淡萌黄 1
この旅に出て、一行の一員としてを仲間に加えてから、
野宿は格段に楽になった。
悟空はジープを飛び降りると目の前の森へ何かを探しに分け入ってゆく。
主に自分のお腹の為にだけれど、新鮮な果実はあった方がいい。
その背に「気を付けて下さいね。」と声をかける。
振り向いて手に水汲みようの容器を取る。
悟浄はそれを渡されて、渋々ながらも水の調達に。
いつものように三蔵は何もしない。
当然のように新聞を広げて読みふけっている。
僕とはその辺で薪を拾う。
食事や暖を取る為だけでなく、獣除けにも火は焚かなければならない。
一晩中、絶やさないようにする為には、結構量が必要だ。
僕が食事の用意にかかっても、は出来るだけ薪を集めるようにしている。
夕闇が迫った頃、森の中から悟空が返って来た。
それを待っていたかのように、三蔵が新聞をたたむ。
悟空の野生の感による恩恵とも言える現地調達の食料が、
花を添える心づくしの食事をみんなで取って後片付けが済むと、
野宿は草を枕に早々の就寝になる。
日中はジープに揺られ続けているし、
吠登城からの刺客が来れば戦闘になる。
慣れた日常とは言え、疲れないわけではない。
いつ来るか分からない敵に応戦する為にも、
取れるときはきちんと食事を取り、
眠る時にはしっかり眠っておくのが大切なのだ。
は短い旅で、殺気や妖気には眠っていても反応できるようになった。
さすがに剣客の家系だ・・・そう思って瞼を閉じた。
彼女は時々夢にうなされる。
肉親の死を目の当たりにし、あまつさえその手にかけたと言うのであれば、
うなされないということは無いだろうし、夢にも見るだろう。
自分も同じような状況なだけに、人事とは思えないところもある。
声は上げないものの苦しげに大きく息をした後で、
はまるでそれが決まっているかのように覚醒した。
額に汗が浮かんでいるのに気付いて、ポケットのハンカチで拭っているようだ。
激しい動きもしていないのに肩で息をしている。
深呼吸をしてそれを整えると、ふと湖を見て鼻をグスッと鳴らした。。
今夜は小さいが美しい湖のほとりに野宿を営んでいる。
このまま眠りに付く事など出来ないだろう。
脇に置いておいた海鏡刀を腰に携えて、祖父の形見という刀を背負った気配がする。
あの2振りは、何をおいても離さないようにと注意してから、
はそれを忠実に守り実行している。
立ち上がった彼女に、「、僕もご一緒しますよ。」と、起き上がった。
僕とがこれだけの動きをしていて、誰も気付かないはずがない。
多分、悟空以外は何をするのかと、背で探っていたはずだ。
野宿ではプライバシーがない。
だから、素知らぬ振りをするのもマナーの一つなのだ。
このまま一人で泣かしてやることも思いやりのひとつだと思った。
けれども、一人は辛い。
言葉なんか要らないけれど、誰かに温もりを分けて欲しいと思うことがある。
それなら、不器用な三蔵やそっちへと行こうとしそうな悟浄より
自分のほうが安全で上手くできると思った。
2人して湖に向かう。
手ごろな大き目の岩に2人で腰をかけて、天空に浮かぶ月を見上げた。
その月を見たまま「泣いていいんですよ。我慢しないで下さい。」
そう声を掛けてみた。
「ありがとう八戒。でも、大丈夫ですから。
ただ、月が見たくなっただけです。
あまりに綺麗だったから・・・。」
そう答えてきたの顔には、淡い微笑がのぼっていた。
これなら安心だ。
悲しみを受け入れて、前に進もうとしているんだと思った。
父親を手にかけてしまったことは、一生彼女を苦しめるだろうが、
父の狂乱の原因を探りそれが個人のことではなく、
桃源郷全体のことだと知ることによって、
自分の行為も落ち着いて見られるようになって来たのだろう。
今度はその父親の汚名をそそぐことで、
罪を償おうとしているのだ。
それはそれで間違ってはいないと思った。
翌朝。
ただでも機嫌が悪そうに見えるのに、本当に機嫌が悪いと
始末に終えない最高僧が一人。
何が原因が何か知らなと言うか気が付かない悟空やとは違って、
さすがに場数を踏んでいるだけは察しのいい悟浄と、
その原因となっている僕は影でため息を吐く。
昼食を取る為とジープの休憩をかねてエンジンを止めた河原。
悟浄が汲んできた水を横に置いた。
「まったく、見ているこっちがイライラするってぇの。
自分の気持ち1つ気付かないなんてな。
今朝の最高僧様のご機嫌が麗しいのは、夕べのアレでだろ?
人にやらせておいて機嫌を悪くするくらいなら、自分でやれって・・・な。
お前さんも人がいいにもほどがあるって。
自ら進んで当て馬にならなくてもよぅ。
ま、俺にゃできねぇな。」
大きくため息を吐いて、ポケットのHi-Liteに手を伸ばす。
「酷い言われようですねぇ。
でも、否定はしませんよ。
幸せになれるのに、お互いが手を伸ばそうとしないなんて、
勿体無いじゃないですか。
それを黙って見過ごしに出来ないだけです。
壊す手伝いじゃなくて、作り上げる手伝いなら、
幸せのおすそ分けも頂けると思いますしね。」
呆れ顔で煙を吐き出す悟浄に笑って見せた。
任務をおびている三蔵と一緒に西を目指しているのだ。
妖怪とはいえ命を奪うことは致し方ないと思っている。
そうしなければ、生きていられないのだから。
だけど、こんな旅がにとっていいとは思えない。
女性の身体は、男が思っているほど強くは無い。
例え、に4分の1とはいえ、妖怪の血が混ざっているとしても。
それでも、斜陽殿はこの過酷な旅を彼女に強制した。
神様や仏様がされることだ、何らかの理由があるのだろう。
自分にはそれはとやかく言えない。
だからこそ、もし三蔵との2人が想い合って結ばれるとしても
それは不可抗力というものだと思う。
偶然が生む産物と言うものだ。
何かが生まれそうになっているのに、それを潰す気なんて自分にはさらさら無い。
むしろ、何か手助けをしてやりたいと思う。
不器用な恋人たちには、理解者も必要だと思うからだ。
叶わなかった夢や亡くした夢の代わりにしたいのかもしれない。
もう決して同じ夢を見ることは出来そうも無い。
だったら、せめて夢を叶える者たちを自分の手で育てたいと。
そのくらいは許されるんじゃないかと思った。
も三蔵も目的を遂げる為に旅を続けているのだと、思っていることだろう。
だから、その思いに邪魔なことは極力かかわらない様にしていると、
そんな空気が読める。
でも、ここまで長い旅になれば、日常が旅なのだ。
そこには生活がある。
生活の中には、愛や恋があってもいいんじゃないか。
そんなことを考えた。
余計なお世話であることは、百も承知している。
三蔵に知れたら、いくら僕でも銃口を向けられるかもしれない。
それでも、楽しみにしている感は否めない。
「そのくらいの楽しみがないと・・・ですよね。」
独り言のつもりでつぶやいた言葉だったが、
「そうかもな。」と意外に乗り気な悟浄の返事に、
「えぇ。」と相槌を打って、ジープと戯れるを見た。
執筆者:宝珠
2005.12.25up

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