翌日。
いつものようには学校に出かけて行ったようだ。
自室の窓を開けてその様子を見る。
明らかに眠っていないように見える目と憔悴したような顔。
「ちょっと展開が急すぎましたか?
でもの場合、強制的に起こさないと目覚めないような気もしますから・・・。
少し悩んでもらわないと駄目かもしれないですね。」
溜息を吐きながらその背中を見送った。
何も可愛い幼馴染を苛めたい訳じゃない。
むしろ愛しくてたまらないくらいなのだ。
出来れば、誰の目にも触れさせずしまって置きたいくらいに・・・。
まだ誰にも汚されてないの何もかもを、守っていたい気持ちもある。
でも 誰かに酷くされるくらいなら、自分が優しく花開かせてやりたい。
はきっと綺麗な花を咲かせるのだから。
こういう気持ちが独占欲だと気づいてからは、
自分からの接触は出来るだけ避けるようにしようと思った。
そうしたところで決して関係が途切れるような事もないだろうし、
その心配も必要ないと思う。
けれども気持ちの中では、はもう幼馴染ではない。
可愛い幼馴染から、自分を惹きつける女性へと位置を変えている。
この気持ちが溢れ出てしまわないように、心に壁をめぐらす必要があると思った。
と話すときやそばに来てくれた時には、
壁の途中に特別に設けられた通路だけを使うように、
検閲を終えた出しても安全な気持ちだけを表すことにした。
からその壁に近寄り触れることは容易いが、
自分でその壁に近づくことは自分自身が許さない。
そうでもしなければ、何時その壁を壊してしまうか分らないからだ。
それでも昨日の自分の態度では、壁の何処かに穴が開いたのを否定できない。
自分で穴を開けてしまうようじゃ・・・・。
「僕もまだまだですね。」思わず自嘲的な笑いが顔にのぼる。
その日の夕方。
疲れたような顔をしてが僕を訪ねてきた。
一度家に帰ったのだろう、ちゃんと制服から着替えてきている。
「八戒、今いい?」
恐る恐るといった感じで、が僕の部屋に入ってきた。
喧嘩した訳でもないのに、まるで謝りに来たような顔と態度だ。
「今、お茶でも淹れて来ますね。」そう言って立ち上がった僕の腕をが掴んだ。
「待って、八戒聞いて欲しいの。」
切羽詰ったようなその様子に、僕の良心がチクチク痛んだ。
は何も悪くないのだから。
それにしてもちゃんと壁をめぐらせて覚悟をしていたのに、腕を掴まれただけで
こんなにも心騒ぐなんて、自分でも動揺してしまう。
の両肩を掴むと引き離すように遠ざけた。
「分りましたから、そんなに無防備に僕に触ったりくっ付いたりしないで下さい。
昨日も言ったでしょう。
僕はもうを幼馴染だと思っていないんです。」
傷つけるかもしれないと思いながら他にいい言葉が見つからなくて、
しょうがなくそれを口にした。
僕を見上げたの顔はなんだか思いつめた時のそれのようで、
僕の隠している庇護欲をどうしようもなく煽ってくれた。
潤んだ瞳で見られると、それ以上何も言えなくなってしまう。
やっぱり可愛いし大切だと思った。
「八戒の言いたい事は分ったから。
だから、私達幼馴染をやめよう。」
何か凄い決心を告白するように、はそんな事を口にした。
「は? 何を言っているんですか。
どうして急にそんな事を?」
幼馴染をやめるなんて、とっぴな事を提案してくるにいささか驚かされた。
自分からは幼馴染をやめるといっていると言うのに、
それが彼女の口から出てくると、とたんに許せなくなってしまう。
彼女はいつも僕をこうして振り回す。そんなのはまったく僕らしくないというのに・・・。
それは今に始まった事ではないし、そんなところも好きなのだから僕も相当だ。
「八戒。わたし、八戒の事が気になってしょうがないの。
幼馴染とかじゃなくて・・・・なんで気になるのか良く分からないんだけれど、
どうしても八戒の事が気になって・・・・。
今まで気にしなかったのに、急に男の人なんだとか、背が高いんだとか、
綺麗な手をしているんだとか、どうして私には優しいんだろうとか、思うようになって。
でも 幼馴染をやめたらそれも分るかもしれないから・・・・・。
だから やめよう!」
なんだか、力いっぱいにそんな事を宣言してくれる。
そんなに可愛いからこそ僕はつい苛めたくなるというのに、はまったく分かっていない。
可笑しくなって笑いがこみ上げる。
「くっ、くくっ・・・・・・。
、そういうのを世間一般では何と言うか知っていますか?
それとも、知っていてそれを認めたくないんですか?」
困る顔が見てみたくて、そんな事を尋ねてみた。
首を横にフルフルと振って、「分んないの。」と泣きそうになる。
いくら好きでも泣かせたい訳じゃない。
子供にするように髪の毛に手をやり優しく撫でてやる。
「、僕は昔からの勝手なお願いを叶えてきました。
本当に何でだろうと自分でも思います。
でも僕は、出来ればこれからも叶えてあげたいと思うんです。
そのためには、このまま他人でしかない幼馴染でいることは出来ません。
だって、もしに恋人が出来れば、は彼氏にお願いするでしょうからね。
それか、僕に恋人が出来ればよりも大事にしてその彼女の願いを
聞き届けてあげなければならなくなります。
どちらにしても の願いを叶えることは出来なくなるわけです。
じゃあ、どうすれば僕がだけの願いを叶える男になれると思います?」
髪を触っていた手を滑らして、顎へとかけるとの顔を上向かせた。
「八戒と私が恋人になるの?」
正解しているのに、不安そうに答える。
「そうです。
僕は願いを叶えるために恋人になりたいわけじゃありません。
でも結果として、可愛い恋人のの頼みごとなら叶えたいと思うのは事実です。
は僕の事が嫌いですか?」
その問には首を振って否定した。
「そうですよね、嫌いなわけないのは知っています。
じゃあ、こうしても嫌だと思いませんか?」
そう言って、顎にかけた手でそのままの顔を固定すると、
自分の唇をのそれにやさしく押し付けた。
少しだけ離れると、唇だけで挟むようにしての唇を愛撫する。
何度かそれを繰り返すと、最後にリップノイズをさせてゆっくりと離れた。
指先からの頬に集まった熱を感じた。
唇は離れたけれど、まだ顔は離さずにいつでももう一度出来るほど近くにいる。
「どうですか?
僕にキスされて嫌だと思うのなら、それは正直なの気持ちです。
さすがに僕もあきらめざるを得ません。」
囁くように言葉を紡ぐ。
閉じていた瞼をあげてその瞳の中に僕を映している。
「少しも嫌じゃない場合はどうすればいいの?」
思わず自分の顔が喜びにほころんだのが分る。
「はどうしたいですか?
願い事を叶えるのが僕の役目なら、それを話してくれないと駄目ですよね?」
もう少し前に突き出せば、触れる位置での囁きごとは内緒話に近い。
「えっと、幼馴染をやめて恋人になるには、どうすればいいのか教えて。
八戒も私をそうして欲しいの。」
目の前の瞳が潤んできたのが分る。
こんな近くでの瞳に涙が溜まっていくのを見られる男は自分だけ。
そう思うと胸に愛しさが溢れる。
「いいですよ。
今日から僕がの恋人になります。
の願い事を叶えていってあげますよ。
だから、も僕の願い事を叶えて下さい。」
小さく頷いてくれたのを、指と触れている髪の毛で感じた。
啄ばむようなキスをすると、キスを受け入れるように瞼を閉じる。
もう、張り巡らせた壁は要らない。
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31万打記念夢として
