余韻嫋嫋  後編






つい 勢いで宿を出て来てしまった だったが、

この街には他に宿屋が無かったので、昨日ルート確認のために広げた地図を、

頭に思い浮かべると もと来た道に向かって、

歩き出した。そのほうが 河が近かったからだ。

河まで行けば、河仙に頼んで 宿と食は 何とかなると思ったからだった。

でも 前の河を渡ったのは、確か今日の 午前中だったはず。

ジープの一日の移動距離を、歩かなければならない。

結構な 距離になるだろう。どうせなら 朝にすればよかったな、

夜 1人で野宿するのもいやだし、落ち込んだ気分の時に

暗い夜というのは、否が応でも 気持ちが沈んでしまう。

一晩中歩いていた方が、危険は少ないと思った 

妖怪のほかに 人間にも襲われるかもだし、寝込みに

襲われれば 1人の時には、死を意味することになる。

起きていれば、逃げることも可能だ。

そう判断して 歩いていると、後方から 誰かが走ってくる。

どうしよう、隠れようかな? でも 足音は1人分だ。 

たとえ男であっても1人なら何とかなるかな・・・・・と、は思った。







走ってきた足音は、自分を確認すると止まって息を整えているらしい。

殺気や妖気は感じられないところをみると、襲われることはなさそうだ。

は 振り返らなかった。

自分は背中の後方にあるものから、逃げてしまったことを、意識していたからだった。

振り返れば戻りたくなる、なにより我慢していた涙が、あふれそうで 怖かった。

追いついてきた相手が誰なのか・・・・・気にはなっている。

悟空? 悟浄? 

それでも そのまま 歩みを進めて行く。






「おい、止まれ。」思ってもいなかった 人物の声がした。

ここにいる原因となったその人物が、まさか追って来てくれるとは思ってもいなかった。

振り返ると やっぱりというか、当然というか、不機嫌極まりない三蔵だった。

は 切なくなった、いくら この人の前世が 愛しい恋人だったとしても、

もう 金蝉とは違うということは、この1週間で 思い知らされたように思うし、

やっぱり 1人で、思い出を抱きしめていた方が、よかったかとも思う。

私が 金蝉とは違う三蔵に 好意を寄せ始めていることなど、この人は知らない。

私の 何がいけなかったのか さっぱり わからない。何もしていないはずだ。

それなのに 他の3人に比べて、冷たくて きついばかりの態度だった。

不機嫌さは 最高値を記録してそうだし、自分ばかりか 3人にも八つ当たりしていた。

「おい、止まれと言っている。聞こえているなら 返事をしろ!」

なんと 返事をしろというのだろう、は だんだん 怒りが湧き上がってきた。







「どう返事をしろというのですか? 

三蔵様に、これ以上のいわれの無い仕打ちを 受けるのは、

ごめんこうむります。私が 何かしましたか? 

何がそんなに気に入らないのですか?

こんなに 酷いことをされてまで、一緒にいたくありません!

もう 貴方なんか ごめんです!!」

振り向きざまに、湧き上がってきた怒りに任せて は、怒鳴っていた。

本当に 久しぶりに怒ってしまった。

こんなに 自分の感情が コントロール出来なかったのは、何時以来だろう。

は 三蔵に 背を向けると、歩き出した。

数歩 歩いたところで、後ろから肩を掴まれると振り向かせられそのまま抱き取られて、

動くことも出来ないくらい強く腕をまわされた。

三蔵のその突然の行動に、呆然としたは言葉も発することを忘れていた。





煙草のマルボロと硝煙と体臭と微かに香の混じった三蔵の香りが、を包んでいる。

三蔵は しばらく様子を見るように 動かない。

が 抵抗しないでいることに、安心したのか腕の力を緩めて息をついた三蔵は、

の耳元に唇を寄せると、「悪かった。だから俺のものになれ。」ささやくような声で、

それだけ言った。

ここにいない3人が聞いたら、三蔵が謝ったことにきっと驚くだろうが、それを知らない

にとっては、三蔵が悪いのだから当たり前のように聞いていた。

「三蔵様、どういうことですか?」自分のこめかみの辺りに、三蔵の頬が当たっているのを

感じながら、は尋ねた。

「俺を呼ぶ時は様はいらねぇ、下僕どもには触らせるな、に触るのは俺だけでいい。」

かなりはしょってはいるが、独占欲の強いこの人なりの告白らしいと、は気付いた。

天邪鬼で子供じみた愛情表現をする人なんだ。

悟空のそれとは違うが、ストレートさにおいてはいい勝負だ。








「三蔵・・・様、もう少し・・・・」

「三蔵だ。様は いい。」怒気のある声で、訂正される。

「はい、・・ 三蔵、・・・では もう少し 待ってください。

貴方のものになるには、好きになる時間を頂きたいんです。

お願いです。」そう言うと、

は ためらいがちに 三蔵の背中に 腕を回して、優しく抱擁した。

、俺を呼べ。」今度は 優しい声で、つぶやく。

「三蔵。」は 呼んだ、ささやくように、いとしそうに・・・・。

三蔵の耳の奥では、そのの声が 何時までも 繰り返す。

「もう一度。」確かめるように 促す。

「三蔵、ありがとう。迎えに来てくれて、三蔵の気持ちも、うれしい。」

三蔵は、その言葉にに回した腕に力を入れて、自分の気持ちを言葉以外に託す。

そして「もう一度。」と・・・・・。

「三蔵。」答えた も、背にまわした腕に力を入れた。 








その酷く たどたどしいが 優しい行為に、三蔵は 口角が緩むのを 覚えた。

「待ってもいいが、必ず 俺のものになれ。」耳元にもう一度言う。

腕の中のが、わずかに頷いたのが わかると、「帰るぞ。」と、抱擁を解いた。

もう 町に向かって 歩き出した三蔵を見て、も 歩き出した。

 




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(おまけ)大人な2人の会話




「おや、帰ってきたようですよ。」窓辺に置いた椅子に 座っていた 八戒が、

下の足音に気が付いて、中の悟浄に声をかけた。悟空は もう眠っている。

ひょいと覗いた悟浄は、「手ぇくらいつないでやりゃいいのにねぇ、

ま、お子様には 無理か。」

「そうですねぇ、そんなに すぐに くっついたんでは、

邪魔をする楽しみが短くなりますから、

ゆっくり進んでもらわないと・・・、僕もまだ降りたわけではないですし・・・。」(激笑み)

「うわっ、それマジ怖いぞおまえ! だけど俺も参加させてもらおうっと。

三蔵にばかり おいしい思いさせられねぇからな。

しかし、あの三蔵がねぇ、女には興味が無いのかと思ってたけど・・・・、

雑魚には無かっただけでいきなり初心者が、あんな大物に手ぇ出すかね。」

「初心者だから 大物が 釣れるんですよ。

悟浄、ビギナーズラックって知ってます?

それが あたった場合、その後はどちらかですがね。」

「どちらかって? どういうことだよ。」

「そうですねぇ、ビギナーズラックをやったものは、その後2つに別れるんですよ。

いきなりの大物に 病み付きになって、その最初の大物に価値を見出せずに

次の大物を狙って どんどん 深みにはまるタイプと、

それに満足して 2度と他には手を出さないタイプのどちらかです。

三蔵は、どちらだとおもいます?」

「さあねぇ、病み付きになってもらいてぇが の泣くのは、見たくねぇしな。」

「でも 泣いたところを 抱きしめるのも いいじゃないですか。」

「それ狙ってんの? ちょっと 屈折してねぇか、おまえの愛情表現。」

「どちらにしても僕は三蔵が、を幸せにしてくれれば文句は無いですよ。

ああ、上がってきましたね、 お茶でも入れてあげましょうかね。」



・・・・カチャ。


「「おかえり(なさい)。」」









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