それではなかった。
つまり彼女は、このロッカーを開けたことになる。
でも空っぽではなく、何かが置かれている。
小さな紙片は、名刺だった。
彼女の名前と住所が明記され、
知りたかった情報がいっぺんに与えられた。
おまけに裏には携帯の番号とメールアドレスが記入されている。


チケットを持って帰ってくれたということは、コンサートへの誘いを
受け取ってくれたということになる。
おまけにケイバンとアドレスを教えてくれたということは、
連絡をくれという意味にとっても良い。
少なくとも嫌われてはいない。
むしろ、好意を持っていてくれるのではないか?
そう自分に都合のいい方に解釈してしまいそうになる。
ここが人目に触れる場所でなければ、
小躍りしてしまっていたかもしれない。

違う意味で自分の感情が爆発したのを感じた。





-------------------------------------------------
現代短編 八戒/拍手小説9・10話分