淡萌黄 2
さて、件(くだん)の不器用な恋人たちをどうやって目覚めさせるか。
問題はそこにある。
相手を特別に想っていると先ず自分が自覚しないことには始まらない。
は普通の家庭に育って、健全な心を持っているでしょうから、
自分の気持ちに気付くかもしれない。
そうなれば、普通は告白をして自分の気持ちを伝えるものだ。
街の中で暮らし、道場に来ていた男の子とも話をしたこともあっただろうから、
想い想われた経験があるかもしれない。
けれども、その相手が三蔵となれば、話は違う。
先ず、はまだ三蔵を「様」付けで呼んでいる。
三蔵が一言『様は要らない。』と言えばいいのだが、
それを面倒だと三蔵が思っているらしいから、始末に終えない。
本当は僕ら同様に気軽に『三蔵。』と呼ばれたいと思っているだろう。
呼ばれる度にわずかに嫌そうな気配がすることは、分かっている。
それがにも伝わっているから、余計に話は進まない。
はそんな三蔵の態度から、自分は疎まれていると思い込んでいる。
だから必要最低限しか三蔵を呼ばないし、話しかけもしない。
三蔵はそんなを見て、余計に距離を取ろうとする。
悪循環のスパイラルだ。
どこでこの悪循環を切るかが問題だ。
疲れているからか、妖怪を切ることで心に負担をかけているからか、
の夢見が悪くなっていることは分かっている。
夜中に何度も起きたりして、十分な睡眠を取れていない様子だ
どこかでその枷を外してやらないと、の心が壊れてしまう。
気長に見守ろうと思っていたけれど、そうも行かない状況になって来ていた。
襲って来た妖怪を片付けて、たぶん後ろにいるであろうの無事を
真っ先に確認する。
先日負った傷は癒えているとはいえ、
まだ体力が完全に回復しているわけではないからだ。
どうやら怪我も無く無事なようだ。
彼女の無事を確認するのも僕ばかりでないことは、承知している。
一番に確認しているのは三蔵だ。
その自覚は無いらしいが・・・。
早速にジープに乗り込んで、次の街を目指すことにした。
出来るだけ野宿は避けたい。
十分に眠れないに、せめて柔らかい布団の上で休んで欲しいと思うからだ。
今夜もまた眠れない夜を過すのだろうか。
それを思うとこっちが切なくなる。
宿で取れた部屋は1部屋だけ。
宿には了解を取ってそこに5人で泊まることになった。
にベッドの優先権を与えても誰も何も言わなかった。
さっきの戦闘でも肩で息をしていたのは、皆が承知している。
そして眠れていないことも・・・。
少し柔らかめにしてもらった食事を取って、順番に湯を使う。
既に気だるげなの様子に、
いつもならカードでもして時間をつぶそうとする悟空も
「今夜は疲れてっから早寝な。」と、布団にもぐった。
淡く微笑んだまま瞼を閉じたの様子に、
悟浄と視線を合わせて頷く。
少しでも安らかな眠りが続けばいいと・・・。
だが、案の定、深夜になるとは苦しげな声を出す。
誰もその夢から彼女を救ってやることは出来ない。
どうすることも出来ないうちに、がベッドの上で起き上がった。
誰もいない部屋ならば、そのまま泣けるかもしれない。
けれど今夜は5人いる。
僕たちが気付いていない振りをしてやることも出来るが、
彼女はそれを知ってしまえるだけの知識がある。
そっとベッドを降りて、忍び足で部屋を出て行った。
たぶん、行く先は宿の食堂。
先日のことがあったから、一人では外に出ないようにときつく言ってある。
僕が行くのは簡単だ。
も警戒はしないだろう。
泣くのに胸を貸してやるくらいたいした事じゃない。
けれど、彼がそれをよく思ってないのなら、
ここはどうしても行かせなければならない。
そう思った。
「三蔵、タバコ吸いたくなりませんか?」
知らん振りを続ける背中に問いかけてみた。
「ならんな。」
相変わらずつれない返事をする人だと思う。
けれど、そんな事は気にしない。
「そうですか?
今夜はずいぶん早寝でしたから、ニコチンが切れてきたんじゃありませんか?
ここじゃ宿の方に寝タバコしたと思われて嫌ですから、
吸うんだったら下の食堂でお願いしますよ。
ついでに・・・と言っては何ですが、の様子を見てきてください。
先日の事もありますし、心配ですから。」
「何で俺が・・・」
「ほら、2人部屋の時はいつも三蔵と一緒ですからね。
も僕や悟浄よりは気を許してるんじゃないかと思うんですよ。
それに、最高僧なんですから、少しは心安らぐ言葉くらい知ってるでしょ。
気が楽になって眠れるような言葉を言ってやって下さい。
それに、この中でのことを一番に想っているのは三蔵でしょう。
僕と悟浄は同じ気遣うにしても、妹のように思っているだけですから。
ここは同じ男として三蔵に譲りますよ。
それとも、僕か悟浄が行って妹への思いを恋人への思いに変えたほうが
いいでしょうかね。
ねぇ、三蔵?」
少しの沈黙の後、「ちっ、面倒くせぇ。」と、
舌打ちと共に渋々の体で起き上がると、サイドテーブルに置いていた
銃とタバコとライターを懐に入れて、部屋を出て行った。
パタンとドアが閉まると、それまで我慢していたのを開放するように
悟浄が起き上がった。
「やっと行ったな。
ホントは行きたくてどうしようもない癖に、意地張っちゃって。
格好つけんじゃねぇよ、ってんだ。」
「まあ、そうですが。
素直な三蔵と言うのもらしくないですからねぇ。
それでも、三蔵にしてはずいぶん素直に行きましたよ。」
「ちがいねぇ。」
悟浄がくくっと笑った声が闇に響いた。
「どうすると思う?」
悟浄がこのチャンスを三蔵が生かすと思っているのは間違いない。
「そうですね、胸くらいは貸してあげてくれるといいと思うんですよ。
抱きしめはしなくても。
三蔵のことです、眠りに誘う真言くらいは知っているんじゃないですかね。」
今、三蔵が出て行ったばかりのドアを見て、その向こうの気配を追ってみた。
階段を静かに下りる音がだんだん遠くなっていく。
行動に出たからには、自分のへの想いを自覚していることになる。
そうでなければ、僕に行くようにと命令していただろう。
「でも、三蔵、ちゃんと自分の気持ち知っていましたね。
まあ、僕たちに分かるくらいでしたから、自分で気付ていたんでしょうが。
案外、2人の時には優しいのかもしれませんよ。
僕たちに見せない顔が合っても不思議じゃないですから。」
「まあな。」
悟浄がタバコをくわえて火をつけた。
その一瞬だけ部屋が照らされる。
「悟浄、ちゃんと火の始末して下さいね。」
「へいへい。」
枕許に灰皿を引き寄せる悟浄に頷いて見せた。
これで、少なくとも三蔵にはその気があることが分かった。
彼なら最高僧と言う立場を押してでも、を幸せにするような気がする。
は普通に両親がいてついこの間まで幸せに育ったから、
きっと三蔵の知らない形の幸福な家庭を知っているに違いない。
彼女もまた、三蔵を幸せにしてくれるだろう。
それは悟浄も悟空も僕も同じだけれど、
僕はあえて三蔵との幸せな未来を一緒に見てみたいと思った。
その切欠が今日だとしたら、僕は2人の恩人になったはずだ。
「幸せになって欲しいですね。」
「そうだな、そうじゃなきゃ面白くねぇな。」
悟浄も同じ気持ちなのが、僕には嬉しかった。
三蔵、お幸せに。
執筆者:宝珠
2005.12.25up

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