桔 梗 1
をジープに乗せて一緒に旅をするようになってから、
八戒の多少の無理も功を奏してか、今の所は野宿にならずに済んでいる。
と言っても、たかだか1週間ほどだが。
男とは違って、女の身体はやわなのだと、訳知り顔でそんなことを
口にする悟浄が、なんだか癪に障りやがる。
そんなことは言われなくても知っているつもりだ。
まあ知識としてだけだが・・・。
なんとか辿り着いた町の宿でも、彼女のための部屋を取れている。
部屋割りを担当しているのが八戒なのだから、
あいつの配慮によるものだ。
まあ、個室が無理な宿もあったにはあったが、悟空がなぜか男気を発揮して
ベッドマットだけを異動させ、俺の部屋の床に寝たりしている。
岩牢で拾ってから今まで、悟空を子ども扱いしてきた。
実際、教育としつけが必要な子供だった。
今でもそう思っているが、そろそろそんな考え方も潮時に来ているのかもしれない。
そんな風に思わせる。
をきちんと女性だと認めて、気遣ってやる。
いつの間にかそんなことが出来る男に育っていたのかと、なぜだか妙に感心した。
八戒が釈放されてからは、昔取った杵柄で悟空の教師役をしてくれていたから、
その間に色々教え込んでいたのかもしれない。
なんにせよ、悟空には悪くないことだと思う。
いつまでも欠食児童のようでは、先が思いやられる。
も八戒や悟空、そしていつの間にか悟浄ともいくらか打ち解けたようだ。
名前を呼び捨てで呼び合い、親しそうにしている。
まだ、どこか遠慮がちなのは、日が浅いからだろう。
何よりも今までと違うのはジープの上だ。
リアシートは、男2人の小競り合いと罵り合いが日常茶飯事だったが、
それが少し今までと違った様相を呈している。
俺がハリセンと銃を出す回数が、明らかに減っている。
を挟んで和やかとは言わないまでも、悟浄と悟空に俺が銃を
向けなければならないような事態は、数えるほどだ。
今までは煩く思い、それを止めさせるために、銃まで出して
的にして撃ってまでいたと言うのに、彼女がただそこに座っているだけで
同じような効果を生んでいると言うのには、少なからず面白く無い思いが湧く。
ナビシートで不機嫌そうな顔をしているのを、伺うように見た後で
ハンドルを握っている八戒が「平和ですね。」などと、口にするのを聞くと、
余計に面白くない。
何故だ・・・・。
自分のことながら、この不可思議な気持ちに説明が付かない。
だから、嫌だったんだ・・・・・女を乗せるのは。
今更言ったって後の祭りにしかならないし、何よりも命令の一部だから
こっちには拒否権が無いときている。
本日も八戒の計画通りに、何とか町に着いた。
毎日町に着くのは悪くない。
悟空が言うところの腹いっぱいになる旨い食事と、悟浄の言う綺麗な女は関係ないが、
八戒の気にかける旅の備品補充や情報収集、そして屋根のある場所での風呂とベッド。
野宿では得られないものを俺たちに与えてくれる。
だが、これほど毎日町に着くのはどこかおかしい。
真っ直ぐに西に向かっているはずだ。
今まではあんなに毎日町になど着かなかったのに、
こんなに都合よく町に着くのはどういうことなのかと思う。
そう言えば、ルートの確認に来るはずの八戒が、ここの所来なかった。
つまり、真っ直ぐに西には向かっていないらしい。
西へは向かっているだろうが、町をつないでジグザグなのかもしれない。
食事の時にでも、そのことを問いただそうかと考えた。
中途半端な言い方で尋ねたりしても、口であの八戒に勝てるとは思えねぇ。
あいつにしてみれば、俺の質問をかわすことなど造作も無いだろうし、
尋ねられることを考慮に入れて、答えは用意してあるといったところだろう。
まったく・・・・イライラする。
いつものように、騒がしい食事が目の前で展開されている。
余計にイライラして、懐に手を差し入れた。
それまで湯飲みを手にしていた八戒が、それをテーブルの上に置いて
何か意味ありげに俺たちを見回した。
「みなさん、今夜の部屋割りのことですが、残念ながら2部屋しか取れませんでした。
2人部屋と3人部屋です。
で、どうします?」
なぜに視線を俺に向ける?
眉間にしわが寄ったのが分かる。
きっと、不機嫌そうで今にも怒鳴りそうな顔をしているに違いない。
悟浄や悟空なら一発で黙りそうだが、八戒はそれをものともしないで
こちらを伺うように見ている。
「俺がいつものように、3人部屋の床にでも寝るから、
を2人部屋に1人にしてやって。」
当然のように、悟空が言った。
これで解決だろうと思ったが「悟空、それが駄目なんです。」と、
八戒は困ったようにため息混じりにこぼした。
「何でよ?」誰もが思っていることを代表するように、悟浄が口にする。
「はい、今までは同じ階の部屋か隣同士だったでしょう。
ですから、悟空の申し出に甘えてきたし、何かあっても駆けつける事が出来たので、
僕も良いかなって思いました。
でも 今日の部屋は階が違います。
それも2階と4階と離れているんです。
ですから、今までのようにを1人にするわけにはいきません。
誰かと一緒の方が安全です。」
八戒はそう言って自分の使った食器の脇に置いていた部屋の鍵を、
テーブルの真ん中に置いて部屋番号を見せた。
確かに部屋番号の最初の数字が違う。
「で、どうすんの。」
悟浄がくわえ煙草の煙を吐きながら尋ねる。
「はい、そこなんですが。
三蔵、と一緒に4階の2人部屋を使って下さい。」
きっと、悟空か八戒がと一緒になるものと思っていた俺は、
口に含んでいたお茶を噴きそうになって、あわてて飲み下した。
「なぜそうなる?」
いやだと言えば、簡単なことだ。
だが、さすがに相手が目の前にいる状態では、それは不味いだろうと思った。
こんな感情を持つことすら俺には珍しい。
いつもなら誰であろうと何も気になどしないのだから。
悟空たちとは違って、まだジープの上でも食事の時でも
どこか遠慮しているに対して、俺のほうにも遠慮があるのかもしれない。
そう思うことにした。
「先ず、悟浄との相部屋はありえません。
さすがに僕も悟浄の下半身までは、管理できませんからね。
何かあってからじゃ遅すぎます。
僕が一緒と言うのが一番いいんですが、それだと三蔵は2階で悟浄と悟空と一緒ですよ。
こういう組み合わせにいつも文句をつけるじゃないですか。
悟空と一緒でもいいんですが、何も身体の小さい2人が、
3人部屋より割りの良い2人部屋に行くことはないでしょう。
とすれば、消去法で三蔵が相部屋になるのが一番良いんです。」
にっこり笑顔でそう言われると、喉まで上がって来ていた反論を、
飲み下すしかなくなる。
何でこいつの笑顔が怖いと思うかなんて、今更思い出したくも無い。
悟浄と悟空を見れば、八戒の采配に文句など無いようで、
未だに皿の上のおかずを取り合っている。
まあ、文句があったところで、八戒に叶うはずが無い。
園児は保父の言うことには従順だ。
そして、その保護者も。
了承の返事すらなんだか悔しくて、黙って頷いておいた。
「ありがとうございます。」
まるで俺が許可しなければならないような物言いで礼を言うと、
「じゃあ、今夜は三蔵と相部屋ですよ。」と説明に入った。
これ以上話を向けられたらたまらない。
脇に置いておいた新聞を取り上げると、視界を遮断するように目の前に広げた。
今夜は2人部屋だから、勝手に一人で行くわけにはいかない。
八戒の説明が終わるまでは、待っていなくてはならないだろうと思った。
紙面の向こうでは、未だに八戒がに話をしている。
「同室が三蔵ですから心配ないと思いますが、
なんならジープを同行させましょうか?
これでも紳士気質ですからね、頼りになりますよ。」
俺には、信用していると言った態度の割には、
なんだか酷い扱いを受けているような気がする。
何もジープなんかいなくても、俺が女なんかに手を出すわけねぇじゃねぇか。
男にも手を出す気なんかねぇがな。
殺すつもりで相手にするんなら、剣よりも銃の方が分がいいだろうが、
少なくてもがどの位の腕前かは、この1週間旅を共にして見ている。
軽い気持ちで手なんか出せば、あの剣の露にされちまうだろう。
油断していたとは言え、あの悟空から1本取った女だ。
まあ、斜陽殿からの命で、同行させているのだから、
魔天経文や俺の命を狙っているとは思わないし、
から殺気を向けられたことは無いから、案じちゃいねぇが。
もし、その気でいるとして、今夜がやっと巡って来たチャンスだとするなら、
寝首を掻かれるのは俺になる。
そうなると、俺の方があぶねぇんじゃねぇのか?
悟浄じゃねぇんだ、色仕掛けなど通用しねぇぞ。
新聞の字面だけを目で追いながら、そんなことを考えていた。
ようやく皿の上が綺麗になり、八戒による今夜の部屋割りの説明も終わった。
「じゃ、おやすみなさい。」
「お休み。」
「また明日な。」
「はい、八戒も悟浄も悟空もお休みなさい。」
椅子が引かれる音がして、全員が立ったようだ。
「三蔵さん、みんなも行きましたから、私たちも部屋に参りませんか?」
紙面越しにそう話しかけられた。
「あぁ。」と、返事をして新聞をたたみ脇に挟む。
視線を上げると、鍵を持ったと目が合った。
向こうはもう立って俺を待っていた。
2005.04.22up

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