余韻嫋嫋(よいんじょうじょう) 前編
『音楽、鐘の音などの音が響いて、長く残り続いているさま。
響き残るその音に 味わいや言葉にできない、趣があるなどの意。』
が 三蔵一行に加わってから、1週間もしただろうか。
前世の恋人達とその下僕3人は、順調に旅を進めていた。
観世音菩薩が言っていたように、には 神としての力と共に武術家としての
顔もあって、妖怪たちの襲撃にも心配する必要はまったく無く。
むしろ1人あたりの割り当てが減って、大歓迎の趣があった。
それなのに日増しに機嫌が下降線を続けている三蔵に、ジープの中は
まるでお通夜のような有様が、繰り広げられていた。
悟空は、それにたまりかねて 「なあ、どうしたんだよ〜、三蔵?」と、
ジープの後部座席左から、声をかけた。
「お坊様は、ご機嫌麗しいんだとさ、悟空そんなこともわかんないのか?
これだからお猿は困るんだよな〜。」後部座席右から、悟浄が茶化す。
「猿って言うなよー!いつも言ってるじゃんか!いい加減にしろよなー、
このかなづちエロ河童!」と、やり返していつものようにけんかが始まる。
騒いだといってもまだまだ序の口だった、それでも今日は三蔵の短銃が
火を噴いた。八戒とも驚いたのは言うまでも無い。
「あっぶねぇな〜、いくらなんでもそりゃ無いんじゃないの?」悟浄の言うのも
もっとものように思えた。予告発砲もなし、ハリセンもなし、怒鳴り声もなしでは、
いくら三蔵でも横暴である。
いつも 避けていて慣れているとはいえ、こんなに短気な三蔵も珍しい。
そんな三蔵に「三蔵様、お加減でも悪いのではありませんか?」と、
心配そうな声で、は後部座席真ん中から問いかける。
「心配ない。」ひと言だけ答えると、またこれでもかというほど機嫌悪そうに
腕組をして俯く三蔵。悟浄、悟空、は、顔を見合わせて首をかしげた。
そんな様子を運転席から見ていた八戒は、
(素直じゃないのは いつものことですが、 絡みですから
これ以上荒れないといいんですが・・・・・。)と、考えながら苦笑していた。
みんなには言っていないが、は皇女である。
これでもかと言う位の深窓のお嬢様というよりお姫様なので、
口数はそれほど多くは無い。
話す時は丁寧で、優しく、優雅に、敬語で話していたのだが、
悟浄と悟空はそれにどうしても
なじめないというので、自分達を呼び捨てにして欲しいと言い続け、
ようやく親しい間柄のように『悟浄、悟空』と
呼んでもらえるように、なっていた。
それでもそれはそれは優しく呼びかけるので、例え呼び捨てでも充分に満足していた。
八戒はそんなの様子に、自分もそうして呼んでくれるように言ったらしく、
悟空たちの次の日には、『八戒』と、敬称略で呼ばれていた。
もそんなみんなに自分も呼び捨てにして欲しいと言い、
三蔵を除く4人の間には親しげな感情が芽生え始めていた。
お昼も近いので、ジープを止め昼食を取ることにする。
八戒の指示に従って、悟空は水を汲みに、悟浄は薪を拾いに、
は 八戒の手伝いにと役割をこなしていた。
いつでも手伝わない三蔵だが、今日のあの機嫌では
もうほおって置くしかないと判断されて、声すらもかけられない状態だった。
木陰に入って、新聞をひろげている。
しかし目の前に広げた新聞は、自分を見られないようにする為の壁で、
三蔵の目は八戒と親しげに話し働きながら昼食の用意をしている、
を追っていた。
その優しい笑顔、鈴を鳴らすような声もだが、立ち居振る舞いは
舞を踊るかのように美しく、いつまでも見ていて飽きない。
悟空と悟浄が帰ってくると、さらに楽しげな会話や笑い声がいやと言うほど、
聞こえてきてどこからか湧き上がってくる苛立ちが、
どうしようもないほどになってきているのを、
三蔵自身が持て余しているといった状態なのであった。
(俺は何にこれほど苛立っているのだろうか?
そんな必要は無いはずだ。
あいつ等とが楽しそうなのを、見ているだけじゃねぇか、
・・・・・わからんな。)
それからしばらくして、今日の目的地の街に着いた。
宿を取ると、3人は買出しに出かけていった。
三蔵と2人にされるよりはと着いて行きたいだったが、
八戒に「三蔵のこと お願いしますね。」と、
ニッコリやられたので残ることにした。
そうも三蔵の機嫌が最低なのを感じてはいたのだが、
いつもまわりに誰かがいるので、ゆっくりと話すことが出来ないまま、
ここまでどうすることも無く来てしまった。
そのうちに三蔵の様子はどんどん悪くなるばかりで、
これ以上は旅にも支障が出てしまいそうになっているのは、確かだ。
それを八戒にお願いされたというわけだ。
三蔵というとやっぱり不機嫌そうに、煙草をふかしている。
は三蔵の側の窓を開けて白煙を逃がしてやりながら、話しかけた。
「三蔵様、本当にどこかお悪いのではありませんか? 今は2人だけです。
どうぞ遠慮なさらずに、お休みください。薬もございます、何かお出ししましょうか?」
「・・・・・・・・・・・。」
「お一人になりたいのでしたら、私は退席させていただきますが・・・・いかがですか。」
「・・・・・・・・・・・。」
「では、お茶でも差し上げましょうか。それとも コーヒーの方がいいですか?」
「・・・・・・・・・・・。」
「三蔵様。」
「・・・・・・・・・・・。」
「三蔵様。」
「・・・・・・・・・・・。」
「私には、もう返事すら返していただけないのでしょうか?・・・・・・・・・・・・そうですか。
それほど嫌われているとは、思いませんでした。これでは 同行出来かねますね。
皆様には、よろしくお伝えください。お世話になりました。失礼いたします。」
それだけ言うと、きびすを返して部屋を出たは、宿の自室から 荷物を持つと
街に入る前に 渡った河に向かって、宿を出た。
三蔵は、もう 自分がどうしたらいいか 判らなかった。
どうしたいのか何を言いたいのかも、自分の気持ちすらわからずに座っていた。
そこへ買い物に出た3人が帰って来た。
「「「ただいま〜(帰りました)。」」」
部屋には三蔵だけが、座っている。の姿が 見当たらないのを、悟空が尋ねた。
「三蔵、はどこにいるんだ? お菓子買ってきたから、一緒に食べようと思ってさ。」
頭に?マークを浮かべたような顔をして、三蔵を見る。
「・・・・・・・・・・・・。」
何も言わない三蔵を不審に思った八戒が、
「三蔵、どうしたんですか?に何かあったんですか?」
悟空に追い討ちをかけて尋ねた。
悟浄は、目を細めていぶかしげに見ている。
それでも三蔵は、何も答えようとはしない。
悟空は、部屋を飛び出すと、の部屋に行きノックもせずにドアを開けると、
部屋を見回し荷物の無いのに気がついた。
戻ってくると、「八戒、の荷物が無いんだ。
河の調査にでも出かけるって行ってたか?」
「いいえ、言ってないですよ。三蔵、どういうことですか?
黙秘権はありませんから、答えてください。」と、詰め寄った。
「出て行った。この旅から降りるそうだ。」
吸っていた煙草を、灰皿に押し付けて消しながら、
次のに火をつけて視線は外に向けたまま答える三蔵。
「はこの旅には、任務として同行しているはずです。
責任者である三蔵の拒否が無ければ、降りるはずはありません。
ということは、三蔵がに何か言ったんですか?」
八戒の顔から、笑みが消えていた。
悟空と悟浄は、ただ 黙って見ていた。
自分たちの聞きたい事は、八戒が これでもかというくらい
怖い顔をして、聞いているせいもあるのだが、
恐怖で何も言えないのが本当のところだった。
「何も言ってねぇ。勝手に出て行ったんだ、もういいだろう。」
投げやりな三蔵の態度に、ただでも怒っていた八戒が本当にマジギレした。
「三蔵、僕は貴方を見損ないましたよ。
いくら神様でも女の身でこの旅に付いて来るのは、
大変だし精神的にも周りが男ばかりで きつい筈です。
それでも は、僕達に優しかった。
荷物にならないように、足手まといにならないように、気遣ってました。
そんなに 貴方は酷い態度でした。
過去に2人の間に何があったのかは知りませんが、
男の僕でもあれはきついです。はどれほどに感じていたか・・・・。」
八戒はのことを思って、顔を曇らせると 部屋から出て行こうと、ドアに向かった。
「を捜しに行きます。ここへ来る前に渡った河に、向かうはずですから・・・。
三蔵が、突き放したんですから僕が口説いても構わないでしょう。」
「おい、待て・・・・・・。
八戒、おまえ・・・・惚れたのか? あいつは神で、おまえとは禁忌なんだぞ。」
三蔵が、珍しく常識的なことを言って、
八戒を 止めようとしたのには、3人とも驚いた。
「三蔵、僕はそんなことで好きな女性をあきらめたりしませんよ。
それに、・・・・
僕には そんな枷(かせ)は、どうってこと無いことですから・・・・・。」
そこにはいつも以上に笑顔の八戒がいて、彼の本気が表れている。
確かに双子の姉を愛し、復讐のために妖怪になった
八戒に、いまさらそんなことはどうでもいいことだろう。
「・・・・・・ちっ、俺が原因だというのなら、俺が行かなければダメだろう。」
三蔵は舌打ちをして吸殻を灰皿に押し付けると、立ち上がり出て行こうとした。
「でも三蔵、とは貴方も禁忌になるのではありませんか?人間と神ですから・・・。」
振り返った三蔵は、八戒を眼光で殺せそうなほど、睨んだ。
八戒はその視線をものともせずに、笑みの浮かんだ顔で見ている。
「俺もおまえと一緒で、そんなことであきらめたりしないんでな。」
そう言い置くと、を捜すために出て行く三蔵だった。
「やれやれ、やっと行きましたか。
どうやら 自分の気持ちに気が付いたみたいですね。
さあ、2人とも荷物の片付けを、お願いしますね。
はしばらくすれば帰ってきますよ。」
八戒は、いつも通りに仕事に向かうと呆然と立ったままの2人に、話しかけた。
「つまり、そういうことだったわけね。」悟浄が、八戒に確認する。
「ええ、そういうことだったんですよ。
多分、初めて持った感情に、戸惑ったんじゃないですか。」
大人の2人は、視線を合わせるとニヤリと 笑った。
「そういうわけって、どういうわけだよ〜?」
なんだか意味深に笑う2人に、食い下がる悟空だったが、
「悟空、が帰ってきた時に、仕事が終わってないと遊んでもらえませんよ!
手を動かしてくださいね!」と、突っ込まれるとあきらめてしまった。
三蔵のプライドのためにも、悟空には黙っておいてあげますよ。
しかし三蔵の初めての春は、いい春になるといいですね〜、
お相手もこれ以上は望めないほどいい方ですし、うらやましい限りです。
時々は 邪魔をしても構わないでしょうか? ねえ 三蔵。
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