No.63 でんせん
その日曜日は、よく晴れた。
に連れられてきたのは、有名な某遊園地。
は傍を離れて、男女4人ほど一緒に立っているところへと駆け出していく。
あとから ゆっくりとその一塊に近づいていくと
「わぁ〜、の彼ってはじめて見る〜。」と女の子独特の黄色い声が聞こえた。
の横に立つと「初めまして〜。」と語尾がやけに間延びした言葉で挨拶をされた。
「どうも、猪八戒です。」と、とりあえず挨拶を返しておく。
の友達だから遠慮のない視線にも何とか我慢する。
アトラクションに向かう事になって移動する。
僕とは最後尾から歩いていた。
「、これって合同デートって奴ですか?
いまどき中学生でもこんなことしませんよ。」
こんな事のために引っ張り出されたのなら、あまり面白くない。
「つまりあれですか?
友達が揃って彼氏付きで遊びに行こうというのに、
自分だけ行けないと言うのはつまんないし負けてるような気がすると・・・・・。
くくっ・・・子供ですね。」からかうように言って、思わず笑いが漏れた。
「それ以上言わないでよ。
八戒には分らないよ。」そう言っては唇を尖らせてツンを上を向いている。
こんな所は昔から変わらない。
「拗ねているんですか?
益々、子供みたいだって僕に言われちゃいますよ。
でも、嘘までついて参加したいもんですかね?」
「嫌なら・・・・八戒が嫌なら帰ってくれていい。
その辺の男の子をナンパして調達するから。」
は勢いよくそう言うと、僕から離れて行こうとした。
思わず、その手を捉える。
「まあ、それでもこうして来たんです。帰れなんて言わないで下さい。
ほら、お友達が呼んでますよ。」
そのまま友人カップルの方へと歩こうとした。
「八戒、手を離して。」振り払うつもりではないものの握り返しては来ないまま、
が手を気にしている発言をする。
「いいですか、?
僕とは恋人同士ってことになっているはずですよね。
だったら手ぐらいつないでないと怪しまれますよ。」
強引に手をつないだまま歩いていく。
こんな風に歩くのは何時以来だろう?
が小学1年生の頃は登校するのに手をつないだ記憶がある。
あの頃のの手から比べると、もちろん大きくもなっているがそれは自分も同じことなので
やっぱり小さくて柔らかいと思う。
でもプクプクしていた子供の手から、白くて細い指と綺麗な爪で飾られた
女性の手へと変化している。
今まで、どうして見過ごしてしまっていたんだろう?
のことはちゃんと女の子だって認識していたつもりだった。
でも 意識してきたか?と、問われれば、そうではないと思う。
なんだかこんな近くではお手軽だと思っていたのかもしれない。
だってきっとそうだ。
僕が男だってことは認識していると思うけれど、恋愛対象として意識した事がある?と
問われたら、きっと首を横に振るだろう。
自分でさえこの話があって初めて自分の気持ちに気づいたのだから
人のことは言えないが、特定の誰かと付き合っていないからこそ頼みに来るのだ。
だったら、自覚してもらうチャンスじゃないか。
「せっかくです、利用させてもらいましょう。」
握り返してこない手を物足りないと思いつつ、そんな事を思った。
お昼を食べる前にジェットコースターに乗ることになった。
最近のはなんだか凄いことになっているらしいから、
昼食後は止めて置こうということらしい。
とりあえずは分別のある友人たちなんだと思った。
好きではないが、乗れないこともないので付き合うことにする。
ん?待てよ。
確か小さい頃からは所謂絶叫系と呼ばれる乗り物は苦手じゃなかっただろうか?
ふとそんな事を思い出して隣に並んでいるの顔を覗きこむ。
あぁ、やっぱり。
どことなく緊張して顔色も悪いような気がする。
「、こういうの苦手じゃなかったですか?」
僕の問いかけには「大丈夫。」と小さい声で返事をした。
もうその返事自体が僕には大丈夫になんか聞こえない。
「みんなに言って乗るのは止めましょう。
僕だって別に進んで乗りたいわけじゃありませんし、小さい頃から嫌いだったはずですよ。」
僕の話が聞こえていたのだろう、前に並んでいるの友達が心配そうに振り向いた。
「、大丈夫?
今さ話してたんだけど、これに乗ったら解散しようってことになったからね。
やっぱさ、せっかく彼氏と来ているんだもん。2人きりになりたいよね。」
その子の話を聞いて僕はの肩を抱くと「すいません、はこういうのが苦手なので
僕達は一足早く解散ということにして下さい。
なんだか乗る前から既に具合が悪いようですし、何処かで休ませたいんです。」
いつもなら威勢良く反論の声をあげるだが、さすがにジェットコースターに乗るのは
嫌だったらしい大人しく列から離れるのに従った。
少し歩いてカフェテリアに席を見つけてをそこへ座らせると、
お昼と飲み物を買いに行く事を伝えて、その場を離れた。
注文カウンターでの好みの食べ物と飲み物を注文する。
こういう時は幼馴染というのはとても便利かもしれない。
嗜好などを確認しなくても知っているのだから・・・。
僕との間では、そんな事をあえて尋ねる必要すら感じない。
トレイを手にを座らせておいた席へと戻る。
角を曲がった瞬間に目に飛び込んできた光景に、思わず身体がカッと熱くなった。
の座るテーブルに2人の男がそばに立って話をしている。
ナンパですか? まったくちょっと目を離すとこれだから・・・・。
1歩踏み出した僕の目にの横顔が見えた、2人に笑顔で答えている。
先ほどの『その辺の男の子をナンパして調達するから。』と
言ったの言葉が頭の中によみがえる。
本当にそうするなんて思っていないが、自分を男として意識していないことを思うと、
心穏やかではいられない。
「?」男たちの後ろに立って、これ見よがしに呼びかけてみた。
「あっ、八戒。」笑顔で自分の名を呼ぶ彼女は、
少しも目の前の男たちに警戒をしている様子が無い。
は自分のものだと目で語って男たちを見ると、
片方の男が「俺達クラス一緒なんです。」と誤解を解こうとしているのが分った。
「そうですか。」とだけ答えてやる。
クラスが一緒だからと言って安心など出来ない。
「じゃあな。」とその2人はの元を立ち去った。
の鈍感さにいささか呆れて機嫌が悪くなる。
いつもならうまく隠すのだが、あえてそれをしない。
「本当にナンパで彼氏を調達するつもりなら、僕は邪魔でしょうから帰りましょうか?」
意地が悪いな・・・と自分でも思いながらそんな言葉を投げかけてみた。
こうなったらに強制的に恋に落ちてもらわないと此方が困る。
僕の機嫌の悪さを察知したのか、も居心地が悪そうだ。
「八戒、何か怒っているの?
私が何か気に障ることを言ったのなら謝るから、機嫌直して。
八戒が居るのにナンパで彼氏なんか調達しないよ。
さっきのは言葉のあやって奴で・・・・本心じゃないから。」
少し言い難そうに頬を染めて僕の機嫌を伺ってくる。
いつもならこのくらいで許してあげるのだが、今日はそうも行かない。
「ふうん・・・そうですか。
仲間外れが嫌で僕を無理やり連れてきたのは、どうしてですか?
ならいくらでも声をかけてくる男がいるでしょう?
さっきのクラスメイトの男の子でも良かったんじゃないですか?
何で僕なんですか?」
身体をの方へと近づけて、右手の人差し指でその柔らかくすべらかな頬を撫でた。
僕の覗き込むような視線に、が戸惑って緊張しているのが伝わる。
指を頬から唇へと滑らせて、まだ触れた事もないそこをそっと触った。
恋が病だと言うのなら、その病原体が僕の指先からの身体に入り
恋を引き起こし発病してくれるように・・・・・と。
唇を触られての頬は朱に染まっている。
「幼馴染だから、僕なら安全で安心だとでも思っているんですか?」
何かを言いかけていた唇が、僕のその一言でぎゅっと閉じられた。
幼馴染という伝染病予防を取り払ってやらなければ、感染しても発病しないかもしれない。
「僕はをもう幼馴染だなんて思ってないのに・・・。」
空いていた左手を、の頬に添えてやる。
手の平にいつもより熱いだろう頬の熱が伝わってきた。
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30万打記念夢として
