No.27 電光掲示板





あの後 は八戒に教授の譜面を整理する作業を手伝ってもらった上に、

アパートまで送ってもらった。

八戒は終始を気遣い優しく接してくれた。

本当にこんな人が彼氏だったらいいのにと思わずにはいられない。

噂になるような男の人は、その実態に尾ひれがついている事が多いと思う。

でも 八戒の場合は噂は本当の事を指しているのだと思わずにはいられなかった。

ただ その容姿が良いだけで騒がれているのではないのだと分る。

2人が譜面を整理して現れた事で、他の女学生の注目を惹き

は一時話題の中心になった。

「猪さんと付き合っているの?」
「仲が良いなら紹介して。」
「彼の携帯の番号かメルアド知ってる?」

そのどの質問にもは首を振らざるを得なかったのだが、

構内でも競争率が高い人だけあると溜息が出たのは言うまでも無い。

八戒からシャツを借りて数日後。

は借りたシャツについては洗濯をしアイロンをかけて返した。

何かお礼をさせて欲しいとが申し出ると、八戒はその必要がないと断った。

「では何かほかの事をさせて下さい。」と、更に申し出たに、

八戒は買い物に付き合ってくれるようにと頼んできた。





2人は、日曜の歩行者天国に出かけることにした。

学生の2人は大学がある最寄り駅と大学を中心とした 俗に言う学生街に住んでいる。

駅前で待ち合わせをして 電車で出かけることにする。

待ち合わせ時間の少しだけ前に着くように部屋を出る。

お天気も良くて 過ごしやすい季節のお出掛けは、誰だって心躍るものだ。

ましてやそれが、良い男とのお出掛けとなれば嬉しいに決まっている。

ただ 惜しむらくはその相手である八戒が、彼氏ではないと言う事くらいだ。

望んでも彼女になどなれないことは、充分承知している。

決して自分を卑下する訳ではないが、彼は選び放題なのだ。

何も選り好んで自分を相手にするようなことは無いだろうと思う。

アパートを出て数分で、商店街を抜けたところにある駅に着いた。




小さなロータリーの周りは一目で見渡す事が出来る。

背の高い男性
黒髪で優しい物腰
素敵な人

まるでパスワードのように八戒を表すピースを集めて、

検索をするように頭の中で符合する人を辺りにいる人に当てはめて探す。

そしてその全てを備えている人をローターを挟んだ向こうに見つけた。

八戒は此方よりも先に気付いていたのか、軽く片手を上げて合図を送ってくれている。

優しく微笑むと、指先で改札口を指すとその方向へと歩き出した。

もそれに頷いて、2人の真ん中に位置する駅の改札へと向けて歩き出した。




「こんにちはさん、今日はいいお天気でついてますね。

さあ、行きましょうか?」

そう言って八戒は2枚持っていた切符をに差し出した。

「えっ?」

「さあ、これ使ってください。」

笑顔で1枚を取るように差し出すと、目で受け取るように合図を送っている。

「でも・・・」

更に言いよどんで手を出そうとしないに、八戒は軽い溜息を吐いた。

「どの道、この切符は買ってしまったものですし、

本日限り有効なんですから使わなきゃ無駄になります。

それに今日は僕が誘ったんですから、この位甘えて下さい。ね。」

少し首をかしげて顔を覗きこまれて八戒にそんな事を言われて、

断れる人がいるだろうか?

女性ならば頷かずにはいられないだろうと思いながら、

はその切符に手を伸ばした。

「ありがとうございます。

でも 今日は私がお礼をするためにお付き合いするんですから、

少なくとも割り勘にして下さい。

帰りは私が出しますね。」

今日の目的を忘れないためにそう宣言すると、

困ったような笑みを浮かべて「分りました。」と頷いてくれた。




お天気が良いせいだろうか、電車は休日にもかかわらず混んでいた。

乗車してから終点の駅まではほんの数駅で着くからか、いつも混んではいるが

今日は乗りたくない気持ちになるほどだ。

それでも 2人は比較的空いていそうな車両を選んで乗り込んだ。

からはつり革につかまる事も出来ない。

線路の継ぎ目のたびに揺れる車内では心細いが、混んでいるので倒れないと言った感じだ。

長身の八戒は、それに比例して腕も長い。

彼は少し腕を伸ばして、つり革ではなく椅子や棚を支えている

ステンレスの支柱につかまっている。

こんな時はその長身がうらやましいとは八戒を見上げた。

下を向いていた八戒と視線が合う。

その薄い綺麗な唇が少しだけ持ち上がって弧を描いた。

それに応じても微笑む。




駅の通過に伴って線路が切り替わり、今までよりも大きく車両が揺れた。

何もつかまる所が無いは、必要以上に揺らされる。

何かにガシッと抱えられて、は安心する事が出来た。

「すみません、あのままじゃ危ないと思ったんです。

嫌じゃないですか?」

頭上から小さい声で八戒が尋ねた。

『嫌じゃないですか?』と尋ねられて(嫌です)なんていえるはずが無い。

例えそうでも・・・・。

だからは、「嫌じゃないです。」と答えた。

その問い方に確信犯的な意図が見える様な気がした。

体が緊張して、力が入る。

頭の上に水の入ったボールでも乗せているように直立して、

八戒に必要以上にもたれないように迷惑をかけないようにした。

それを知ってか知らずか八戒は、車両が揺れるたびに

を更に自分に密着させるように抱き寄せる。

腕を解いて欲しいなんて言えない状況。

結局、はそのまま終点まで八戒に抱えられたまま過ごした。




終点について人波がどっとホームに流れ出る。

八戒はその様子に抱えていたの身体を腕の中から解いた。

「さぁ行きましょう。」

そう促されては八戒の後に続いた。

ホームから出ると出口に向かうために階段を上らなければならない。

八戒のコンパスは長い。

彼には普通の歩幅なのだろうが、には2歩分に相当する。

階段でようやくその心配がなくなると思ったのに、

慌てるあまりに次の段に掛けたと思った足が滑って階段を踏み外してしまった。

体が前のめりに倒れる。

手を出して目の前の階段に手を着こうとしたが、

の手の平にはその衝撃は伝わってこなかった。

その代わりに 腰の辺りに腕が絡まり、身体を支えてもらっているのに気付く。

「大丈夫ですか?」

1度ならずも2度までもお世話になると、もうお礼の言葉も出てこないらしい。

まるで人事のようにそんな考えが頭の隅に浮かんだ。

ただ、耳が熱いのは自覚できる。

多分、頬も赤くなっているのだろう。

クスクスと頭上から楽しげな八戒の笑う声が聞こえる。

もう顔を上げてその顔を見る事が出来ない。

このままここから帰って自分の部屋のベットにもぐりこみたい・・・と、は思った。

「すいません、あまりにさんが可愛い反応なので、つい。

これ以上何かあるといけませんから。」と、そう言うと腰を抱いていた腕を放して、

その手での手を握った。





駅から出て信号を1つ渡ればそこからが歩行者天国になっている。

その信号に引っ掛かる形で2人は立ち止まった。

信号の向こう側のビルの壁面に、電光掲示板が時事のニュースからCMまで 

黄色い電光で表示している。

「僕の好きな作家が新刊出してますね。

今日の予定の中に書店を入れても構いませんか?」

ニュースの後に流れた最寄の書店のCMを読んで、八戒がそう尋ねた。

まだ 先ほどの恥しさから立ち直っていないは、頷いただけでそれに答えた。

階段が終わって改札を抜けた今、これと言って足元に不安はない。

それでも 八戒の手はの手を握って放さない。

隙を見て力が抜けたところでその拘束から抜けようとしてみたが、

その度にさりげなく握り直されてしまう。

「嫌ですか?」

歩き出そうとして、1歩を踏み出したところで八戒は不意にに尋ねた。

その唐突さに思わず恥しさも忘れて、立ち止まると顔を上げて八戒を見た。




「僕と手を繋ぐのは嫌ですか?」

少し悲しそうな表情で聞くのは、反則技だとは思った。

このハンサムな顔で、甘い声で そんな事を尋ねるなんて・・・・。

「いいえ。」

首を振るだけではいけないような気がして、今度は声に出して否定した。

「良かった。

出来れば何も理由が無くてもこうして手を繋げる間柄になりたいんですが、いいですか?」

今度は笑顔で尋ねる。

「えっ?」

質問の内容を飲み込みかねて、返事に戸惑う。

「まだ早いですかね。

じゃ、もう少し時間を掛けましょう。」

なんだか分らない内に一人納得した八戒は、にっこり笑って歩き出した。


もちろんの手は放さないままで・・・。








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26万打記念夢