秘 色 3




ふと、何かの気配に意識が浮かび上がって、覚醒した。
感じるのは殺気や妖気。
いつも肌身離さず持っている海鏡刀と祖父の刀を手で探る。
八戒の機転かすぐ枕許に指先に馴染んだ海鏡刀の鞘を感じた。
隣に祖父の形見の刀もあった。
身体を起こして、いつものようにそれを背負うと前でひもを結んだ。
背中はまだ痺れた感があるが、手は大丈夫。
手を握って開いて確認する。
それから立ち上がって、海鏡刀をベルトで腰に下げた。
隣のベッドには三蔵様が眠っているはず。
そう思ってそちらを見れば、すでに法衣をまとい腕組みをして腰掛けている。
「たいした数じゃねぇが、無理はするな。」
「はい。」
そう返事をして、私もベッドに腰を掛ける。
ここで、怪我や熱を理由に下がっていろとか、隠れていろとか言われたら、
仲間と言うよりも庇護している存在として見られているのだと、
自分の存在をうとましく思ったかもしれない。



でも、そうではなかった。
三蔵様の言葉には、無理はしなくても良いがもちろんお前も働け。
そういう意味が込められていると感じて、嬉しくなる。
私を頭数として数えていてくれる。
旅の仲間として認めてくれていると、そう思える。
三蔵様に言わせると、仲間ではなく下僕との事だけれど、
それでも良かった。
気配は廊下からだから、この部屋に溢れるほどの人数が
すぐに入ってくるわけではないと思う。
むしろ、向こうだって多人数はやりにくいはずだ。
だったら、こちらはやりやすい。



殺気が動いた。
すぐにドアが蹴散らされて、壊れた。
私も三蔵様も廊下へと意識を向ける。
私が体調不十分だからだろう、三蔵様が早めに銃を発砲した。
海鏡刀を抜刀して、正面に構える。
背にした窓からガラスの割れる音がして、妖怪が飛び込んできた。
銃を発砲するには間に合わない。
私が切った方が早いけれど、三蔵様に少しかがんでもらわなければならない。
刹那の判断。
「かがんでっ。」
だるい身体では、そう叫んで妖怪を切る事に集中するのが精一杯。
刀身に肉を切る嫌な感触が伝わると同時に、
彼の身体は霧散するように空気に溶けた。
続けてくる妖怪を切る為に、三蔵様の背に自分の背をつけて
お互いの背を守る形になった。
私と背中合わせになりながら、三蔵様は襲い来る妖怪に続けて発砲する。
私は私で、窓からの敵を切った。
今までに無く緊張した戦いになった。



三蔵様の銃はリボルバーだから、そろそろ装填しなければならない。
そう思い始めた頃、にわかに廊下が騒がしくなった。
バキッとかドスッとか物騒な音が幾つかした後、「2人とも大丈夫ですか?」と、
聞きなれた八戒の声が聞こえた。
ほっとしたのと同時に部屋の照明がパッと点いた。
三蔵様も私も構えたまま、明るくなった部屋を見渡す。
そこに立っているのは、仲間だけだった。
みんなの視線が私に集まっている。
「何か?」
変な格好でもしているのかと、俯いて自分の姿を視界に入れてみたけれど、
これと言って別段おかしくはない。
Tシャツにカンフーズボン。
このTシャツだって多分背中が破れているはずだ。
なんだか後がスースーする。
海鏡刀を鞘に収めた。
それでもこちらを見ている4人に、疑念が湧く。
「はっきり言ってもらわないと分からないんですが。」
語尾が少しきつくなった。



「変な意味で見ているんじゃないですから、気を悪くしないで下さい。」
やっぱりと言うか、お決まりと言うべきか、八戒がいつもの笑顔でそう言った。
「みんな驚いているんです。
気付いてないのかもしれないですが、の髪と目の色が違ってたんです。
僕たちが知っているの髪と目の色は、黒ですからね。
その濃く深い紅はどうしてなんですか?」
そう問われて、短く切った髪に手をやった。
旅に出るまでは、大事に長くしていたから何時でも自分で見ることが出来たけれど、
今はそれは叶わない。
八戒に言われて、みんなにはそのことをまだ説明していなかったのだと思い出した。
原因が分かれば、みんなの視線の集中攻撃も納得がいく。
「驚かせましたか。ごめんなさい。
このことを、まだ言ってなかったんですね、私。」
フッと息を吐き出して、身体から幾分力を抜いたら膝がガクッと崩れた。



「あっ。」
膝を付く寸前で、すぐ横に立っていた三蔵様が、
二の腕をつかんで倒れるのを防いでくれた。
「八戒。」
まだ片手にリボルバーを持っている三蔵様が、八戒を呼んだ。
「まだ熱があるんです、無理は駄目です。」
そう言ってひょいと横抱きに抱え上げてくれた。
「とにかく話をするにしても、此処じゃ落ち着きませんからね。
僕たちの部屋に行きましょう。
マットさえあればそこで眠れます。
悟浄と悟空は、それを持ってきて下さい。荷物も忘れずに。」
そうにっこり笑って2人に用を言いつけると、
八戒は私を抱えたまま部屋を後にした。
2階下の八戒たちの部屋に入ると、一番奥のベッドに私を降ろした。
此処は襲われなかったらしい。
「私は床のマットで良いよ。
身体も随分楽になったし。」
先にこの部屋を使っている悟浄や悟空に悪いと思い、そう口にした。
「駄目です。
怪我人は大人しく看護人の言う通りにして下さい。
これ以上熱が出たり、悪化したら嫌でしょう?」
そう言われてしまうと、二の句が着けない。
大人しく言われるままに、横になっておく。



すぐにマットを抱えた悟浄や悟空が入ってきた。
三蔵様も自分の荷物だけ持っている。
私のものは悟浄がマットと一緒に持って来てくれた。
それを受け取る事さえ八戒が視線で制する。
横たわったままで、みんなの寝支度が整うのを待たされた。
マットが敷かれ、その割り振りがされた。
この一行の力関係ゆえなのか、マットには悟浄と悟空が寝る事になった。
私は怪我をしているとの理由から、八戒は運転手だと言う理由で、
三蔵様は懐の銃で脅して。
部屋が落ち着いたところで、「、では話してもらいましょうか。」と、
八戒が私に微笑んだ。
それに頷いて、上半身だけ起き上がる。
八戒が背に枕を当ててくれて、それにもたれた。



みんなの視線が私に向いているのを見て、
中途半端ではなく、これは全てを話さなければならないと感じた。
「私が黄櫨流の継承者だと言う事は、前にお話したと思います。
亡くなった祖母は妖怪でした。
ですから、父は悟浄さんと同じ禁忌の子と言う事になります。
祖父母には父しか子が授からなかったので、当然父が次代の宗家になる予定でした。
ですが、この桃源郷を襲う妖怪の暴走と言う現象に、
父も飲み込まれてしまったのです。
父は母と祖父を切り、その父を私がこの海鏡刀で切りました。
祖父と母の仇として・・・・・。
ですから私は、この身体に4分の1妖怪の血を受け継いでいます。
此処までは、話した事がある方も居ますよね。
そのせいかどうかはわかりませんが、
時々先ほどのように髪と目の色が変わるようです。
それが何故なのか、何時なのかは私にも分かりませんが。」
部屋がやけに静かだ。
「親父の禁忌の子は珍しいが、その存在は理解できる。
だが、禁忌の子に子供ができたと言う話は聞かねぇな。
母親は?」
三蔵様がそう尋ねた。



「はい、母は普通の人間でした。
父とは幼馴染だったと聞いております。」
「それが本当なら、狙われたのも分からなくはねぇな。
禁忌の子自体が出生率が異常に少ない。
それは種族を超えた交わりだからだろうと考えられている。
多分染色体とか遺伝子レベルの話なんだろう。
そういう存在である禁忌の子に、子供ができたと言う話は
俺の知る限りじゃ例がねぇ。
の存在も養子だと考えるのが普通だ。
俺はそう考えていた。
それが、本当に禁忌の子と人間の間に生まれたんだとしたら・・・・。」
「じゃあ、それが今日が狙われた原因なのですか?
蘇生実験に必要だと。」
八戒が先回りして、三蔵様に尋ねた。
「可能性はある。」
「じゃなに、を旅に加えるようにって言う命令も、
仲間を増やして楽をさせようってんじゃなくて、
お姫様をみんなで守ってね・・・・って事かぁ?」
「らしいな。」
そうつぶやいた三蔵様の顔が、いつも以上に厳しいような気がして
私の気持ちは暗く落ち込んだ。



私の存在がこの一行の中で、保護されるべき存在として扱われるのは嫌だ。
強い男ばかりの中では、それほど活躍の場がないとはいえ、
これでも桃源郷で黄櫨流と言えば、かなりの剣豪を出している流派なのだ。
その流派の宗家を継いだ自分が、保護される存在にされるのは気が重い。
、そんな顔するなよ。
大丈夫、俺が守ってやっから・・・な。
俺がをあいつ等なんかにわたさねぇから、心配すんなよ。
でも、は強ぇから自分でも守れるし、俺たちだってその腕を当てにしてんだぜ。
今日は俺が助けたけど、今度はが俺を助けてくれよな。」
明るくそう言ってくれた悟空の言葉が嬉しくて、
頷いて微笑む事が出来た。
自分で自分を卑下するのはやめよう。
少なくとも私にも出来る事があるはずだから。
例え、保護する為に旅に連れて行かれるのだとしても、
私の目的も同じなのだから。
そう考える事にした。





執筆者:宝珠
2005.08.26up