秘 色 2
まず始めに感じたのは、身体の熱さ。
次に重くだるい手や足の感覚だった。
ゆっくりとまぶたを上げてぼやけている視界を、調整する。
見慣れない天井に此処は何処だろう?と、疑問が湧いた。
先ずは目だけで周りを見る、視界の隅に八戒と悟空の姿を見つけて
身体を動かしても大丈夫だと判断した。
首を向けて動いた事で、悟空が「、起きたのか?」と、
声をかけてくれた。
「うん。」と声を出そうとして、喉が渇いているのを感じた。
上手く声が出なかった。
「熱が出ていますからね、喉が渇いていて上手く話せないのでしょう。」と、
悟空の後から八戒が気遣うように話しかけてくれた。
声が上手く出ないので代わりに頷いておく。
八戒がベッドのそばに来て脇のテーブルの上から水の入ったコップを取り上げ、
私の口元にそっと寄せてくれた。
自分で持とうとしたけれど、手に力が入らない。
「無理をしないで下さい。
背中の傷を僕の気孔で塞いだために、身体が熱を持っているんです。
手や足が思うように動かないのは、多分その痺れだと思うんです。」
後頭部を支えられて、コップの水を飲み干した。
八戒がゆっくりと、枕に頭を戻してくれた。
ふぅっと息を吐いて、身体から力を抜く。
「災難でしたね、それでも悟空がいてくれてよかったです。
が1人だったらと思うと、ぞっとします。
僕が来た時は、もう意識がなかったんですよ。
でも、短剣が抜けていないおかげで、出血は少なかったんです。
すぐに傷を塞いで、宿に連れて来ました。
悟空から聞いたんですが、妖怪はを狙ってきたんですか?」
「そうみたい。」
「一緒に来てもらうって言ってたぜ。」と、悟空が横から説明してくれる。
「どうしてかって理由は分かりますか?」
「ううん、分からない。」
「何か心当たりは?」
「別にこれと言っては・・・・・。
だって、私が1人で旅をしていた時もあったのに、こんな事はなかったし。
一緒に旅を始めてからだって、なかったよね。
三蔵様の経文とか西への旅を阻止するとかって言うのは、
今までの口上にあったけれど、私はおまけ扱いだったし。」
「そうですね。を人質にでもするつもりだったのでしょうか。
とにかく、今後は1人での外出は絶対に駄目ですよ。
今回は悟空が居たから良かったですが、意識して独りにならないように。
今はとにかく身体を休ませましょう。
宿に言って水枕を貸してもらいましょう。
眠れたら眠って下さい。
悟空、誰かが来るまでは、此処から離れないで下さい。
お願いしますね。」
八戒がそう話しながら、部屋を出て行った。
悟空が「分かった。」と返事をしてから、ベッドに近寄る。
「、痛ぇか?
ごめんな、俺がもっと早くにのそばに行っていたら、
刺されなかったかもしれないのに・・・・。」
心配そうに顔を覗き込んで、悟空がしおらしく詫びてくる。
なんだか主人に叱られた子犬のようで可愛い。
「悟空、大丈夫だから心配しないで。
それに八戒も言ってたように、悟空が居てくれたから本当に助かったんだよ。
迷惑をかけたのは私のほうでしょ。
助けてくれて、ありがとう。
これからもっと悟空に迷惑掛けちゃうかも知れない。
よろしくね。」
出来るだけ明るい口調で悟空に話す。
「うん、そのことだったら心配いらねぇからな。
俺がを守ってやるから。
此処に居るからな。
さ、もう寝た方がいいよ。」
「うん、ありがとう。」
悟空がベッドから離れて椅子に座るのを見てから、瞼を閉じた。
短い時間だったけれど、八戒と悟空と話したことでなんだか疲れた。
寝入ってしまうつもりはなかったけれど、いつの間にか眠りが深くなったようだ。
次に目が覚めたのは、随分経ってからのようだった。
カサッと紙のこすれるような音がした。
その音の発生源と思しき方へ目をやると、窓際に新聞を広げて読みふける
三蔵様の姿があった。
さっきの八戒の言葉でこの部屋に誰かが居るとは思ったけれど、
まさかそれが三蔵様だとは思わなくて、ちょっと驚いた。
窓の外からは、夕方の空の光が差し込んでいる。
まだ橙色と言うほどでもない黄色味がかった光は、
三蔵様の髪の毛を綺麗に見せている。
初めてみた時にも思ったけれど、三蔵様は男にしておくのが勿体無い程の
美丈夫だと思う。
そう思ってもそんなことは口にしないけど。
道場にもそういう綺麗な男の弟子がいたけれど、
実力社会だからだろう、極端に外見のことを言われる事を嫌っていた。
三蔵様もきっとそうだと思う。
外見なんか関係ないもので判断されるべき地位や実力を持った人は、
特にそう思う人が多い。
父も禁忌の子だったから、そればかりを取りざたされて剣の実力を正当に
評価してもらえないと嘆いていた事がある。
でも、神様に愛された人っているんだなって、こういう人を見ると思ってしまう。
あっ、三蔵様の場合は仏様だな。
人よりも秀でている何かを持っている。
それだけでもすごい事なのに、見た目もうるわしく綺麗だなんて、
不公平感たっぷりだ。
そういう視点で旅を共にしている、八戒・悟浄・悟空を見てみると、
三蔵様とは違った能力を持ちながら、それでいて格好良かったり
ハンサムだったりする。
一緒に旅をしている女の私が、一番見劣りするかもしれない。
新聞から視線をこちらへと向けた三蔵様と目が合った。
「起きたのか?」
「ご心配をお掛けしました。
でももう大丈夫なので、予定通りに明日には出発出来ます。」
上半身を起こしながら、三蔵様にそう言う。
八戒が気孔で治してくれた所は、痛みは無いけれど熱を持っているのが感じられる。
新聞をたたんでテーブルの上に置いた三蔵様が立ち上がって、
ベッドのそばまで来た。
見上げた私の額にふわっと何かが覆いかぶさった。
私の額より少し冷たいそれは、三蔵様の手だ。
額を覆ってなお余っている。
悟浄や八戒よりも華奢で色も白いせいか、
普段はそれほど大きく感じる事の無い三蔵様だけれど、
私と比べたらはるかに大きい男の人なのだと思った。
「熱が下がらねぇうちは駄目だ。」
額から手をどかしながら三蔵様はそう言った。
「でも・・・・」
「駄目だ。
そんな状態ではかえって迷惑だ。」
「申し訳ありません。」
本当にそう思って、思わずうなだれてしまう。
何よりも任務が優先で、三蔵様が出来るだけ西への旅程を急ごうとするのを、
今までの旅の中で感じてきた。
それは、早く不幸な人たちを救いたいためだろうし、
悲しい思いをする人が減る為だろうと思う。
だから、任務に関係のないことには、出来るだけ煩わされたくないと、
そう考えていることだって知っている。
私の怪我や発熱は、西への旅を足止めする厄介な出来事のはずだ。
本当なら、此処に置いて行かれたってしょうがない。
でも、私の同行が斜陽殿からの命とあれば、
置いて行くわけにも行かないのだろう。
そんな三蔵様の苛立ちを感じる。
迷惑だと、はっきり言われた事が辛かった。
ただでも、普段からお荷物だろうと思っているから。
その上に、怪我をして熱を出して・・・・・最悪。
三蔵様の前だと、黄櫨流(はじりゅう)宗家の跡取りとして頑張っている私とか、
海鏡刀の継承者として恥じぬようにと張っている虚勢とか、
みんな打ち砕かれてもろくなってしまう。
稽古に明け暮れて、積み重ねてきたものが役に立たない。
あの眼光にさらされると、何も出来ない20歳の素の私になってしまう。
そして、容赦のない言葉の前に引き出されてしまう。
決して酷いことを言われるわけじゃない。
けれども、その存在自体が怖いと感じてしまう。
聞けば、三蔵様は24歳だと言う。
4歳しか違わないのに、凄く距離を感じてしまう。
これが三蔵様が三蔵法師なのだということなのだろうか。
落ち着かないのだ。
あの眼差しを受けると。
夕食だと八戒が粥を作ってくれた。
給仕をしてもらって、出来るだけ食べた。
今夜はこのままこの2人部屋に寝る事になった。
2人部屋の時には、かなりの確立で三蔵様が相部屋になる事が多い。
やっぱり今夜もそうだった。
私が話さなければ、会話の無い部屋。
いつもは少し居心地が悪いのだけれど、今夜はそうでもない。
とにかく身体が睡眠を欲していたから。
睡魔に身体を預けて、早くよくなる為に休む事にだけ専念した。
執筆者:宝珠
2005.08.19up

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