NO.23 パステルエナメル





息を呑んだままの身体に力を入れて「どうしたんだ、これ。」と、に尋ねた。

俺の言っているのが髪の毛のことだと分かっているはずなのに、

は何も言わないで横を向いている。

白いシーツの上に散らばる髪に長さが足りない。

俺へのあてつけに短くしたと言うのなら、会いに来るのにそれを誤魔化すように

団子に結わえてくるはずが無い。

だから、に何かあったのだと言うことくらいは想像できる。

短くなってもその美しさの変わらない髪の毛には、魅力がある。

1本1本に艶があり、濡れているようにさえ見える。

その引き込まれるような黒に、思わず手を伸ばした。

の身体がびくっと震えたのに気づいて、手を止めた。

「何もしねぇって、こわがんないでくれ・・・・な?」

俺が怒ってでもいると思っているのだろうか、にそう声をかけると

ようやく顔をこちらに向けてコクンと頷いて見せた。




「ん、ありがとナ。」出来るだけ優しい声になるように気をつけて、

そう礼の言葉を言うと短くなった髪に指をくぐらせた。

サラサラと指の間からこぼれ落ちる髪は、髪ではないように思える。

何かと尋ねられると、例えられないのだけれど。

何度か繰り返す内に、横を向いているが嗚咽を漏らし始めた。

「どこか痛いのか?」

そう尋ねた俺に、ただ黙って首を横に振る。

「ご・・・ごめんなさい。」

が俺に謝る必要があると言うことは、

髪を切ったのはやっぱり別れたいと言う意思表示なのだろうか?

髪から手を放して、覆いかぶさるようにしていたの身体からも離れた。

ベッドの端に腰をかけるように座ると、彼女には背中を向ける格好になる。

別れ話をするには顔を見ないこの体勢の方が楽だ。




ちゃんにはいい迷惑だったよな。

そんなに嫌ならはっきり言ってくれて良かったんだぜ。

何も髪まで切るこたぁねぇだろ?」

俺の見切り発車的な告白によって始まった付き合いだったのがいけなかったのだろうか。

今更しても仕方がない後悔が押し寄せる。

たまらなくなって頭をガシガシかいてみたってしょうがないのだが、

とにかくそうやってから大きく息を吐いた。

「仕方ねぇな。

縁が無かったってことか・・・・。」

とにかく、別れるのに彼女には負担をかけたくないと思って、

出来るだけ軽く言って立ち上がろうとした。

「違うの。」

背中からの声が聞こえて、来ていたTシャツのすそを引っ張られた。

その反動で、俺はストンと元の位置に座った。




「悟浄さんと会うのにね、少しでも綺麗になりたいって思って美容院に行ったの。

いつもの美容師さんがいなくて、初めての人にやってもらったら・・・・・

わざとじゃなかったんだよ。

その人も背中を押されて手元が狂っただけだったの。

本当に誰のせいでもないんだけど・・・。」

「で、ちゃんの髪は短くなったと・・・・・・。」

「うん、そう。

切られた長さは15センチくらいあったから、誤魔化せるとは思ってなかったけど。」

それ以上髪が短くなった説明はないようだった。

「そっか・・・・そりゃ、残念だったなぁ。

すげぇ綺麗な髪だったのになぁ。」

俺は言葉を捜して何か言おうとして口を開けてみたが、いい言葉は思いつかなかった。

しょうがなく胸のポケットからタバコを取り出すと、火を点けた。




「こ・・・・こんな髪じゃもう駄目だよね。

考えてみれば、私程度の髪の長さなら綺麗な髪の子なんていくらでもいるし、

あの長さだったから珍しかっただけでしょ?

もともと、髪以外に取り立ててとりえの無かった私だったから、

何で私なのかなぁ〜って思ってたんだよね。

悟浄さんみたいな人だったら、いくらでも綺麗な人とお付き合いできるもんね。

だから・・・・・あのっ、私帰ります。」

そう言いたい事だけを言い終わると、彼女は立ち上がってベッドを降りドアへと向かった。

「待った。」

横をすり抜けた細い手首に腕を伸ばして捕まえた。

「もぅさぁ〜、おかしいと思ってたんだよなぁ。

髪の毛をほどくのもさ、すげぇ嫌がるし。

触ろうとすると、もう犯されるみたいに怯えちゃうしさ。

いつもなら、『えぇ〜、髪ばっかり触らないで下さい。』とか、『またですかぁ〜。』って

可愛い声で嫌がる素振りは見せてもさ、結局許してくれんジャン?」

足の止まった彼女を引き寄せて、俺の両脚の間に後ろ向きに座らせて

華奢な肩を背中から抱きしめる。




「最初はあんまり俺が髪の毛ばっかり触ろうとしてしつこくすっから、

ちゃんも嫌になってマジに嫌われたのかと思ったんだけど、

違ってよかったわ。」

俺の言葉に腕の中の彼女が俯いてしまった。

「でも、私髪の毛が・・・・・・。」

「ん、まあ最初は本当に髪の毛がきっかけで声をかけたには違いねぇんだ。

ちゃんがそう考えるのも仕方がねぇんだけど。

本当に綺麗でさ、声を掛けずに入られなかったんだぜ。

それは否定しねぇよ。

でも、髪を大事に長くしたのはちゃん自身ジャン。

だからってわけじゃねぇけど、髪を含めたちゃんの全部も好みだなぁ〜ってさ、

思っちゃってるわけよ・・・・・この悟浄さんはさ。」

俺の言葉に彼女の頬や耳がほんのりと染まってきたのが分かって、俺は嬉しくなった。

「『やだ〜。』とか言いつつも髪触らしてくれたしさ。

その度に可愛いなぁ〜ってな。

まあ髪だからさ、また伸びるわけだし、そいつ、ハサミ持ってたんだろ?

髪だけですんでよかったジャン。怪我しなくってさ。

どれ、お兄さんが確かめてやるか。」

短くなった髪を横に除けると、ぜんぜん日に焼けていない細くて白いうなじが現れた。

少し俯いているのだから、ピンと肌が張っていて色っぽい。

思わずそこに唇を落とした。

彼女の身体全体がビクッと震えた。




「だいたい、ちゃんこそどうなのよ?

切られた髪を見せようとしないあたり、うぬぼれちゃってもいいかなぁ〜とは思うけどさ。

ちゃんから『悟浄さん、大好き。』って言葉とかさ、

一度も聞かせてもらってないんですけど・・・ねぇ。

このまま俺と付き合っちゃったりする気ある? ん?」

言葉では尋ねているけれど、逃がしはしないという感じでギュッと抱きしめた。

近くに来た耳にチュッとキスを贈る。

さっきよりも素肌が随分熱い気がする。

「本当に私でいいの?」

「『私で・・』じゃなくて、ちゃんがいいの。」

「私いつも悟浄さんって本当に私のことが好きなのかなって、思ってた。

私じゃなくて、『髪』だけが好きなんだろうなって・・・・・。

でも 私の方は、いつの間にか悟浄さんが好きになっていて、

だから悟浄さんも好きになってくれたらいいなぁって思ってたけど、

言ったら『それなら、もういらない。』って言われそうで怖くて聞けなかったの。

『うざい女は嫌いだ。』って言われそう・・・・で」

俯いたままで泣きそうな声で話す彼女が、すごい可愛い。




「ごめんな、最初に言えばよかったんだよな。」

彼女の足に手を伸ばして膝裏に入れると、もう一方の手で上半身を支えて抱え上げた。

「もう、何も心配しなくてもいいからな。

安心して俺のこと好きになって・・・・な。

俺も思いっきり行かしてもらうつーこって、OK?」

そっとベッドに横たわらせて最初の体勢に戻すと、上からのしかかってそう尋ねる。

もう、OKじゃなくても行く気満々。

その象牙色の肌に唇を落とし味わわずにはいられない。

それでもここで嫌がられたら立ち直れないかもだし、

ちゃんの同意は頂いておかないと・・・・と思う。

「もっと好きって言ってくれる?」

「ん、お望みとあらば。」

まずは、その可愛い唇に俺の気持ちを伝えよう。

髪に手をやって撫でながら近づくと、彼女が瞳を閉じて迎え入れてくれた。








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34万打記念夢