No.06 ポラロイドカメラ





雑誌なんかでよく見かける街頭ファッションの特集。

学校帰りの路上でそんな取材中の一段と取材されている

綺麗なお姉さんたちを、制服組の私と友人は遠巻きに見ていた。

インタビューしているのは若い女性の編集者が2人で、

それぞれにメモを取りながらノートに何かを書き込んでいる。

その隣で取材の終わった彼女たちをカメラに収めているのは男性。

凄く背が高い。

そのかたわらに助手っぽい人が1人。

一組の取材が終わって、その人たちが取材の内容や機材のチェックをしている。

ふと、カメラマンとおぼしき男性と思わず目があった。

それまでカメラで顔がよく見えていなかったけど、

雰囲気のあるハンサムな顔だと思った。

向こうには、取材対象外の私だ。

軽く無視されるだろうと思っていた。





ところが、その人は「その髪、すげぇいいんじゃん。」と言いながら、

そばに近寄ってきた。

「えっ、わ・・・たしですか?」

その勢いに気おされて、思わず2〜3歩後退る。

リーチのある腕が伸びてきて肩をつかまれる。

「そう、そう。

この色といい、長さといい、この手触りといい、すげ〜好み。」

カメラマンの男性は、髪を一房手にとってその感触を確かめると、嬉しそうに笑った。

その笑顔が本当に幸せそうなので、怒るに起これない状態で固まってしまった。

「やっと見つけたな、俺の理想のラプンツェル。

で、お嬢さん幾つ?お名前は?彼氏いる?」

髪の毛から手を放さずに、カメラマンは質問攻めにしてきた。

「名前は、18歳、高校3年生です。彼氏はいません。」

少し不機嫌そうにそう答える。

「おぉ、立派に守備範囲じゃん。いいねぇ。しかも彼氏いねぇし・・・・ついてんな俺。」

肩をつかんでいた手を滑らせて、そのまま手を握ると甲に軽く口付けられた。

「じゃ、俺と付き合おう。な?」





有無を言わせず肩を抱くと、首から下げているポラロイドカメラを自分たちに向けて

パシャッとシャッターを切った。

ジーっと軽いモーター音と共に今写した写真が出てくる。

それを引き抜くと、今度は私1人だけを写した。

胸ポケットに入れている細口のサインペンで最初の1枚の裏に

なにやら書き入れると、「連絡頂戴ね。」と言って手に押し付けて行ってしまった。

一緒に仕事をしていた人たちを待たせていたのだろう。

何度か詫びる言葉が聞こえる。

こちらを振り返って手を大きく振ると、引っ張られるように行ってしまった。

手に残されたポラロイド写真は、段々鮮明な画像を写し出している。

その裏には、『沙悟浄、090-XXXX-XXXX』と書いてあった。

どうやらナンパされたんだと気づいたときには、もう相手は消えてしまった後だった。





翌日。

昨日の一部始終を見ていた友人の口によって、が髪の毛で格好良い男を

釣り上げた話は、クラス中の噂になっていた。

「聞いたよ〜

凄い格好良い人その髪の毛で釣ったんだって?

その人、の髪見て『ラプンツェル』って言ったんでしょ?」

机の周りに垣根を作って、クラスメイトたちがはやし立てる。

何時の世も女の子達はこの手の話しに弱い。

「で、もう電話したの?」

昨日見ていた友人の1人がに尋ねた。

「まだ。」

「まだぁ〜? ったら何迷ってんのよ。

あんな格好良い人にケイバン貰って連絡しないなんて信じられないよ。」

人差し指を立ててお説教をするような姿勢で文句をつける。

「だって、遊びかもしれないじゃん。」

「何弱気な事言ってんの。あれは本気のナンパだよ。

それが証拠にあの悟浄とか言う人、の事は何も聞かずに行っちゃったでしょ?

それに、仕事の合間にナンパなんてしないと思うよ。

普通自分が暇な時にそうするもんでしょ。」

その子の言葉に、周りのみんなもうんうんと頷いている。




はさ、大事にしているつもりはないみたいだけど、

その髪の美しさに惹かれている男は多いと思うよ。

うちの学校が女子校だからそれほど気が付かないのかもしれないけれど、

一緒にいるとすれ違う男の視線をその髪に持って行かれていると思うもんね。

それに、小さくて細くてその市松人形のような髪で、

今まで誰とも付き合った事がないなんて男の目は節穴かと思ってたけれど、

ようやく審美眼のある人と出会ったんだからこの出会いを大事にしないと・・・・。」

一番の友達に言われたと言う訳じゃないけれど、

昨日貰ったポラロイド写真をカバンから取り出して、その番号を押してみた。





「相手は大人の人だから私達は付いて行かない方が良いかも。

断るんなら、自分の口でちゃんと断りなさいよ。」

そう言われて1人で待ち合わせにやって来た。

150センチの身長は、いまどきの女子高校生の中では小さい方だ。

ましてこの髪。

好きでこうしている訳ではない。

1本1本がしっかりしている髪は、短くすると広がってしまう。

髪の重さを利用して広がらないようにするしかないのだ。

試しに染めた事もあるけれど、色が綺麗にのらない。

パーマも染めもお金の無駄だと悟った。

確かにシャンプーの宣伝の髪だけのモデルさんのようだとは思う。

でも 髪で注目されたって嬉しくない。

私自身を見て欲しい。




5分も待っただろうか、ひときわ背の高い目立つ髪色が私に向かって歩いてきた。

「悪りぃ、待たせた?」

そう言って笑った顔は遥か頭上にある。

多分30センチ以上の身長差だろう。

両脇に手が差し入れられてふわっと持ち上げられたかと思うと、

すぐ横の建物の台座のような所へと立たされた。

「これでやっと顔が見えるな。

たくさん待っちゃった? あんまり嬉しいからさ、ちょっと眠れなくて・・・寝ようとして

酒飲んだら飲み過ぎて寝坊しちゃったんだわ。」

此方に負担をかけないように上手くオブラートで包んでいるけれど、

それでも悟浄さんの気持ちが伝わる。

でも この人にこれから断りの言葉を言わなければならないのだと思うと、気が重い。

思わず下を向いた。

肩にかかっていた髪が、さらさらと前に落ちてくる。

目の前でふ〜っと吐かれた息が、髪を揺らした。

「やっぱ、いいなぁ・・・・。」

右手がそっと髪に触れてくる。

何度か撫でた後、指が髪に差し入れられその指どおりを楽しむように梳いていく。

それを3回ほど繰り返した後で、「此処じゃなんだから、何処かでお茶でも飲もうか。」

そう言ってもう一度持ち上げられ地面に降ろされた。





それほど離れていない所にあるカフェに入ると、2人で向かい合わせに座った。

「で、連絡くれたってことはその気があるって思っていいわけ?」

カップのコーヒーを一口飲んで、ソーサーに戻した後、悟浄はに向かって尋ねた。

「その気って?」

「ん〜、なんて言ったら分りやすいかねぇ。

つまり、俺はずっと理想の髪を捜してたっつーことになるわけ。

ちゃんが俺の理想の『ラプンツェル』にぴったりな髪の持ち主なんだわ。

だから、出来たら彼女になってもらえねーかと・・・。

そりゃ、ちゃんにも好みって〜もんがあるんだから、それは無視できねぇとは思う。

なんなら暫くはお試しってことにしてもらってもイイ。

どうしても嫌なら、たまにでいいからその髪みしてくれて、

ちょっとだけ触らしてくれるとありがてぇ。」

そう言ってにっこり笑うと、胸ポケットから煙草を取り出して「いい?」と尋ねた。

「どうぞ。」と返しておいて、は自分のオーダーしたカフェラテに口を着けた。




吐く煙をに当たらないようにと顔を横に向けた後、

「俺って対象外って奴?」

「いいえ、そんなことありません。

でも 本当に私なんかでいいんですか?

もっと髪の綺麗な人とか、美人な人とかいると思うんですけど・・・・。」

悟浄は煙草の灰を灰皿でトントンと落として、の顔を見た。

「確かになぁ、まぁ・・・いないとは言わねぇよ。

でも 俺にとっては価値がねぇんだわ。

ちゃんの髪こそ、俺の理想なんだって。

つ〜こって、お付き合いしましょう。

ク-リングオフ期間を長めに設けるからさ・・・な?」

語尾にハートが飛んでいそうな声だ。

こんな素敵な人に口説かれるなんて、早々ないだろうとは思った。

だったら、髪以外は好みじゃないから別れると言われるまではイイかも知れない。

付き合うきっかけとしては面白い・・・そう判断した。






「はい、お願いします。」と、は軽く頭を下げた。








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32万打記念夢