百塩茶(ももしおちゃ)1
翌朝。
よく晴れた蒼空の下、宿の表には白竜から車へと姿を変えたジープが停められていた。
悟浄と八戒は毎度の事なので既に荷物をリアシートの更に後方へと積んでいた。
八戒はうまく荷をまとめての荷物を詰めるだけのスペースを空けておいた。
昨日は夕食が済んでから、と2人して必要最低限の買い物をしてきたので、
彼女の荷物がどの程度か把握している。
それこそ 一泊旅行くらいの荷物だ。
女性が荷物を持って2本の剣を帯刀して徒歩の旅を
続けてきたのだから、少ないのも頷ける。
下着以外は悟空の荷物と変わらない。
女性だと匂わせるような紅や香りの小物さえないのには少なからず驚いた。
が今までどれだけ身の危険を考えながら旅をしてきたのかがうかがい知れる。
男でも危険なのを女の身で行おうとするのだから、当然なのかもしれないが
それでもの年齢が20歳と聞いてしまうと、痛々しいと八戒は思った。
あくまでも命令で連れて行くことにした三蔵は、
にそれほどの興味は抱いてはいないように見える。
昨日の悟空との立ち会いで、足手纏いにならないと分ったから
それで良いのかもしれない。
もし、自分が三蔵の立場だったらどうだろう・・・八戒はふと考えてみた。
確かに、の存在はこの旅にお荷物だと言われても仕方がないと思う。
歓迎できるような事ではない。
それでも いくら三蔵が自分や悟浄を連れていることも命令だからと
公言してはばからないような人だとしても、彼女にまったくの
興味が沸かないなんてことはないだろう。
以前に悟浄が冗談で女に興味が無いのか、それとも男の方がいいのかと
からかいついでのようにして口にした事があったが、
あの時の返事は昇霊銃の弾だったような気がする。
少なくとも男の方が良いわけではないらしい。
なぜならその可能性が最も高いはずの悟空には、その欠片ほどの態度も見られない。
三蔵ならともかく、あの悟空が自分と悟浄を相手に
三蔵とのことを隠しとおせるはずが無い。
これだけ一緒に旅していて、自分がそれに気づかないなんてことは有り得ない。
だとすれば、今までの生活環境のせいだとしか考えられない。
生まれてすぐに川に流されて、師父として慕う光明三蔵に拾われてから、
三蔵は寺でだけ育ってきた。
自分のように男女混合の孤児院でもなければ、悟浄のように稼ぐ場所が
女性と密接な場所というのでもない。
「苦手」とか「嫌い」以前に、「無知」だということなのだと八戒は気づいた。
どうしていいのか分からない・・・・それが本当の所だろう。
自分の導き出した答えに、八戒は満足げに頷いた。
「此処は、みんな仲良くなってもらわないと、ですね。
保父の腕の見せどころでしょう。
ねっ、ジープ。」
そう言って、4輪駆動車のボンネットを撫でてやると、「キュ〜ゥ。」と答えが返った。
悟空、、悟浄、三蔵の順番で宿から出てくると、三蔵はさっさと自分の定位置である
ナビシートに乗り込んだ。
「悟空と悟浄はさんを真ん中にして後に座ってください。
横から何か飛んできても、妖怪が襲ってきても盾があれば安心ですから。
それから、今までのような派手な喧嘩はしないで下さいよ。
三蔵が銃を乱射して、さんに当たったりすると大変ですからね。」
綺麗に笑って2人に言えば、黙って大きく頷いて返した。
「ひっでぇ〜言い様。」
悟浄は、小さくブツブツ言っているがそれは完全に無視。
普通に言ったんじゃこの2人のこと、すぐに喧嘩や食べ物の取り合いを
始めるに違いない。
此処は有無を言わさず、頷かせるように仕向けた。
全員が無事にジープへ乗り込むと、ギアを入れてサイドブレーキを解除し
クラッチを放しつつアクセルを踏み込んでギアを合わせる。
いつもの事だからジープは苦も無く発進した。
バックミラーの真ん中辺りに、の顔が半分くらい映りこんでいる。
鉄の車に乗るのは初めてなのか、少し不安げな表情をしている。
「さん、心配ないですよ。」
そう鏡越しに声をかければ「はい、ありがとうございます。」と、
少し顔を上げた彼女と目が合った。
旅に同行することになって第1日目だ。
緊張するなと言う方が無理な話だろう。
いつもなら気安く女の子に声をかけるはずの悟浄と何事にも興味津々で向かう
悟空もなぜか大人しい。
出発前の脅しが効きすぎたのだろうかと、それはそれで心配になる。
まったく、保父は苦労が耐えない。
それでも静かだから、三蔵の機嫌は悪くないはずだ。
ジープに乗ってすぐに銃の標的になるよりはいいかもしれない。
それに、悟浄と悟空のしおらしい状態などすぐに終わりを迎えるだろう。
少しだけこの静かな車内を楽しんでおこうか・・・・。
八戒は気楽にそう考えた。
事実、悟空は隣に座るが気になって仕方がないと言う様子を、
隠せなくなって来ているようだ。
放っておいてもじきに話しかけるだろう。
そうすれば嫌でも悟浄がその話に割り込むことは目に見えている。
との会話を取り合って、2人が喧嘩をするのは時間の問題だ。
三蔵の長くもない堪忍袋の緒が切れるのが早いか、
が2人を抑えるのが早いか・・・、どちらだろう?
吠登城からの刺客が来なければ、西への旅は退屈なものに変わる。
少しくらいは、イベントがあったほうが楽しいに決まっているし仲良くなるのも早い。
一人加わったことで、何が変わり起こるのかわからないが、
それも悪くないと八戒は思った。
「なあ、昨日やったとき思ったんだけどさ。
俺ちっとも手加減なんてしてなかったはずなんだ。
それには女だろ。
それなのに、どうして俺に勝てたんだ?」
思った通りに悟空はすぐにに話しかけた。
強い相手に勝てないのは悟空なりに納得がいくのだろうが相手はだ。
昨日立ち合いで負けたことに誤算があったのだろう。
珍しくしおらしい声だと思った。
この一行では多分悟空が一番強いだろう。
口にこそ出さないがそれは三蔵も悟浄もそう思っているはずだ。
だからこそ 悟空に立ち合わせたのだから。
「おっ、小猿は負けず嫌いだからなぁ。
やっぱ、気にしてんだ?
女の子に負けるって猿でも気にするわなぁ。」
くわえたタバコをくゆらしながら、悟浄は楽しそうにからかう。
ここからはいつものパターンですね・・・と、小さく息を吐き出す。
「違うって、俺は俺より強い奴のことはちゃんと認められるさ。
俺が一番なんて思っちゃいねぇよ。
でもがさ、どうしてそこまで強ぇのか知りてぇジャン。
紅孩児は妖怪だし強いのは分かるけど、は人間で女なんだぞ。
悟浄だってそう思うだろ?」
いつものようにただ怒るだけとは違って、
悔しい思いを内に抱えているように話す悟空。
それを相手がだという事で、必死に抑えて彼女に尋ねたのだ。
だから、悟浄の言葉に反応はするけれども、
食って掛かって自滅するようなことはしない。
その悟空らしからぬ反応に悟浄が少し引いた。
「ん? まぁな。
だけど、お前それちゃんに聞いてどうすんの?」
珍しく会話が成立していることに、ちょっと面白いと思った。
ナビシートで目を閉じ腕を組んでいる三蔵も眠ってはいないのだ。
多分、ちゃんと聞いているだろう。
「だって、俺、もっと強くなりてぇもん。
に負けるって事は、紅孩児や強い奴になんか勝てねぇだろ?
このまま止まりたくなんかねぇよ。
だから、だからさ・・・・」
「本当は悟空さんのほうが強いですよ。」
悟空の言葉をさえぎって、ポツリとが言葉を発した。
「だったら、だったらなんで負けたんだよ。」
前に向けていた身体を、の方へと向き直して悟空は質問をぶつけた。
決して怒っているわけじゃないが、興奮している様子の悟空。
でも 悟空をこんな気持ちにさせたのほうは、いやに落ち着いている。
今日から一緒に旅に同行することになったばかりで、
仲も良くないしお互いにうまく逸らす術も分からない。
こういう時は、意外と派手な喧嘩をするものだ。
怪しいその車内の雲行きに、ジープを停めた。
一番彼女と早く仲が良くなるだろうと思ったのは、
普段から物怖じしない態度でいる悟空だと思っていた。
それなのに予想外に、一番先にやりあうとは・・・・。
三蔵はまず止めないだろうし、悟浄は様子を見るような態度だ。
だったら、何かあれば止めるのは自分しかいないのではないだろうか?
八戒はそう思った。

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