神女来訊  3








三蔵は、初めてその女を正面から見て 息を呑んだ。

美しい! それ以外の表現ができない。

背丈は 悟空くらいだが、そのしなやかそうな体つきは あくまで細く、

しかし、妖艶さを備えて色香を放っている。

髪は艶を含んで黒く、肌はきめ細かく陶器のように白い。

伏し目がちな瞳は 長い睫毛に縁取られ、黒曜石の眼は艶と光をたたえている。

今は結ばれているその唇は、桜色で程よい厚みと色を持ち、

思わず口付けてみたくなるほどに、自分を誘っているように見える。

観世音のとは違い、衣服は 水色で現在のベトナムのアオザイのような

チャイナ服のようで、少し違う動きやすさを 重視したものを 上に着、

下は 幅広のパンツを はいている。





他の3人の男達も 自分と同じように感じているらしい。

あの 女と見れば声をかけずにはいない 悟浄でさえも、何も言えずに呆然と

突っ立って見ているだけなのだ。

(奴のあんな間抜けなところ、はじめて見たぞ)そう三蔵は思った。

常に笑顔を忘れない、それが例え戦闘時でさえも・・・、 

そんな八戒が 笑顔を忘れている。

(笑わないときもあるのか)と 三蔵は 思っていた。

その 部屋の空気を打ち破るように、

「あんた、すげー綺麗なんだな!俺あんたに前にも会ったことがあると思うんだ。

いつかは わかんないんだけど、すごく懐かしい感じだ。

俺 悟空、孫 悟空って言うんだ。よろしくな。」

無理やり握手をして、ぶんぶんと手を振ってうれしそうな悟空。




「はい、お久しぶりですね、悟空。覚えていないのも 無理ないですよ。

貴方は まだ 小さかったし、記憶を封じられているでしょ。

私は 覚えているから・・・よろしくお願いいたします。」

女が 初めて 声を出し、微笑んで悟空に答えた。

その声に聞き覚えがあった。

三蔵は、今までとは違う驚きの眼差しで 女を見た。

「お姉さん、美人だね〜。

今夜一緒に お酒でも付き合わない? 俺 沙 悟浄、悟浄でいいから・・・」

「悟浄! 初対面のお嬢さんに失礼ですよ! 後で教育的指導が、必要ですね。

驚いたでしょう、すいませんね。 僕は 猪 八戒です。

八戒と呼んでくださいね。しかし、本当にお綺麗いな方ですね。」(ニッコリ)

「悟浄さんに、八戒さんですね。よろしくお願いします。」

三蔵以外のつわもの3人が、自己紹介を終えると、その女は 三蔵に向かって

歩き、前まで来ると片膝を立てて 膝まづき 頭を軽く下げて挨拶をした。




「北方天帝使 玄奘三蔵 法師様で いらしゃいますね。

私、河仙玉女 揚子江神女 と申します。

このたび 天竺までの河川と水源の調査のために、

お供させていただくことになりました。

ご迷惑とは存じますが、よろしくお願いいたします。」

は、自分の身分と名前 旅の目的を三蔵に告げた。

外見とは違った 堅苦しい物言いに、三蔵は苛立った。

「・・・・・っち、勝手にしろ!ダメだといっても クソババアの命令なんだ。

しょうがねえ。だが、俺が置いていくと判断したら、この旅から 降りてもらうからな。」

三蔵はそれだけ言うと、煙草に火をつけて 横を向いて黙ってしまった。




立ち上がる許しをもらえないために、は 立つことが出来ない。

美人さんを 膝まつかせたままにして置けませんね、そう考えると

さんとおっしゃるんですか、素敵な名前ですよね。

確か 竜の宝玉の名前にそんなのがありましたが、どなたの命名なんですか?」

八戒らしい柔らかな物腰で、を 気遣って話しかけた。

さりげなく横に立つと、手を差し出してを立たせてくれている。

も その好意に甘え、手をとると立ち上がり答える。

「はい、お褒めいただきありがとうございます。私の大切な方が、付けてくれたんです。

正式名ではありませんが、皆さんも とお呼びください。」

微笑む は幸せそうだ。





それを見た三蔵は、自分が許さないために が立ち上がれなかったことに気づくと、

手を取ったままの八戒を、にらみつけた。

「じゃあさ、そのなんとか神女って言うのが、本当の名前なのか?」

子供のような純粋さで、悟空はにたずねる。 

悟空の方に向き直ると、「ええ、そうです。観世音と同じと思ってください。

名前といっても 役職名のようなものですけどね。三蔵様も同じでしょう。

でも がお嫌でしたら、揚神女でも 長神女でもいいですよ。」

悟空に向かい分かりやすく説明している しかし、手はまだ八戒が握ったままだ。

三蔵は、を見ながら・・・

「おい、八戒。部屋が空いているか聞いて来い。」から八戒を引き離したくて、

煙草をふかしながら、目だけ動かすと三蔵は指示した。

「ええ そうですね。もう1部屋必要でしょうからね。」と部屋を出て行こうとする八戒に、

「申し訳ありません、お世話をおかけします」と、は頭を下げた。

「いいんですよ、気にしないでください。

部屋が取れなかったら、僕の部屋で一緒にお休みくださればいいんですしね。」と、

さらりと誘いをかけることも忘れずに、八戒は出て行った。




何だか知らないが、この女を 天竺まで連れてくことになっちまった。

・・・・っち、うぜぇな。

それに(揚子江神女)だと〜!神女といえば、神じゃねえか。

何で俺達と一緒にいく必要があるんだ?

行きたい所に勝手に行けばいいだろうに・・・。

それにあの名前だ、一度だけ聞いたの声にも似ているような気がする。

うぜぇが・・・・あの だというのなら、俺の女じゃねえか。

そう思うと、下僕3人のに対する 反応が気に障る。

特に 今回 八戒は、やたらにストレートだ。

あの 悟浄がおされ気味で 誘うこともできないくらいだ。

あいつが 女に執着するなんて、失った恋人以外には 見たことがない。

ということは かなり本気だということになる。俺の女なのに・・・。

何の根拠もないのに、俺の女と決め付けていることが、いつもの三蔵とは違い

余裕がない証拠なのだが、本人は それすらも気付いていないのだった。





そこへ 八戒が戻ってきた。手には 鍵がひとつ握られている。

それを に渡し、「お部屋残念ながら 空いていたんですよ。

次の機会にご一緒させてくださいね。今夜は 一人にさせてしまいますが、

ゆっくりとお休みください。」(ニッコリ)と、残念そうな表情で言う。

「おいおい、八戒。 なんか知らないけど、やけに積極的なんじゃな〜い?

三蔵様が、すごい目で睨んでいるぜ! 命は大事にしろよな。」

悟浄は、くわえ煙草の紫煙の向こうから 八戒をけん制した。

「おまえら、部屋から出て行け! 俺はこの女と話がある。」

三蔵は を睨む様に見たまま 3人に命じた。

が この旅に付いていくことは、すでに決定事項なので 心配しなくても

三蔵が、置いて行くことはない。

そう判断した 3人は、三蔵の怒気と の自分達に向かって投げかけられた

頷きと優しい微笑に促されるように、部屋から出た。




廊下に出たところで、悟空が 心配そうに 八戒に尋ねる。

「なあ、三蔵はさ に何の話があるのかな? 俺 三蔵がのこと

好きになってくれると いいと思っているのに・・・。」

その素直な気持ちに、八戒は苦笑した。

この旅の 諸々な決定権は、三蔵にある。自分達が 何を言おうと、

三蔵の決定は 揺るがないことも知っている。

それだけに 悟空は 心配なのだ。

「大丈夫ですよ、悟空。

三蔵は、僕たちよりも 自分を表現するのが、下手なだけですから・・・。

今回は 僕たちと同じ気持ちのようですし、心配要りませんよ。」

(僕たちが何も言わなくても 三蔵が連れて行きますよ。きっとね・・・)

八戒としては、三蔵を煽ろうとしてみたのだが そんな必要はなかった。

自分達以上に、三蔵は に 何らかの気持ちを抱いているようだし、

他人に関心など持たない、まして 女には目もくれない三蔵が、あえて

女と2人きりになろうというだけでも、それがうかがえる。

(明日からが 楽しみですね〜。)八戒は 微笑んだ。






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