NO.67 コインロッカー
自分の気持ちもはっきり分かって、彼女の素性も分かった上に
協力者まで現れて自分の恋はついていると八戒は思った。
思えば賭け事では自分が降りたもの以外では負けたことなど無い。
多分に気持ちの持ちようも含まれるのは確かだが、
いつも負ける気がしない。
それが分かっていても勝負を挑んでくる悟浄や悟空は、
進歩がないと思っている。
だが いつも自分が負けるからと、付き合いにも誘ってもらえなかったとしたら
それは寂しいと思うだろう。
勝っても負けても声をかけてくれるところが友達なのだと
八戒は思わず一人微笑んだ。
協力者である三蔵の恋人はとても優しい。
ここにバイトをしだした頃はみんなで狙っていたくらいだ。
彼女が選んだ相手が三蔵で、その三蔵も彼らしくないほど
彼女を大切にしている。
だから自然に応援する気持ちに変わっていった。
今はいい友情以上の気持ちは無い。
だからこそ 普段なら三蔵が絶対にいい顔をしないはずなのに、
自分に協力しているのを黙ってみているのだろう。
肝心の彼女とはその後会話を弾ませる間柄にはなった。
名前も住所も仕事もそれこそ知ろうと思えば趣味嗜好まで、
三蔵の恋人が教えてくれるだろう。
でもそれは彼女に対してフェアでないような気がして断っている。
知っていれば何かに誘うときやプレゼントを贈るときも参考に出来るだろう。
でも それじゃ彼女を喜ばせは出来るが、
僕に陥落させることは出来ないんじゃないかと思った。
彼女に僕を好きになってほしい。
気に入られたいだけでは嫌なんですよね。
ただ どうしようも無くなったときの保険として頼みにしようと考えていた。
コンビニには珍しくシャングリラにはロッカーが併設されている。
月契約で貸切もできる。
僕は「8」番を契約していた。
名前にちなんでこの番号を優先的に振り分けてもらっている。
バックルームにあるロッカーは
本当に小さくて予備の着替えなどの私物さえ入らない。
安心して店頭に立つためにも貴重品は自分で保管が店のモットーだ。
どうしても店外で彼女と会う機会が欲しい。
でも会話はレジでのみ。
それも時間はお客様の入りに左右される。
シフトの時間前にロッカーに来て空いている番号を確認して、
その中から並びの良い番号を選んだ。
三蔵に言ってその番号を借りることにする。
持ってきたコンサートのチケットと待ち合わせ場所と時間を書いたメモを
同じ封筒に入れて、空のロッカーに置いて扉を閉めて施錠をした。
細工というわけではないが、彼女が受けてくれるかに全てがかかっている。
鍵をポケットに彼女が来店するのを待った。
今日も彼女が選ぶのは鮭のおにぎりとお茶のペットボトル。
レジのカウンター越しにかわす笑顔も穏やかだ。
ただの知人から他の何かに変わりたい。
それは「友達」ではなく「彼氏」か「恋人」という位置が希望。
そのためには、心臓がオーバーヒートを起こしそうな難関をくぐり抜けて
彼女の気持ちを手に入れなければならない。
それが分かっていてもなかなか実行に移すには勇気がいる。
「僕ってこんなに意気地がなかったですかねぇ。」
彼女の後姿を見送りながら、思わずつぶやいた。
コンサートまで20日ほどあったから余裕で誘えると思ったのに、
1週間も無駄にした。
間際に誘っては行きたくても断られてしまう。
そろそろ踏ん切りをつけなければ・・・・。
自分でもらしくないと思う。
悟浄だって悟空だってそう言うだろう。
それは断られるのが怖いからに他ならないが、
自分らしくないと思うも本当のところだ。
思わずため息をこぼしてしまう。
それでもチャンスは与えられたらしい。
お客が店内にいない時間に彼女が来店した。
レシートと一緒にポケットの鍵を差し出す。
「店の横にロッカーがあるのご存知ですか?」
僕の問いかけに、彼女は「えぇ。」と応えてくれた。
「もしよろしければ、この番号のロッカーに入っているチケットを、
受け取っていただけないでしょうか?
そして僕と出かけて欲しいのですが・・・・。
どちらの答えでもロッカーに鍵をかけて、この店の郵便受けに
入れて置いてくだされば、後は僕が片付けますから。」
レシートと一緒に彼女の手に鍵を乗せる。
返されるのが嫌で、さっと手を引っ込めた。
「今すぐに返事しなくても良いです。
鍵が郵便受けに戻ってくるまで僕にも少しだけ夢を見せてくださいませんか。」
彼女の瞳を見ることが出来なくて、マニュアルよりも丁寧にお辞儀をすることで
視線を合わせなくてもすむようにした。
「分かりました。」
彼女がそう応えてくれて、レジの前から立ち去るのを頭を上げずに見送った。
スタッフルームから出てきた三蔵の恋人が、「八戒さん、やりましたね。」と
励ますように肩を叩いてくれた。
「まあ、何とか。」
きっとモニターで見ていたのに違いない。
彼女が来店したのを見て、わざわざ引っ込んでくれたのだから、
気にならないわけが無いのだ。
それは彼女だけではなく、あの無愛想な店長も一緒だろうと考えて
思わず自分の恋の行く先を案じた。
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拍手小説7・8話分