鳥の子 2






宿から数分歩いた場所に、空き地があると宿の主人に聞いた一行はそこへと向かった。

空き地と言うよりは既に街の外と言う場所だった。

悟浄と悟空は、宿からずっとどちらがの相手をするかでもめていた。

いつもならどちらが相手をするかでもめるのだろうが、珍しく2人とも辞退したいらしい。

そんな所まで気が合わなくてもいいのに・・・と、

八戒は後方の言い争いを耳にしながら歩く。

肩先に乗せた白竜のジープが、喉をなでられて同意を示すように「キュ〜」と鳴いた。

三蔵は、まだ連れて行くとも行かないとも口にはしていないが、

ある程度の事が出来るようだったら 命令に沿って同行させるつもりだろう。

だが、男ばかりの時には気にならない事も、そこに異性が入った途端に

気にしなければならない事が出てくる。

中々厄介な同行者になるだろうと、八戒は思った。




三蔵は寺育ちだから当然だが、彼に拾われた悟空も女性と暮らした経験がない。

悟浄は自分と同居する前の事は知らないが、継母との過去の経緯から言って

普通の家庭と言うものを知らないように思える。

女性ともその場限りの場当たり的な付き合いはあるだろうが、

共に生活をしたことはないように感じていた。

だとすれば、女性と暮らした事があるといえるのは自分だけだ。

あの3人との間に入ってフォローに回らなければならない役が当たってくるだろう。

それが嫌と言う訳ではない。

自分はこの旅の一行で自らを保父だと名乗っているほどなのだから、

今更 園児が1人増えたところで気にはしない。

どの道、1人でも旅をすると言うのなら 命令も下っているのだし一緒にと思う。

ただ、本人にも話した事だが、女性にはきつい旅だ。

自分たちと一緒だと言う事で余計な事に巻き込まれる可能性は高い。

それだけの事だ。

本人が着いて来ると言うのなら止めはしない。

多分三蔵も同様の考えだろうと八戒は思っていた。




前を歩いていた三蔵が振り返りざまに、「で、どっちが相手をするんだ?」と

八戒を通り越してその後方の2人に声をかけた。

何とか決着がついたらしく悟空が渋々といった様子で片手を上げた。

「悟空さん、どうぞよろしくお願いします。」

が硬い表情で右手を差し出すと、悟空も上げていた手を下ろして2人は軽く握手した。

三蔵から少し離れたところで2人は対峙して立つ。

悟空が右の手の平に如意棒を召喚して、すっと構えた。

それを見ても剣柄に手を添えすらりと剣を抜き放つと、正面に構えた。




4人の中では一番年下だが、その腕力と俊敏性そしてその戦闘センスは

他の3人の追随を許さないほどに悟空は強い。

多分、誰も悟空には敵わないだろう。

それは砂漠で紅孩児相手に禁錮を外した時に彼と戦った悟浄と八戒はよく知っている。

あの時、三蔵が気迫で悟空を止めなければ、今頃ここにこうしてなど居ないだろう。

どれだけその悟空の強さに助けられているか分らない。

強さを見せ付けられる度に、こちら側の味方で良かったと何度も思った。

その悟空が構えたまま動かない。

2人は静かにお互いを見ている。

決して楽をするために見つめあったまま動かない訳ではない。

相手の隙を突くのに手間取っているのだ。

こういう場合、そのこう着状態に焦れた方が先に仕掛ける。

性格的なものも多分にあるだろうが、先に動いたのはやはり悟空だった。

如意棒の先に着いている金色の球体が日の光を反射してキラリと光ったと思うと、

悟空は高く跳躍をして正面からに打ち込んだ。




何にでも真っ直ぐで恐れを知らない悟空のそれは、

相手が女性だとか自分より弱いかもしれないなどとは考えている様子もなく、

力一杯に振り下ろされた。

相手をすると自ら言ったのだから、少しは出来るだろうとは思って見ていた八戒だったが、

その無遠慮な悟空の棒さばきにの方が心配になった。

剣さばきや腕の問題ではなく、女性相手に力いっぱい打ち込まなくても・・・・と、

あまりの融通の無さに相手は悟浄にさせるべきだったんじゃないかという後悔が襲った。

「あ〜ぁ。」と悟浄がうめいて片手で目を覆う。

きっと悟浄も同じ気持ちなのだろう。

カキィン。

硬質なものの打ち合った音がしたと思ったら、

悟空は着地と同時に如意棒を横殴りに払う。

は最初の一撃を剣で交わした後、その後の攻撃を予測していたのか

跳躍して如意棒を体の下を通過させていた。

そのまま 剣を悟空の頭上に振り下ろす。

悟空はそれを額から30cmほど離れたところで如意棒で受け止めた。

力と力でそれぞれが押し合う。

2人の身長はそれ程の差がない、お互いが体重を得物に預けている。




だが、この状態だとの方が不利になる。

どれほど剣の腕に優れていてもそこは女性の力だ、強いといっても限界がある。

まして 悟空はその見かけによらず怪力の持ち主だ。

剣から伝わる力でそれを悟ったのか、が剣を軸にして跳躍に移ると側転で

悟空の肩越しに後にひらりと飛び移った。

その姿は悟空の跳躍とは違って、3人の目には軽やかな蝶の羽ばたきのように映った。

不意に目の前からいなくなったに驚いて悟空が、

力の行き場をなくして前方にややつんのめった。

すかさず体勢を立て直して後ろを振り返る。

だがその悟空の喉元には彼女の剣が切っ先を向けて止まっていた。

「動かないで下さい。」

が静かに悟空の動きを止めた。

言われるまでもなく悟空は動けないままで、視線だけを三蔵に向けた。




その視線を受けて三蔵はこめかみに手を当てると、大きく息を吐き出した。

「もういい。

とか言ったな、出発は明日の朝だ。」

それだけを告げると三蔵は踵を返して宿への道を取った。

は、悟空の喉元に当てていた剣を外して鞘へと収めると、

三蔵の後姿に向かって礼をした。

それから悟空に向かうと「何処かお怪我はありませんか?」と尋ねた。

悟空は一拍後にの両手を握ると「すっげぇ〜!」と嬉しそうに叫んだ。

そのあまりの大声に、が固まっていると握った両手をブンブンと上下に振る。

さ すげぇよ。

強いなぁ〜、本当に強いんだ。

今のどうやったのか教えて欲しぃんだ。いいだろ、な?」

その否と言う返事を受け付けようとしない態度に、気おされる様には首を縦に振った。

「サンキュ、

これから時間があれば、俺にの剣を教えてくれよな。約束だかんな!」

脇で聞いている八戒と悟浄が困ったような笑顔で、お互いの顔を見る。




悟浄は八戒に肩をすくめて見せた。

それを受けた八戒もいつになく素で笑った。

悟空の言葉と態度には裏がない、その心の欲するままの行動は時に子供っぽい。

「悟空、さんが驚いているんじゃ在りませんか?

急に色々言ってはだめですよ。

まず旅に慣れてもらうのが先決ですから、それを忘れないで下さい。」

強さにこだわる悟空が、旅慣れないに無理をさせないかと気遣う。

「あっそうか・・・・ごめんな。」

その性格ゆえに真っ直ぐな瞳でを見ると、ヘヘッと笑ってすぐに謝った。

「いいえ、私もどうせ鍛錬は欠かさず致しますから、お相手下さると嬉しいです。」

決して不快などではなかったのだが、驚いて反応が遅れただけのようだ。

が承諾の言葉を悟空に伝えると、彼は嬉しそうに笑った。




「じゃ帰りましょうか。

何時までも帰らないと三蔵のハリセンをみんなで貰う羽目になりかねませんよ。」

既に背中を向けている悟浄の後を追うように八戒がと悟空に声をかけた。

「じゃ行こうぜ。」と悟空が歩き出して、それにも続く。

宿までの道でも悟空はに向かって質問攻めにした。

その様子を背中で聞きながら、八戒は悟浄に話しかけた。

「それほど腕が立つというようには見えないのに、

あの悟空が敵わないなんて・・・・どう思います?」

「どおって?」

八戒の質問の意図を図りかねた悟浄が、問い返す。

「ただの剣士って訳じゃなさそうだなと・・・・僕は見ているんですが。」

ポケットに両手を突っ込んだまま空を見上げて暫く考えているようだった悟浄が、

くわえた煙草を指の間にはさんで口から放した。

「まあ女の子だったから油断したっつ〜ところじゃねぇの?

お稽古するらしいじゃん。

その辺見てからでもいいんじゃねぇ?

何より三蔵がいいって言ってるんだから、まあ 一緒に行くのは決定だな。」

いつもの楽天振りを披露すると、悟浄は指の煙草をくわえ直す。




「そうですね。」

後の2人を振り返ってちゃんと着いてきているのを確かめると、

八戒もその意見に同調した。