039:オムライス





「もしもし、亜矢?

なにしているの、もう約束の時間を30分も過ぎているよ。

亜矢がどうしても行きたいって言うから、

チケット2枚手に入れたって言うのに今日までなんだから・・・・」

は、携帯に向かってそう話しかけた。

『ごめ〜ん、ちょっと急用でサ 行けなくなっちゃった。

悪いけど、キャンセルする。後で必ず埋め合わせるからね〜。』

携帯の向こうの相手はそれだけ告げると、のことなどお構い無しに通話を切った。

「待って!だってこれ今日で終わりなんだよ・・・・」

そう慌てて言い募ろうとしただったが、

耳には通話が切れた後の発信音だけが聞こえる。

しげしげと携帯を見つめると、溜息を吐いてそれを閉じた。

「女の友情なんて 男への愛の前では脆いものね。

クッソォ〜、今度思いっ切り奢らせてやる。」

意味も無くガッツポーズを取る。

「こんな時、彼氏の居ないって言うのが骨身に沁みるわ。」

今更愚痴ってもしょうがないことだと思いながら、携帯を入れその代わりに

チケットをカバンから取り出すと自分だけでも見て行こうと歩き出した。



そんなの後から声をかけた男がいた。

「あの、すいません。

今のお話偶然聞こえてしまったんですが、

よろしければそのチケット僕に譲って頂けませんか?」

その声に振り返っては、すぐに声が出なかった。

すらりと長身の身体に甘いマスク、

外国の血が混じっているのか輝石を思わせる緑の瞳、

洋服の好みもシンプルだけど上質なものをまとっている。

にとっては思いっきりストライクゾーンの男性だった。

凄い好みの人〜と内心思いながら、はその男性にチケットを譲ったのだった。



翌日。

、昨日はごめんね〜。」と、申し訳なさそうに亜矢はに詫びを入れたが、

何故か機嫌のいい彼女に頭上に「?」を飛ばした。

「ねぇ、どうしたのよ。怒れないほど怒ってるの?」と、

不気味なものを見るような目つきで尋ねる。

「あら、亜矢ちゃん。昨日は残念だったわね。」と、全然残念そうでも無い笑顔で答えてきた。

気味の悪い思いを抱きながら亜矢はを学食に誘って、話を聞くことにした。

「いい男?」

「亜矢、声大きいよ!」

思わず大きな声でそう言ってしまった後、2人は回りを気にして見回した。

亜矢の声は学食内に響いたが、すぐに別の声や音にまぎれてしまって

注目を浴びることはなかった。

「それで? 早くその良い男の話をしなさいよ。」

亜矢は一段声を低くすると、が出会ったというチケットを買ってくれた良い男の話をせびった。

その要求に、はにっこりと思い出し笑いを浮かべた。

「うん、もうすご〜く素敵な人でねぇ〜。

背が高くて、落ち着いてて、歳はそんなに変わらないと思うんだけど大人って感じがした。

それに 着こなしも上品で、格好よかったんだよぅ〜。」

は、その男を思い出してうっとりと悦にいった。




その話を乗り出すように聞いていた亜矢は、

「うんうん、それで? その後どうしたの?」と、話の続きを尋ねた。

「でね、亜矢との電話が終わったあと、

その人が声をかけてくれてチケット買ってくれたの。

『僕に譲ってくれませんか?』って。優しいでしょ?」

は満面の笑顔で、説明をした。

「で、その後は?」

「へ?」

「『へ?』じゃなくて、その後どうしたの?

まさかと思うけどそれで終わりって事は無いよね?」

亜矢は伺いの眼差しで、を見ている。

「いや、それだけだけど・・・・・・」

さも当然と言った顔で、は亜矢に話の終わりを告げた。

「はぁ〜、。あんたはねぇ、・・・・鈍すぎ。」

「?、何が。私別に鈍くは無いと思うよ、普通だもん。」

亜矢の溜息と共に吐き出された台詞に、は膨れて抗議した。

「じゃあ言うけど、どうしてそこで『お1人でしたらご一緒に見ませんか?』って誘わないの?

だって、は2枚チケットを持っていて1枚をその人に売ったんでしょ?

だったら、その人も1枚しか要らなかったてことじゃない。

つまり、一人で見に来てるって事でしょ? 

そんな良い男に声を掛けられといて・・・・・まったく!」

なんだか力の入った亜矢の話を聞いて、はその時のことを思い出していた。




そう言えば・・・・・・

チケットを渡してお金を貰った後、あの人なにか言いたそうな それでいて残念そうな顔をしてた。

「じゃ、あれはナンパしてて私の態度次第だったって事?」

「そ。」亜矢は今頃気付いても遅いんだよ・・・と言う、あきらめた目をしてに答えた。

「その鈍い所を何とかしないと、彼氏出来ないよ。

はサ、顔も性格も標準以上で彼氏のいないのが不思議なくらいだって言うのに、

そのニブチンのせいで縁逃してるねぇ〜。

あっ・・ほら、の注文したオムライス出来たって小母さんが呼んでるよ。行って来な。」

ショックのせいか背中を丸めてうなだれたまま はセルフサービスのため注文したものを

カウンターまで取りに出た。

順番待ちのプレートと交換にトレイの上にオムライスの皿とコップとスプーンを乗せて

亜矢の待つ場所まで帰る。



その時、急に動いた人に押されてはトレイを持ったままふらついてしまった。

皿の底についていた水のせいで、トレイの中でコップが滑って倒れたのはのせいでは無いが、

まずいことにその水が人の頭の上にこぼれてしまった。

「つめてぇ〜。」
「ごめんなさい。」と言う声が同時に上がり、はあわててトレイを横のテーブルに置くと、

ポケットのハンカチでその人の濡れた髪の水気を拭った。

「本当にごめんなさい。」と謝りながらその人を見ると、「あっ、俺は大丈夫。」と視線が合った。

その言葉に安堵の息が、の口からあがった。

水をかけてしまったのは、綺麗な紅い髪の男性だった。

座っていても背が高く細身だと言う事が分る・・・・ハンサムだ。

この間の人ほど好みじゃないけれど、女性にもてているのだろう。

此方が女だと知った途端に態度が柔らかくなったのが分った。

「水をかけたことは、水に流すとしてだ。それより、今晩俺とデートしてよ。」

髪の水気を取り除いたは、肩を拭いていたその手を掴まれて焦った。



「えっ? 水をかけたことは謝りますし、何ならクリーニング代を弁償させてもらいます。

だから、デートは・・・・」と、は言葉を濁した。

断るに断れない状況だと言うことは分ってはいるが、

昼間ならいざ知らず夜のデートとなるとさすがに戸惑う。

掴まれた手を振り解くこともなんとなくためらわれた。

「悟浄、そんな誘い方をしたら誤解されますよ。

クリーニング代の代わりにベッドに誘っているって・・・・ねえ?

すみません、この人綺麗な女性を見かけると誘わずに入られない人なんで、

水の事は気にしないで断って下さって良いんですよ。

悟浄、何時までその手を握っているんです? 放してあげて下さい。」

悟浄と呼ばれた男性の向かいの席からに加勢するように言葉が投げかけられた。

「へいへい、分かりました。」と、ようやくの手を放してくれた。

御礼を言おうとしてそちらを見たと、その言葉の主とが初めて視線と顔を見合わせた。

「「あっ、チケットの・・・」」と、2人同時に声をあげた。




あまりにも帰って来ないを心配して見に来た亜矢を足して、4人は自己紹介をしあった。

「この水も滴る良い男は、沙悟浄ってぇの。よろしくお嬢様たち。」と、

が水をかけた紅い髪の男性がウィンクを飛ばした。

「僕は、猪八戒と言います。

僕と悟浄は、この大学の4回生です。よろしくお願いしますね。」

チケットの男の人はそう言って、握手をするために右手を差し出した。

と亜矢は交互に握手をして自分たちも自己紹介をした。

よく見れば、沙悟浄さんは亜矢のストライクど真ん中のタイプだとは思った。

何気に横を見れば 既に瞳がハートになっている亜矢がいる。

それに気付いてクスッと笑うと、亜矢の向こうから自分の方を見て微笑んでいる八戒と

視線が合い思わず瞳を伏せた。




もう2度と会うことも無いと考えていた男性に、こうしてまた会えた事もすごいことだと思うが、

その人と同じ大学の構内で再会したと言うのも不思議な縁だとは考えていた。

あまりにも縁を掴むことに鈍い自分に神様が哀れみを

かけて下さっているのかも知れないなどと、勝手な解釈を付けてみたりする。

しかし、よくよく八戒という男性を見てみると・・・・

柔らかい物腰と紳士な言葉遣い、

趣味のよい服装のセンスと組み合わせ、

高身長で高学歴おまけにハンサムだ。

ここまで揃っていて彼女がいないはずが無いとは考えが及んだ。

当然のように亜矢を誘うことに励んでいる悟浄さんには居ないかも知れないが、

彼はそうはとても思えない。

告白する前から、失恋決定だ・・・・はそう考えてた。



どさくさにまぎれて手を着けていなかった目の前のオムライスにスプーンを入れる。

お腹もすいていたので、黙々と食べる。

隣ではすっかり亜矢が悟浄と盛り上がっているようだ。

(こんなんで・・・・・今まで何度縁を逃してしまっただろう。

その度に、悔しい思いをしてきたというのに、どうして次に活かされないんだろう・・・・・。

我ながら落ち込むなぁ。)

適当に相槌を打ちつつ、心の中ではそんな事を考えていた。

これ以上好きにならないようにしようと思い、八戒の方は出来るだけ見ないようにする。




だから、は気付かなかった。

八戒がそんなを見つめていたことに・・・・・。







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24万打通過記念夢