NO.26 The World
お客様と店員。
それも結構親しくなったと思う。
挨拶のほかにも少ないけれど色々と話すようになった。
今日の天気にニュース、スポーツに芸能などなど。
他の親しいお客さんよりはその話題も会話数も断然多い。
だけど、僕にしてみたら全然物足りない。
もっと彼女と話をしたい。
もっと彼女の事を知りたい。
そして、もっともっと親しくなりたい。
そう願っている。
彼女の内側に触れたい。
そのためには何処かでお客と店員という関係から、
もう一段階親しい間柄にならなければ無理だろう。
だけど、1歩踏み出すのはとても勇気が必要だ。
成功すれば僕の望んだ関係になれる希望が生まれるが、
失敗すればやっとでつないだ彼女との細い繋がりが、
プチンと切れてしまうかもしれないのだから・・・。
その決定権を握っているのは彼女に他ならない。
プライベートな事は何一つ知らないから、ひょっとしたら彼氏が居るかもしれない。
浮かんだその考えに、「まだそうと決まった訳じゃないですよ。」と、
自分で喝を入れてしまう。
まったく・・・自分でも歯切れが悪いことこの上ないと思う。
此処が倉庫でよかった。
「八戒さんらしくないですね。」と、休校日にバイトに入ってくれていた
三蔵の恋人が後ろから声をかけてきた。
「何のことですか?」ととぼけてみたが、無駄に終わりそうだ。
「三蔵さんから聞いてますよ。
私でよければ何でも言って下さいね。
協力は惜しみません。」
ニコニコと可愛い笑顔でそう言われては断れない。
この人の優しい心遣いに抵抗できる男はいないと思う。
あの三蔵でさえ屈服しているのだから・・・・。
まあ 本人はきっと認めないだろうが。
「毎日のようにお昼を買いに来てくれるんですが、
何処にお勤めなのかが分りません。
顔を見て知っていたら教えてもらえませんか?
知っていたら名前とかも・・・・。」
我ながら図々しいとは思いつつ、頼んでみる。
「私で分る事なら。」と二つ返事で承諾してくれた。
そんな訳で今日はリーチインから彼女の様子を見守る事にした。
レジに並んだ彼女は三蔵の恋人となんだか親しげな様子だ。
顔見知りというよりも知り合いか何かという様に見えなくも無い。
「お願いして正解でしたか。」
嬉しい誤算にペットボトルを握る手が期待でわずかに震えた。
彼女が店から出て行ったのを確認して、リーチインから出て行くと、
レジでは僕をニコニコした顔で三蔵の恋人が待っていてくれた。
「八戒さん、彼女なら私でもお役に立てそうです。
実は、私が取っているゼミの教授のアシスタントをされている方なんですよ。
今年大学を卒業されたばかりの22歳。
もちろん独身。
彼氏については知らないので、ちょっと待っていてください。
チャンスがあれば聞いてみます。
それとも私が間に入って、紹介するという形を取った方がいいですか?」
嬉しい申し出と情報を聞いて、少し考える。
顔見知り程度ではあるが、自分で言葉を交わせる以上仲介を頼む事も無いと考えた。
それに、大事な恋人を僕の事で振り回したりしたら、
三蔵の機嫌が悪くなるのは必至だ。
出来ればそれは避けたい。
どうしても頼まなければならないときもあるだろうが、
今はその時では無いように思った。
「ありがとうございます。
ですが、出来れば自分で何とかしたいと思うんです。
いずれお力を貸して頂く時もあるかもしれませんが、
何とか自分でやってみます。
何処のお勤めで何歳か分っただけでもありがたかったです。」
身近に協力者を得られて嬉しくなった。
彼女の事で一喜一憂する毎日。
傍から見れば小さな事だろう。
でもそんな小さな事で世界がバラ色にも灰色にも変わるような気がする。
そんな状態を評して人は『恋をしている』と呼ぶのだと言うことを、思い出した。
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拍手頁用小説 「コンビニ小説 八戒編 5、6話」分