鳥の子 1






2人を見送った悟浄と悟空はあっけに取られて立ち尽くしていた。

何だかよく分からない内に、自分が悪者にされていたことに悟浄は遅まきながら気付く。

「あぁ? ひょっとして今の俺が悪いって事になってねぇか?」

その声に悟空も意識を戻して 「ん?やっぱそうじゃねぇの。 

悟浄は女を泣かせるのが得意って いつも言ってるけど、本当に見たのは初めてかも・・・・。

すげぇなぁ〜。」と珍しく感心している態だ。

悟空にしてみれば、素直に感心してのことだろうが 悟浄には嫌味にしか聞こえない。

「なくっつ〜っても字が違うんだよ、字が!」

悟浄は腹立ち紛れに、悟空の髪の毛をガシガシと混ぜた。

相手が悟空だけに裏の無い言葉だろうと理解するものの、その内容には苦い顔になる。

「なんだ、いつも見てぇに威張ンねぇの?」いささか拍子抜けたように、悟空は悟浄を見た。

「俺マジで、なんもしてねぇって。

ちゃんが泣いたのって、やっぱこれだよなぁ?」

悟浄は指先に自分の紅い髪を一房つまみ上げて、しげしげと眺めた。

そんな2人の会話を聞いてはいても三蔵は新聞の影から、顔を覗かせることはなかった。





一方、隣室へと八戒に連れてこられたは、ようやく落ち着きを取り戻していた。

香りの良い緑茶の入った器をテーブルの上に置いて、

の向かい側の椅子に腰をかけると、

八戒は「大丈夫ですか?」と 優しげに尋ねた。

その問いかけに、頬を濡らしていた涙を拭いて

「ありがとうございます、もう大丈夫です。」と、返事を返した。

その返事に納得がいかないもののとりあえずは良しとした八戒は、

「そうですか、お茶でも飲んで落ち着いて下さい。

飲みながらで良いので、僕の話を聞いてくださいますか?」と、言葉を続けた。

が茶器に手を伸ばしながら、頷いたのを確認して明日からの事について話し始めた。




「僕達は、長安は斜陽殿の命を受けて西へと旅をしています。

この町に着く前に、命令が追加されまして貴女をこの旅に加えるようにと言われました。

さんが、どんな目的を持って旅をしているのかは知りませんが、

僕たちにとっては命が下った以上 それに従い実行しなければなりません。

貴女のお考えがどうであれ、明日からはジープに同乗してもらう事になります。」

八戒は、をこの旅に加えることになった経緯をかいつまんで話した。

彼女が突然泣き出した訳も気にはなるが、無理に聞き出そうとは思わなかった。

自分たち4人はそれぞれが触れられたくない傷を持っており、

もそうなのだろうと察する事は出来る。

これからどうするかもわからない状態で、その傷に触れるのは

八戒自身が戸惑いを覚えた。

「西に行って何をするんですか?」

茶器を手にしたまま、は問うた。

さんもここまでの道程で既にご存知でしょうが、

今 この桃源郷には異変が起きています。

それは、妖怪の凶暴化と人間への襲撃です。

僕達は、西には天竺にある、吠登城へと行き、その原因だろうと言われる

牛魔王蘇生実験の阻止を旅の目的としています。

ですから、この旅に加わることはとても危険を伴います。」

八戒は、そこまでの話をに整理させるべく 自分も茶器に手を伸ばした。




「私が・・・・私が旅に加えられる事についての説明はありましたか?」

八戒の話を聞いてはそう質問した。

「いいえ、何もありませんでした。

僕が言うべき事ではありませんが、さんが無理だと思われるのなら旅への同行は

三蔵に言ってやめたほうが良いと思います。

命のやり取りと血に濡れる覚悟が必要になりますから、女性には厳しいと思います。」

言うべき事ではない・・・そう 自分がとやかく言うことではないけれど

言わずにはいられなかった。

八戒は彼女に旅から降りて欲しいと思っていた。

見た所、彼女は妖怪でもなく半妖でもない。

普通の人間なら自分のように妖怪になる可能性もある。

三蔵もその可能性があるが、彼の得物は昇霊銃だ。その心配はあまりない。

三蔵が聞いたらおせっかいな事だと言うに決まっている。

だが八戒の見た所の得物は剣の様だ、接近戦で妖怪と戦うのなら

返り血を浴びる可能性は高い。




八戒はがどう返事をするのかと、顔を窺った。

何かを考えているらしい表情をしている。

当たり前だ・・・と八戒は思った。

見ず知らずの男ばかり4人の同行者の旅の仲間に入れと言われただけでなく、

その旅が命の危険も伴うと言われて『はい、そうですか。』と

簡単に言う方がどうかしている。

命令だから連れて行くと言われては、不安に思わない訳が無い。

ゆっくりと考える時間が必要だろう。

そう思って、暫くは黙っていた。

「八戒さん、でしたっけ?

それで、私が望めば同行させて下さるのでしょうか?」と、が声をかけた。

「ええ、僕たちに拒否権はありません。命令なんです。

もし、それを上に言えるとしたら隣の部屋にいる三蔵だけだと思います。

彼がこの旅の責任者なんですよ、彼は三蔵法師様ですからね。

僕たち3人は・・・そうですね・・・・彼に言わせると『下僕』だそうですから・・・。

まあ関係はおいおい分って頂けると思います。

でも、ちょっとあんまりだと思いませんか?」

微笑んでそう言った八戒につられて、も幾分笑顔になった。

「では、私も下僕の仲間入りをすると言うことになるんですか?」

「えぇ、一緒に行くことになるのなら、そういう事になります。」

「分りました。」

そう言っては椅子から立ち上がって、ドアへと向かった。

その後を八戒も続いて出ると、隣室へと向かう。

彼女の決めた事ならと、八戒はそれ以上何かを言うのを止めにした。




悟浄も悟空も八戒との様子が気になるのか、珍しく部屋は静かだった。

その職歴からかああいう面倒な説明や話し合いは、八戒の方がうまくそつなくこなす。

任せておいた方が得策だと三蔵は思っていた。

斜陽殿の命令だ、天帝使として使役されている自分には拒否権は無い。

だとすれば、ジープに同行させないわけには行かない。

だが、本人がそれを拒めば連れて行かなくてもいいだろう。

八戒は女など足手まといにしかならない迷惑な存在だと、充分に認識しているだろうから

その辺りはこの命令を辞退するように言ってくれるはずだ。

三蔵はそう考えていた。

ドアが開いて、隣室へと行っていた八戒とが戻ってきた。

は戻ってくると先ほどの非礼を悟浄に詫びている。

悟浄は女に弱いというか甘い男だからあっさりと許しているが、自分は違う。

女のあの急にコロコロと変わる気分的な感情には、閉口する。

この旅に女の存在など邪魔なだけだ。

三蔵は八戒とともに自分の前に来たをちらりと見て確認すると、

広げていた新聞をガサガサと音を立ててたたみ腕組みをした。




は三蔵と目が合うと頭を下げた。

「法師様、先ほどはお見苦しい所をお見せして申し訳ありませんでした。

私はと申します。

身元引受人となっていただいて、牢から出して下さった事にお礼申し上げます。」

三蔵はそう言ったをちらりと見てから、視線を八戒に移した。

「で、説明はしたのか?」

三蔵の問に八戒は頷くと、「えぇ、旅に同行しなければならなくなった経緯と

危険性については説明をさせてもらいました。」

には自分の表情が見えないことを承知で、八戒は困ったような笑みを浮かべて

三蔵を思わせぶりな目で見ている。

あまり此方に都合のいい反応はなかったということか・・・と、三蔵は判断した。

とか言ったな、それでお前はどうしたい。」

本音は同行など真っ平だと思っていはいても、

そこは使役される身のこと命令に背く訳には行かない。

出来るなら本人が辞退してくれるのが、望ましい所だ。


「出来ましたら、皆さんの旅に同行させて頂きたいと思います。」


は三蔵に向かってはっきりと申し出た。

ここまで1人で旅をして来たことを考えれば、

幾らかは剣も扱え身を守れるということだろう。

しかし、それはあくまで一般的な旅人としての旅の上だ。

吠登城の刺客の妖怪に狙われている訳でもなければ、罠を張られているわけでもない。

だが、自分たちと同行するという事は 火中に飛び込むことに等しい行為だ。

生半可な気持ちや腕で着いて来られてもいい迷惑にしかならない。

「足手まといは必要ないんでな、悪いが試させてもらう。」

三蔵の言葉に、はさも当然と言った顔をした。



「はい、もちろんです。

八戒さんにお聞きしましたので、連れて行っていただくにはそれなりの事が出来、

覚悟が必要だということは承知しています。

で、何で試されるのでしょうか?

生憎、私は剣しか扱えないので、これでお相手させて頂きたいのです。」

はそう言って腰に携えている海鏡刀に手をやった。

「それなら、悟浄か悟空になりますね。

三蔵と僕の得物では、お相手するには相応しく無いでしょう。」

八戒がそう言って悟浄と悟空の方を見る。

部屋の隅で事の成り行きを見ていた2人は、互いに顔を見合わせた。