百塩茶 2







「では、お話しますから車を降りましょう。

ここでは、得物を振り回すことも出来ないでしょうから。」

そのの言葉に、悟空は黙ってうなずくとジープを飛び降りた。

ドアをきちんと使って、もその後を追う。

街からも結構離れたこんな所では、人など通るはずもないだろうし、

まして車など来ることはない。

道をふさいでいても邪魔にはならない。

車を降りた2人は、ジープの前へと回った。

悟空は得物である如意棒をいつでも召喚できるように手を構えている。

「もう一度聞くけど、何で俺のほうが強いって言うのに勝てなかったんだよ。

それっておかしいじゃん。」

悟空の様子から見て、ここでもう一度手合わせをするかもしれない。

そんな風にも見える。

もその辺を考えてジープから降りたのだろう。




一方のは、非常に落ち着いて見える。

「悟空さんは体力も力も私よりあります。

それに動きもいい。

ただ、昨日は私に分があっただけです。

もし今からここでもう一度立ち会ったとしたら、今度は悟空さんの方が勝ちます。

気が済まないのでしたら、今からやりますか?」

彼女には、昨夜のうちにこの旅についてはさっと説明しておいた。

三蔵は得物である昇霊銃が常に懐に入っているし、

僕たち3人は得物は召喚するか自前だ。

けれども彼女は2本の剣を帯刀することになるので、

ジープを降りるときには常に持っていて欲しいと。

そうでなければ、いつ敵襲があるか分からないからだ。

だから、は言いつけを守って今も2本を持っている。

抜くつもりのない1本は背負ってはいるが。




「悟空、まず話を聞いた方がいいですよ。」

話し合いで済むのならその方がいい。

そう思って声を掛けた。

悟空の本気を僕と悟浄では止められない。

三蔵になら出来るはずだが、この場合やってくれるかが問題だ。

僕の声に頷いて「じゃ、俺が負けた訳を話してくれよ。」と、に要求を出した。

素直に意見を聞き入れてくれたようだ。

も僕の意図を汲んでくれたのだろう。

「分かりました。」と、返事をした。

「まず、悟空さんが今まで女性の方とどの位立ち合ってこられたのかは分かりませんが、

相手が女であることでかなり気を抜いておられたのは確かです。

それが1つ目。

次に悟空さんは法師様からの命令で旅に参加する私と立ち会ったのでしょうが、

私は自ら参加したいと思って、そのための試験と思って立ち合せて頂きました。

だから悟空さんよりも真剣だったということです。

それが2つ目。

その2つの悟空さんの隙が、より私に有利に働いたと言うことです。

それでも普通の女性の使い手なら、まず悟空さんには勝てないでしょう。

ですがこれでも黄櫨流(はじりゅう)宗家に生まれた娘です。

父と祖父亡き今は、私が流派の宗家となりました。

その私が気を抜いていた悟空さんに負けたとあっては、

宗家としては認められないでしょう。

本気の悟空さんにはかなわないと思いますが、

それでも簡単にやられるとは思いません。」

淡々と話すを見て、悟空は落ち着いてきたようだった。




「そっか、だからだったんだ。うん、それなら分かる。

じゃ、行こうぜ。」

自分の中で納得がいったのだろう。

うんうんと、頷く。

悟空はそう言うと笑顔でジープへと歩を進めた。

の方はその悟空の変わり身の早さに追いついていけないらしい。

まだ呆然とその場に立っている。

、早く来いよ。

先に乗ってくれねぇと、俺が乗れねぇだろ?」

さっきまでの勢いがなくなった悟空は、本当に無垢な少年のように見える。

僕たちはそれに慣れているからなんでもないが、

には狐につままれたように感じるだろう。

さん、早く乗って下さい。

ここで、イライラしている最高僧様が切れないうちに・・・・。」

運転席からそう声を掛けてやれば、「はい。」と返事が返った。

ジープが停まる前と同じように2人が乗り込んだのを確認して、アクセルを踏んだ。

後ろでは悟空がに誤解したことを誤っている。

「一山超えたってとこですか。」

運転しながらポツリとつぶやいた言葉に、隣から「あぁ。」と珍しい反応があった。

一応は気にしていたらしいと分かって、なんだか嬉しかった。




悟空よりは大人だと自負している自分たち3人は、

相手が誰でもそれなりに合わせる対応が出来る。

三蔵はその辺をサボることが多いが、それでも礼儀にはうるさい。

僕と悟浄はそうしなければならない環境で育ったことも大きな要因だろう。

だが、18歳というには少し幼稚でいささかストレートすぎる

悟空の性格は、そうもいかない。

受け入れればどこまでも信頼し懐くが、かたくなに拒否をすることもある。

たとえそれが三蔵の言葉でも。

従っている振りをして実は隙あらば・・・・と、思っているところも見たことがある。

この一行のムードメーカーといっても過言ではない悟空には、

出来ればを受け入れて欲しかった。

居場所が無ければ、狭いジープの上ではつらいだろうから。

多分、過去につらい経験をしたばかりだろうと思われる彼女の救いになるはずだ。

まだ、その傷口がふさがっていなくて、血を流しているように思えてならない。

そんな彼女が心の傷をおしてまで旅に出ているのだから、

せめて一緒にいる間は仲間として迎え入れてやりたい。

三蔵はことに馴れ合いを嫌うが、それでも誰かの危険には黙っていても動く。

たとえこめかみに怒りが浮かんでいようとも。



暫くジープを走らせると定例となりつつある吠登城からの刺客の気配がした。

「ちっ。」と三蔵が舌打ちをして、懐へ手を差し入れる。

ブレーキを踏んで車を停めると同時に、悟空がひらりと飛び降りた。

地面に着地するなり、その手の中には如意棒を召喚している。

、俺がほんとは強いってところちゃんと見ておいてくれよな。」

汚名返上と言うわけではないだろうが、悟空は今回やたらと張り切っている。

彼がそういう時は、こちらはかなり楽が出来ることが多い。

しかし、気を抜けばやられる事になるので、いつものように戦闘体制に入るために

ジープを個々が降りる。

さん、自分に向かって来たものだけを相手にして下さい。

下手に動かれると悟浄の錫丈や三蔵の撃った弾が当たっちゃいますから。

僕の気孔波も相手構わずですからね。」

悟浄に続いてリアから降りた彼女にそう言いながら振り返ると、

「はい、分かりました。」と、礼儀正しい返事が返ってきた。

こんな園児ばかりだと、保父としても楽でいい。



例に漏れず、相手の団体の中心人物が『三蔵一行覚悟しろ。』と

僕らをひとまとめにして名指しした後で、一斉に攻撃が始まる。

悟空と悟浄は、得物を振り回すためにジープから離れていく。

油断していたとはいえ、あの悟空から1本取るほどの腕前なら問題ないだろうと

彼女の様子を盗み見る。

背負っていた剣ではなく、腰に刺しているあのかわった刃色の剣の方を手にしていた。

数が多いうちは彼女が戦う姿を追うどことではなく、動いている気配だけを追いながら

三蔵が装填している間を、フォローしながら気孔波で敵の数を減らすことに終始していた。

ジープのそばに居る敵をあらかた片付けると、ようやく彼女を振り返ってみた。

ジープからはさほど離れてはいないものの、剣を振るうのに邪魔にならない程度は

離れている彼女にはまだ何人かの相手が居るようだった。

手にしたわけではないからはっきりとは分からないが、

彼女の得物がそれほど軽いとは思えない。

それでも それを手にした彼女の動きは、まるで重さを感じさせない。

剣舞を舞っているかのごとき華麗な動きだと思った。



「さすがだな。」

横から三蔵の声がした。

「僕には流派のことなんかは分かりませんが、

無駄な動きの無い太刀裁きだと思います。」

「だろうな。」

三蔵の目がすぅっと細くなり、普段見ることの無い色がその瞳に宿ったように思えた。

それがどういう感情なのかまでは、悟らせてくれなかったが・・・・。

彼女の剣に切られた相手は、それこそ刃が当たった瞬間から

無に返されるのかの様に影が薄くなり消滅して行くといったように見える。

つまり、は返り血も浴びてはいないらしい。

これなら、妖怪になるようなことも心配要らないだろうと、ほっと胸を撫で下ろした。

悟浄や悟空そして自分には要らない心配だが、三蔵やには必要なことだからだ。



は僕たちが手助けする必要も無いほど楽々と無事に敵襲を交わすことが出来た。

これで、1人だけになったとしてもそれほどの心配は要らないだろう。

女性と言うことでのハンデはあるとしても、この程度なら大丈夫だと分かった。

宿の部屋で1人にしてやれそうだ。

見ず知らずの男4人との旅、狭いジープから降りたときくらいは、

少しだけでも1人になりたいだろう。

2人部屋なら誰と組ませるのが一番いいだろうか?

ジープに戻ってくる悟浄と悟空を見ながら、そんなことを考えていた。