潤 朱 2





女に何か尋ねるのに、こんなに緊張したこと今まであったか?
多分ねぇな。
そんなことを思うほど、俺にしては珍しく手に汗をかいていた。
これもそれも八戒と悟空が俺からを遠ざけているからだ。
だから、彼女と話すのにこんなに緊張するんだ。
自分が硬くなっている理由を、そんなところに押し付けて何とか話しかけてみる。
「ん〜っと、一つ聞いてもいいか?」
俺の声にそれまで下を向いて自分の剣の剣柄(つか)を触っていたは、
反応して顔を上げた。
「はい、何でしょう。
私で答えられることでしたら、どうぞ。」
悟空や八戒と話すときとは違う、少し丁寧な口調で返事を返してくれた。
こんなところはやっぱり礼儀正しいなぁと、そんな感想が胸に湧く。



「あ〜その、なんだ、答えたくないなら無理には話さなくていいんだけど。
あの村の宿に来て俺と会ったとき、俺見て泣き出したよな。
あっ、別にそのことでどうのこうのって言いてぇわけじゃねぇんだ。
ただな、この髪や目の色の意味するところを知ってる奴は、
いねぇわけじゃねぇし今更どうしようもねぇし。
気味悪がられたりすることはあるが、さすがに見た途端泣かれたのは
初めてだったんで、どうしてかな〜ってさ、気になってたりするんだわ。」
なんとも歯切れの悪い言い方だと、自分でも思う。
だが、いつもみてぇな軽いおねぇさん相手じゃねぇし、
こういう時は10分の1程度にしか上手く口もまわらねぇ。
まあ、それでも三蔵よりはましかも知れねぇ。
そんなことを口に出せば、すぐ後から弾丸が飛んで来そうな気がして、
思わず後ろを確認した。



は大きく息を吐き出すと「お気を悪くしないで下さいね。」と、断りを口にした。
「ん、俺が聞きてぇって言ってんだから、気なんか悪くしねぇよ。」
「分かりました。」と、頷いて少し遠い過去を思い出すように、視線が逸らされた。
どう話そうかと、考えているって感じに見えた。
「この旅に出る前に、私はこの自分の手で実の父親を手にかけました。
桃源郷を襲っている異常事態。
妖怪の暴走とでも言うのでしょうか。
それに父もなってしまったんです。
私が家に戻ると、母が台所で切られていて、もう絶命していました。
祖父と父を探す私の耳に道場から木刀ではない討ちあう音が聞こえて、
急いで駆けつけると、祖父が・・・・・父に。
もう私だと分からなくなっている父を討てと、それが祖父の最後の言葉でした。
・・・・・・・・・・。
父は悟浄さんと同じ半妖でした。
少し色は違うように思いますが、やっぱり紅い髪と紅い瞳でした。
祖母が、もう随分前になくなりましたが、妖怪でしたから。
私はこの剣で、父の命を奪ったんです。
どうして、同じ境遇なのに、悟浄さんはそうやって正気を保っていられるのか・・と、
そう思ったら・・・・・、ごめんなさい。」
そう断っては袖の端で目頭を押さえた。



「悟浄さんばかりでなく、悟空や八戒はまるっきり妖怪だと聞いて、
正直とても驚きましたけど、なんだかだからこそ、
この旅に来てるんだろうなって、納得できたんですよ。」
俺を見て少し微笑んだの顔は、
力が抜けていて俺のことを警戒しているようには見えなかった。
「じゃ、ちゃんは四分の一妖怪って事だよな?
で、平気なわけ?
まあ、見たところ、人間としての血が濃く出てるみたいだけど・・・・。」
どんなに血が薄くても、だから安心できると言うものでもない。
今までに旅をしてきた中で、そういうことを見てきた俺は、
確かめずにはいられなかった。



「あの時、父が変わった日ですが・・・・。
私の身体にも何か変化が起ころうとしたのは本当です。
でも 声が聞こえたんです。
まるで耳元で話しかけられているようにはっきりと。
『意識を強く保て、このまま闇に持っていかれるな!』って。
それからは、何も起こりません。
人としての四分の三の血がそうさせているのかは、分かりませんが。
でも、もしも私が暴走するようなことになったら、私を殺してでも止めて下さい。
悟空が言ってました。
『三蔵は西へ行く邪魔をするものは、全て敵だと言っているって。』
だったら、暴走した私はきっと敵になるはずです。
本当は、私よりも悟空や悟浄さんの方がお強いはずです。
だから、お願いしますね。
約束して下さい。」
もう決めてるって顔をして、俺に頼むと言うよりは、
確認するようには自分を止めろと口にした。



俺は煙草の煙がに行かないように吐き出して、
その場の雰囲気を和ませる為に、ちょっとふざけたように笑った。
「大丈夫だって、そんだけ悲壮感たっぷりに、『私が暴走したら・・・』な〜んて
言っているちゃんなら、そんなことにはならねぇと思うぜ。
ま、100歩譲ったとして、本当にそうなったらちゃんより前に、
悟空と八戒や俺の方が暴走するって。
なんたって、悟空と八戒は100%妖怪だしぃ。
俺もきっかり半分はそうだし。
みんなして三蔵の魔界天浄で、ポックリよん。」
ウィンク付きでそう言ってやれば、可愛い顔して笑ってくれた。
やっぱ、女の子なんだなぁと再確認。



俺より2つか3っつ年下なだけだけれど、大事にされて育てられたその雰囲気は、
まだ成熟した女のものではない。
むしろ、少女に近いって感じだ。
まあ、なりも男の子に見えるようにしているせいもあるだろうけど・・・。
もちろん、処女に決まっているだろうな。
女の匂いっていうか、艶っぽい仕草みたいなもんが全然ねぇし。
そう思ってはいてもそんなことを口にしたら、
あの教育者ずらした野郎が、笛を吹いて警告した上で
ありがたい説教を聞かせてくれそうなので、
のことに関してはみんなの前では珍しく黙っていた。



悟空と互角にやり合えるんだから、戦闘に関しちゃ何かあっても心配ねぇし。
むしろこっちが助けられちまうんじゃねぇかと、そんなことを思うくれぇだけど。
だからって、本気で組み伏せられちまえば、男にはかなわねぇだろうと思うから、
怯えさせねぇようにしてんのよ。
持久戦と力技の相手は、さりげなくフォローしたりして。
まあ、俺ってその辺が紳士だから。
あの女を女とも思わねぇ様な、超鬼畜生臭坊主でさえ、
ちょっとだけは気にしてるみてぇだしな。
だって、こうなるまで同じジープで旅しているのに、
とは話しらしい話が出来てねぇんだから、あの3人のガードったら凄いんだよな。
俺のことなんだと思ってるんだか・・・・。



「そうですね、ありがとうございます。
その時が来たら、三蔵さんのその魔界なんとかで、私も家族のもとに参ります。」
そう言ったは力が抜けたいい顔で笑った。
家族をみんな失っているらしいのを聞いて、やばい話題かとも思ったけれど、
暗くならないでいてくれて助かった。
今泣かれたら、俺じゃとても八戒や悟空のように上手くなだめられねぇし。
かける言葉も見つけられねぇ。
きっとも日々強くなっているんだろう。
まあ、俺たちと一緒にいたんじゃ強くならざるを得ないだろうけどな。
それと比べると、同じ肉親を失った八戒や師匠を失ったと言う三蔵の方が、
いつまでもそれを引きずっているように見える。
もっとも俺にしたって同じことだが・・・・。
やっぱ、世の中、女の方が強いって事だろう。



霧がだいぶ晴れてきた。
そろそろ動いても大丈夫だろう。
ジープの位置はだいたい予想が付いているので、遅れないうちに戻った方がいい。
八戒や悟空の小言はともかく、あの三蔵の的にされるのは勘弁願いたい。
ただでさえを連れていることで、俺の立場は非常に危ういような気がするし。
「じゃ、そろそろ戻りますかねぇ。」
そう言って立ち上がると、「はい。」と従順に俺の後を付いてくる。
悟空とは違った可愛さがある。
からかってしまいたくなる悟空とは違って、守ってやりたくなると言うか、
腕の中や懐の中に入れて誰にも見せたくないと言うような・・・・。
こういうのを庇護欲とか独占欲とか言うんだろうか?
まだ誰のものでもない彼女が、俺を選んだとしたら、
それこそ青天の霹靂(へきれき)だろうが、それも悪くないと思った。
まあ、どう考えてもそんな事にはならねぇだろうが。
でも、出来るならもう少し親しくなりてぇと言うのも本音だったり。



横から張り出している枝を、ポキッと折って前に進む。
そうしないと避けて反発した枝が、の顔に当たったりするからだ。
普段、あの野郎どものためになどぜってぇそんな事はしねぇが、
の綺麗な肌に傷が付くのは気分がわりぃ。
「なぁちゃん。
悟空は年下だからかもしんねぇけど、八戒もそのまま『八戒』って呼んでるだろ。
俺もそうしてくんない?
いざって時に、『悟浄さ〜ん』なんて呼んでたら間にあわねぇだろうし。
実際、戦闘中に声かけるとしたら俺か悟空になるだろ・・・な?」
草を踏んで進む音がピタッと止まったんで、振り向いた。
「いいんですか?」
悟空よりちょっと小さいくらいの彼女の背では、どうしたって上目遣いになって
可愛さ倍増になってしまう。
男女の背丈の違いは、この必殺技のためなんじゃねぇかて言うくらいの効果。
「ん、いいんです。
ってことで、よろしくな。」
そのまままた前を向いて、歩を進める。



「はい、よろしくお願いします。」
後ろから聞こえてきた返事に、俺にも懐いてくれたみてぇでほっとする。
女の子に一番もててるはずの俺が、お子ちゃま悟空や毒舌八戒に
後れを取ってたことに嫉妬してたかもしんねぇな・・・と、
自分の気持ちを分析してみた。
三蔵だけでも出し抜いておきたい。
これで、リアの狭さも気にならなくなるな・・・と、うれしくなった。





2005.02.25up