NO.21 はさみ






あの男であるにもかかわらず綺麗な人に少しでも似つかわしい自分になりたいと、

美容院へと足を運んだ。

私の人前に出しても恥ずかしくないところなんて、髪の毛以外に無いんだから

せめてそれだけでも前より良くなりたいと思ったから・・・。

いつもの人を指名したのだが「彼女は退職したんですよ。」と

言われてしまえば仕方が無い。

違う美容師さんに不安を覚えて、出来るだけ切らないようにお願いして、

それでも綺麗にしてくれるように注文を出して椅子に座った。

今までは気にしなかったのに、沙悟浄さんに言われてから自分の髪を

気にするようになった。

友達は「プラチナ・ヘアーだよそれ。」と私の髪を指して言う。

「大事にしなさいよ。

その髪の毛のおかげであんなに良い男を彼氏に出来たんだからね。

私の髪だって捨てたもんじゃないと思っているけど、の髪には負けるわ。」

そう苦笑されてしまうと、何も言えない。



「でも心配じゃない?」ともう一人が口を挟んだ。

「だって、悟浄さんはさの髪に惚れたんでしょ。

だとしたらもっと悟浄さんの前に好みの髪を持った女の子が現れたら、

とはバイバイということにならないのかな?

髪を見ただけで口説くくらいなんだから、相当フェチと見た。」

その言葉に胸がキリリと締め付けられる。

そんなこと今更言われなくてもちゃんと分かっていた。

だって、私は髪しか取り柄が無かったから。

だから 髪に良い事は何でもしてみた。

海草を食べたり。

頭皮のマッサージをしてみたり。

シャンプーをあわ立ててからやさしく洗ったり。

バスタオルでごしごしこすらずに、丁寧に水気を取るようにしたり。

極め付けにはマイナスイオンドライヤーを奮発して買った。

その甲斐あってか、振り向かれるほどに髪は綺麗になった。



ただ カットだけは自分じゃ出来ないからこうして美容院のお世話になっている。

カットしてくれている美容師さんのなんだか危なげなハサミさばきに、

不安を覚えて鏡から目が放せない。

後を他の美容師さんが通ってクリップやコームやスプレーを乗せたキャスターを動かした。

私の担当さんはそれに気づかずに、一歩キャスターに近寄ってぶつかった。

ジャキ・・・・と音がして、パラッと何かが視界の隅を床に落ちるのが見えた。

「あっ。」と声を出した美容師さんの顔色がさっと変わるのが鏡の中に映し出される。

「申し訳ございません。」

それ以上ハサミを動かすことが出来なくて、私の髪を切っていた人が頭を下げる。

他の椅子に座っているお客さんが何事かとこちらを見ている。

オーナーがあわてて飛んできた。

母も利用しているこの美容院は、私も常連の一人だ。

もちろん小さい頃からなので、名前も顔も覚えられている。

私の髪を見たオーナーは、「ここは私がやるわ。」と担当していた人を下げた。

ちゃん、ごめんなさい。

揃えるだけの注文だったのに、15センチは切っちゃったみたい。

それも、結構な量と外側の方だから、誤魔化すことが出来そうも無いわ。

これは この長さに切りそろえないと・・・・・。」




どうして神様はせっかくのチャンスまで奪おうとするのだろう?

美容院からの帰り道で私はそう思った。

やっと訪れた素敵な出会いだったのに、私には分不相応だってことなんだろうか?

悲しくなる。

1ヶ月に髪が伸びる長さは、約1センチだという。

だとすれば15センチ伸びるのに15ヶ月かかるということだ。

1年と3ヶ月。

悟浄さんはそんなに気が長そうには見えなかった。

多分、別れを告げられることになる。

だって、彼は私ではなく私の髪の毛が好きだったのだから。

もう、彼が好きだったものは無い。

残っているのは、何の取り柄も無い普通の私だけ。

最初は変な人としか思っていなかったのに、

いつの間にか悟浄さんが好きになっている。

もう駄目なのかな・・・・・。

そう思ったら、涙が溢れてきた。




次のデートの日。

私は髪の毛をそれぞれの耳の上の辺で結んでお団子のようにして出かけた。

その髪形に似合うように、少しチャイナっぽいブラウスを選んだ。

これで誤魔化されてくれるといい・・・・と願いながら。

「おぅ、ちゃん今日も可愛いねぇ。

ん? ちょっと元気がねぇな・・・・それに髪の毛結んでるんだ。」

くわえタバコで微笑む悟浄さんはやっぱり格好良い。

「たまにはいいかと思って・・・、それにお洋服にも合うし。」

視線を合わせないように注意をしながらそう理由付けた。

「ふ〜ん、ま それも可愛いけど、やっぱ俺にしてみたら会うたんびに

サラサラ揺れる髪が見たいんだよねぇ。

じゃ、中間を取ってせめてみつあみに変えようかね。

それなら天使の輪を鑑賞できるってもんでしょ。」

悟浄さんはそう言ってお団子をとめてあるUピンを抜こうと、私の頭に手を伸ばした。

「えっ、駄目です!

今日はそういう気分じゃないし・・・・。」

お団子付近を両手で押さえて抵抗する。




「っと、どうしたってぇの?

なんか俺気に障ることした?そうなら謝るけど・・・・なぁ?。」

伸ばした手をどうしていいのか分からないといった風で、

自分の頭に戻すとポリポリとかいている。

「ご・・・ごめんなさい。

悟浄さんは何も悪くなんて無いの・・・ただ、

たまには違うヘアスタイルも見て欲しいなぁって思ったから・・・・。」

もう悟浄さんの顔なんて見ていられない。

うつむいて精一杯に言い訳をする。

「あぁ、そういうこと。

もち、その髪も可愛いんだけどさ、でもさ俺 ちゃんの髪に触りてぇのよ。

つ〜こって、せめてお団子はやめようよ。な。」

悟浄さんは両手を取って繋ぐと、お遊戯をするように左右にやさしく揺さぶった。

駄々をこねている子供をあやすようなそれに、

私の気持ちは余計にかたくなになっていく。



「ん〜しょうがないな。

じゃ、もっと違うちゃんを見せてもらおうか。」

繋いでいた手を片方だけ放すと、つながっている手を

グイッと引っ張って悟浄さんが歩き出した。

「ちょ・・・ちょっと何処へ行くんですか?」

「ん? 良いとこ。」

あわてる私を尻目に悟浄さんはどんどん歩いていくと、

駐車してあった車の助手席に私を座らせて自分もさっと乗り込んだ。

車は私の知らない町並みを走ってあるマンションの駐車場へと滑り込んだ。

玄関のドアを開けて1LDKらしい間取りの部屋へと入ると、

いきなり腕の中に引っ張られて抱きしめられた。

ギュッと男らしい胸に押し付けられて、コロンとタバコの匂いに包まれる。

悟浄さんの匂い。

背中にあてた両手に私の身体を倒すようにして、

悟浄さんが上から覆いかぶさって来てキスをしてきた。

最初はやさしく、そして離れてはすぐに・・・・何度も。

キスをされながら廊下を悟浄さんが移動するのに引きずられるように付いて行く。



膝裏に柔らかく何かが当たって、そこからカクンとその上に寝かされた。

ベッドだと分かったのは背中に布の冷たい感触が伝わったから。

背中にあった手が肩や腰に移動を始める。

上に這い上がってきた手が、うなじから頭に移動して髪を触る。

気づいて何かを言おうとしてみたけれど、キスに翻弄される唇では

言葉をつむぐことが出来ない。

さっきは阻むことが出来たお団子のUピンをいとも容易く抜き去られた。

くるくるとねじっていた髪が重力にしたがって自由落下する。

結んでいたゴムも抜き取られた。

「・・・・・・・・・。」

悟浄さんが声も無く髪を見ているのが分かる。

切りそろえられた髪は、鎖骨の辺りまでしかないのだから無理もない。

あんなに私の髪を気に入って、いつでも見られるように

いつでも触られるように、そのためだけに彼女にしてくれたというのに。

肝心の髪の毛がなくなってしまえば、私は必要とされない。




元に戻るまでの15ヶ月もの間全てを誤魔化せるとは思っていなかったけど、

せめてもう一度美容院に行く必要が出るくらいまでは、何とかなると思った。

でも もう駄目だ。

髪は確かに伸びるけれど、すぐに元通りというわけじゃないのだから。






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33万打記念