潤 朱 1





はっきり言って一人増えた分だけは、リアシートは狭くなった。
八戒や悟空の言うところの自分の好みの身体を持ってて、
夜を共にしてくれそうな『綺麗なお姉さん』や、生娘の初々しさを漂わせた
『可憐なお嬢さん』が隣に乗っているのならいざ知らず、
体形も子供ならどこの流派かは良く知らないが、剣術の宗家ともなれば
その物腰や所作には隙がない。
そんな自分にとって名ばかりの女性が隣に座っても少しも楽しくはねぇ。
おまけに三蔵は知らん振りを決め込んじゃいるが、
牢まで面会に行ったことで八戒や悟空は、に肩入れしているらしく
少しでもからかおうものなら、怖い視線で睨んでくる。
まったく、面白くもなんともねぇじゃんと内心で一人愚痴った。



ただ、そうは思ってもそれを口に出したりしない。
少なくともそれくらいの良識は、俺にだってあるわけで。
狭いジープの上で、いやな雰囲気にはなりたくねぇから。
それに、決して自分の好みではないが、
このと言う子は顔は綺麗だと思ったし。
剣術をやるせいか凛としたところがあり、礼儀もお行儀もいい。
きっと、裕福な家に生まれて、家族に愛され躾けられて育ったのだろうと
何日も共にしていない今でもその育ちの良さが分かるってもんだ。
自分とは大違いだ。
別に自分と比べて嫉妬しているわけではないが、
やっぱり面白くねぇと思った。



だが、時折見せる切なそうな泣きそうな顔を見ると、
そんな風に育った子が、何を思って西への旅に加わったのかは気になる。
この桃源郷で普通の20歳の女の子はみな髪は長い。
1人旅のためにきっと髪も切ったのだろうし、濃紺のカンフー服も少年に
見せるためだろうと言うことは分かる。
今は安全な旅なんかできねぇから。
そこまでしての旅ならば、自分の出来る限りで守ってやりてぇと思う。
八戒が行き倒れになっているところを拾った時も思ったが、
結局自分はお人よしだと思った。



妖怪とは言え命を奪うことにも、最初は戸惑っていたようだが、
戦闘にも何とかついて来れる様になってるし、
これなら三蔵に『足手まとい』などとそしられる事もねぇだろう。
いくら命令とは言え、お荷物になるのなら置いて行きかねない様な男だ。
まったくあれで最高僧になれるのなら、自分の方が
よほど慈悲ある坊主になれるっつーの。
まあ、坊主になぞなる気ははなからないので、関係はねぇけど。



悟空とは誤解が解けてから仲がいい。
横から見ているとまるで姉弟のように見えなくもない。
寺で育った悟空には、いくら八戒が色々教えていると言っても
何処か足りないものがある。
それが何かって聞かれるとこまっちまうけど・・・。
八戒とて俺と一緒でまともな環境で育ったわけじゃないから、
どんなに頭が良くても知らないこともある。
は時々、悟空をたしなめながらも丁寧に教え諭している。
それをまた嬉しそうに聞き入っては頷く悟空。
ありゃおままごとをしている子供だな。



そんな2人が、時には真剣に剣の稽古もしている。
宿の庭先などで見るその光景は、ジープの上で見る2人とは
あまりに違いすぎるほどだ。
とても同じ2人とは思えねぇ。
特にあのお嬢さんは変わりすぎだ。
普段の穏やかな子供子供したところは鳴りを潜めて、どこから見ても立派な剣士だ。
それは、思わず足を止めてしまうほどの美しさ。
性別を凌駕しているっつーか、なんとも言えねぇけど。



人が『美しさ』を感じるのは、それがいい意味において『ショック』を
感じるからだって言うよな。
何度見ても美しいと感じると言うことは、
その度ににショックを与えられていると言うことになるんだよな。
男にしては綺麗過ぎる三蔵も、
背筋も凍るような笑みを浮かべる八戒も、
どこまで食べれば気が済むのか分からないほど食べる悟空も、
見慣れてしまえばショックを受けるようなことはない。
なかなか見慣れないのは、が異性だからか?
そんな疑問を抱えたままで、彼女を観察するのが日課になっている。
そんなに年もかわらねぇのに、俺すげぇおっさん臭くねぇか?
なんだかへこむなぁ。



と俺が2人きりになるようなことはない。
八戒と悟空がそうさせねぇようにしている。
ジープの上にいる時には、皆が一緒なんだから特にどうという事はないけれど、
宿に着くと途端に警戒しやがる。
野宿の時なんかはもっと酷い。
八戒と悟空で脇を固めた真ん中に、を寝かせたりしている。
そんなあからさまなことをしてくれなくたって、
例え2人きりになったって、には手を出すつもりなんか俺にはないんだから、
何をあの2人はそんなに心配するかねぇ。
俺はこれでも人は選んでるんだよ。



と、常日頃からそう考えているのに、どうしてこんな組み合わせになるかねぇと、
俺は今の状況を思ってため息を吐いた。



いつものように吠登城からの刺客が来て、みんなでジープを降りて応戦した。
今日は森の中で敵に行き会ったので、当然戦闘は森の中。
おまけに霧が出ていたためお互いが相打ちを避ける為に少し離れた。
それがいけなかったのか、いつの間にか銃声や悟空の声も聞こえない所に
俺は来てしまっていた。
まあ、そこまでは良かったんだよな。
そこまでは。



とりあえず霧が晴れるまで待って、ジープを探そうと思った。
霧の中を歩いても良い事ありそうにねぇし。
そこで、ちょっと広い場所に出たんで、そこに座って待つことにした。
愛飲している煙草を、胸のポケットから出してジッポで火をつけた。
独特のオイル臭と一緒に、煙を吸い込む。
空を見上げても白いだけだが、まだ十分に明るい。
戦闘前に昼飯を食ったばっかりだったはずだから、
悟空辺りなら今頃おやつだと騒ぐ時間だろう。
今は風もないが、夕方が近くなれば風も出てくるはずだから、
そうすれば霧も飛ぶだろうし、何とかなるさ。
まさか、置いて行かれる事もねぇだろう。
そう高をくくって、しばしの休憩としゃれ込むことにした。



と、そこに脇の藪の中がごそごそとなにやら近づいてくる足音と気配がしだした。
俺を追って来た奴らは一応全滅させたと思ったが、まだ取り残しでもいたのか?
そう思って右手に錫杖を召喚した。
いつでも動けるように、音の方に顔を向けて目を凝らす。
そうやっても幾らも見通しがよくなるわけじゃねぇのは分かっているが、
まあやらないよりはましだろう。
藪の中の音は段々近づいてくる。
敵にしたって一人だな。
複数の人の立てる音じゃないことは、予想が付いた。



霧がかかって薄い緑の中から濃紺の塊が姿を現した。
人の形はしていても妖怪か人間かは区別が付かない。
「え〜っと、そこにいらっしゃるのは悟浄さんですか?」
その人形をした塊が、俺の名を呼んだ。
『悟浄さん』俺の知っている中で俺のことをそんな風に呼ぶのは、しかいねぇ。
「あぁ、俺。」と返事をして、手の中の錫杖を消してしまう。
そのままが俺に近づいてきて、顔の判別が出来るほど近寄ると、
あからさまにほっとした顔をして少しぎこちなく笑った。
「あの此処はどこでしょう?
私、戦っている内にどうやらはぐれてしまったみたいで、
金属音と煙草の匂いがしたのでこちらに来てみたんです。
三蔵さんや八戒さん、悟空はどうしたんですか?」
ある程度離れたままで、そう尋ねてきた。
そんなこと俺が聞きたいくらいだ。


まあ、そうは思ったがそれをそのまま口に出来ずに、
「俺もおんなじだから、しらねぇんだわ。
ま、でも2人で此処にいればとりあえずは安全じゃねぇの?
霧が晴れるまでは、動かねぇ方がいいだろうし。」と、答えておいた。
「そうですか・・・・そうですね。」
はそう言うと、腰から剣を抜いて手に持つとその場に腰を下ろした。
霧の中だからかもしんねぇけど、物音がしない。
鳥の声や風に揺れる草音もなくて、気味が悪いくらいだ。
それに回りは真っ白だし。
いやでも目の前の相手に意識が行くわな。



俺はこんな風に2人になったら聞いてみたいことがあって、
今がそれを聞くチャンスだと思った。
それは、初めてあったあの日。
俺を見て突然が泣き出したその理由だ。
八戒が隣の部屋でなだめて落ち着かせてくれて、その後は一度もないが・・・。
誰だって初対面でいきなり泣かれりゃ気になるもんだろう。
赤ちゃんだったらないこともないだろうが、
の年を聞けば20歳だと言う。
紅い瞳に紅い髪は、妖怪と人間の間に生まれた証だ。
そんな俺を見て嫌な顔をされたり、さげすんだ目で見られることは
これまでにも何度もあったけれど、いきなり泣かれた事はさすがになかった。
半妖だから泣いたんじゃねぇ事はなんとなく分かるが、
他に適当な理由がみつからねぇ。



周りを見てもまだまだ霧は晴れそうにねぇし、
三蔵は論外だが、八戒や悟空が探している様子もねぇ。
多分、みんな霧が晴れたらと思って、動かずにいるんだろう。
「なぁ、ひとつ気になっていることがあるんだけど、聞いてもかまわねぇか?
無理に答えてくれなくてもいいんだけどさ、
俺じゃどうしても答えがわからねぇから、聞いてみてぇんだけど。」
目の前に座るに向かって、そう話しかけてみた。
「あっ、はい。いいですよ、どうぞ。」
邪気のない笑顔でそう言われて、やっぱり止めようかと思った。
どうしても・・・と言うわけじゃない。



でも、こんなチャンスは今度いつ来るか分からないっつーことで、
俺はその質問を口にした。






2005.02.18up