秘 色 1
昨日遅く辿り着いた町で、今日は朝から買出しと言う事になった。
昨夜は本当に此処に着いただけで終わってしまったから。
私がジープに乗ってからは、野宿が少なくなったと
悟空は嬉しそうに言ったけれど、
それでも前の町から2晩ほどは野宿だった。
本当なら2晩ではなくて3晩の行程だったと思う。
八戒とジープの頑張りで1晩分は縮めたのだとすると、
なんだか申し訳ない気分になる。
それを口にしようとすると『僕が好きでやっている事ですし、
誰からも苦情は言われていませんから。』と、先回りされてしまった。
何処までも敏くて勘の良い人だ。
そんな八戒だから誰も何も言わないんだろう。
三蔵様が文句を言ってもそんなことは想定内のように、
簡単に返事をしそうな気がする。
ジープのためにもと言うことで、この町では2泊の予定になった。
だから今日は明日からの旅のために買出しをする事になった。
買出しといっても必要なのはほとんど食料品だったりする。
私が1人増えた事で、リアに詰める荷物は少なくなっただろうし、
食料だって余分にいるはずだ。
それでも悟浄も八戒も悟空も文句は言わない。
悟空なんかは絶対に食べる事は譲らないように見えるけれど、
それでも私に八つ当たりなんかしない。
三蔵様とはまだ打ち解けて話せないけれど、
それでも邪魔にされたり文句を言われるような事は無い。
冷たいような態度をしているけれど、優しい人なんじゃないかと思う。
だって、三蔵法師様といったら、この桃源郷には5人だけしか
その存在を許されない高僧だ。
確かなんとかって言う経文の守護番をするのが三蔵法師だと、
祖父に聞いたような気がする。
徳も法力もある僧が選ばれるとのことだ。
この旅が生易しいものではないことは、
一緒に旅をするようになってすぐに分かった。
命を取るか取られるかの戦闘が毎日のように繰り返される。
三蔵様を始めとして、八戒も悟空も悟浄もそれを当然のようにこなしている。
悟空と悟浄など口喧嘩をしながら戦闘していることもあって、
最初はその不真面目な態度に、あまり良い感じは受けなかった。
相手が妖怪だといっても、命をやり取りしているのに、
もっと真摯な態度で戦うべきじゃないかと思ったのだ。
命を奪う事に慣れてはいけない。
父の手にかかった祖父が、よく口にしていた言葉だ。
強い相手なら、こちらにも畏怖の感情が芽生えるから、
自分の命が危険な分だけ相手の命も重く感じる。
でも、相手が弱いと自分の強さの分だけ、
相手の命を軽く見てしまうのだ。
命に重い軽いはない。
命は全て同じだからだ。
慣れているわけではないと分かったのは、戦闘が終わると
みんなの表情が一瞬なりと暗くなるからだ。
慣れてもいないし、相手の命を軽く見ているわけでもない。
西に進む為には、降りかかった火の粉は払わなければならない。
その為だけに、戦闘を繰り返すのだ。
後ろ向きに考えてしまうと、西には進めなくなるのかもしれない。
目的がある以上、仕方の無い行為としている。
悟空と悟浄が明るく振舞いじゃれあうのは、後ろを振り返る時間を
無くす為かもしれない。
命を奪った者たちへの呵責を振り払う為かもしれない。
私が無口になって俯いてしまうのを、いつも2人が引き上げてくれる。
気遣ってもらっているんだと、申し訳なく思ってしまう。
その旅が順調に進むようにと、食料品や医療品を買いに出かける八戒に
付いて荷物持ちをするつもりで宿を出た。
悟空も一緒だ。
悟浄は昨夜からどこかに出かけていない。
此処はそこそこ大きい町なので、お酒を飲めるような店もあるんだろう。
ジープに乗っている間や野宿の間は、常に5人一緒だ。
よほどの事が無い限り、別行動を取らない。
だから、町に着いて宿が取れたら、別行動をしても良い事に
なっているのかもしれない。
悟浄がどこかに出かけるのは、町にいるときに決まっているし、
三蔵様も八戒もそれを咎めない。
例え1人のときに襲われたとしても悟浄なら大丈夫だろう。
けれど、私には1人にならないようにと、八戒と悟空は念を押す。
強さのことでは心配要らないけれど、女だからだろうと思う。
どうしても持久力と力量で押されると弱い。
心配をかけないためにも言われたとおりにしている。
町の市場はにぎわっていて、両脇に露天商が軒を連ねている。
買い忘れがない様にと八戒が用意したメモをポケットから取り出して、
軽いものから効率よく買い物をしていく。
「慣れているんですね。」そう感心して言葉をかけると、
「もう1年以上やっていますから。」と、いつもの笑みを向けられた。
悟空も私も両手にいっぱいの荷物になった。
私は片手に1袋づつだけれど、悟空は2袋づつ下げている。
「悟空とは先に宿へ帰って下さい。
僕はもう少し買って帰ります。
道は分かりますか?」
「はい」そう返事をして、2人で宿を目指した。
寄り道せずに帰れば宿は市場からすぐのところだ。
荷物を置いてすぐに帰れば、八戒の荷物も手伝える。
そう思って急いだ。
宿を目の前にしたところで、私と悟空は足を止めた。
人通りの少ないそこで、妖怪が私と悟空を待ち伏せていたからだ。
「この女か?」
「ああ、この女だ。
最近、三蔵一行に加わった女とのご指名だから間違いない。」
私を見てなにやら確認すると、「他には1人しかいないからラッキーだぜ。」と、
にやりと笑ってこちらを見る。
「おい、女。俺たちと一緒に来てもらおうか。」
「いやだと言ったら?」
「力ずくでも連れて来いとの命令なんだよ。
嫌でも何でも、来てもらう。」と、言うが早いかいきなり戦闘態勢に入った
「悟空。」
「おう、分かってるって。」
2人して荷物を6袋まとめておくと、私は腰に携えていた海鏡刀に手をかけた。
いつも背にしている形見の刀には手をかけない。
荷物の非難を優先させたのは、明日からの大事な食料だからだ。
この人数なら、何てことない。
いつもの戦闘時に相手にする数に比べれば、はるかに少ない。
そう思ったことが油断になったかもしれない。
町の往来だってことを一瞬忘れた。
ふと見ると、角を曲がって子供が戦闘の真っ只中に入ってこようとしていた。
妖怪の1人が持って振り回している得物が、その子供に当たりそうだった。
向かって来ている1人の剣を打ち払って、その子の所へ駆け寄る。
間に合わないかもしれない。
でも、子供は助けたい。
妖怪の得物を追い越して、そのこの身体を抱えるとくるりと前転して
振り回された得物から子供と自分を遠ざけた。
耳に得物の風切り音がブンッと聞こえた。
すぐに立ち上がって庇った子供を建物の壁に押し付ける。
「此処から動いちゃ駄目だよ。」
叫ぶようにそう言い置いて、後ろに振り返った。
悟空と私しかいないのだから、まだ妖怪の相手をしなければならない。
案の定、振り下ろされた剣を、手から放さなかった刀で受けて払った。
目の前には3人の妖怪。
悟空にもそれ位はいそうだ。
邪魔が入らなければ大丈夫だと、そう思った。
途端に、背中に焼け付くような痛みが走った。
前の敵に隙を見せないように、その痛みの原因を探る為に振り向くと、
先ほど庇った子供が短剣を持って自分を刺していた。
子供の耳は尖っていて、頬には妖怪特有の痣があった。
後を取る為の敵の罠。
しかも子供を使った卑怯な。
そう判断したが、既に遅い。
それでもこのままでは駄目だと思い、その子を足で後へと蹴り飛ばす。
壁にぶち当たってガクッと意識をなくしたのが見えた。
背中の短剣は刺さったままだ。
今すぐに止血が出来ないのだから、その方が良い。
抜けば血がドッと溢れ出して、体力と集中力を奪うから。
前の敵に意識を戻して、刀を構えた。
2回か3回討ち合うけれど、背中の痛みで力が入らない。
自分では分からないけれど、意外と深いのかもしれない。
3人の相手は無理かもしれない。
ふとそんな弱気になる。
「、大丈夫か?」
敵の後ろから、悟空の振るう如意棒が見えて、1人がドサッと倒れた。
仲間がいるってこういう時に本当に心強い。
胸に広がった安心感と喜びに、力が湧く。
瞬く間に悟空は残りの2人も簡単に打ちのめした。
「、怪我ないか?」
悟空の問いかけに笑む事は出来たけど、大丈夫だと答える事は出来なかった。
安心からか、目の前が急にかすんで来たからだ。
そのまま、視界がぼやけて暗闇に包まれる。
悟空の呼ぶ声が段々遠くになるのが分かっているけれど、
それに答える事は出来なかった。
執筆者:宝珠
2005.08.12up

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