二 藍 3






翌日。

朝食を取った一行は、宿の奥さんに尻を叩かれるようにして

が捕らえられている建物へと向かった。

昨晩訪れた時に相手をしてくれた宿の息子が、八戒と悟空を覚えていてくれて

町長への面会にすんなりと事が運んだ。

こういう時には、好むと好まざるにかかわらず三蔵の最高僧としての

地位の持つ力が物を言う。

今回はそのお陰で の釈放がすんなり決まり手続きも簡単にしてもらえた。

町長の部屋で待っていると、手錠をかけられたままが部屋に連行されてきた。

別に罪人と言う訳ではないだろうが、その部屋に来てから三蔵たちの目の前で

手錠を外されたは、一行に対して何も感情のこもらない目で対した。

いや、むしろ臨んで向かっているのかもしれないが、

幼少の頃から積んだ修行で殺気や怒気は

相手にそれを感じさせないだけのものだった。




三蔵一行との間には少しの間沈黙が続いた。

同室している町長やを連行して来た役人らは、

その何とも言いがたい雰囲気に見守るだけだった。

だが、厄介事と言って良い5人に何時までも居座られる苦痛に町長が耐えかねた。

「三蔵様、もうその方を連れてお引取り頂いて結構でございます。

三蔵様には、今夜よろしければ拙宅にておもてなしをしたいのですが、いかがでしょうか?」

権力へもみ手をせんばかりのおべっかに三蔵の秀麗な顔の眉間のしわが深くなった。

「ありがたい申し出だが、明日は早朝の出発にてお誘いはご辞退する。

この度は便宜を図って頂いて感謝する。」

形式だけの感謝の言葉を口にすると、「行くぞ。」とだけ言って、その部屋を後にした。

は何も言われなかったため そこに呆然と立ったままだ。

それを見かねて八戒が「さん、昨日お会いした八戒です。覚えてらっしゃいますか?」と、

声をかけた。

「はい。」と、消え入りそうな声で は返事をした。

「では、後は宿に帰ってからお話しますので、一緒に来てください。」

その人好きする笑みを見上げて、は頷いた。

その場に居る者へと一礼すると、三蔵たちの出て行ったドアへと続く。




出口付近で、宿の息子とその上司らしき人物がを待っていた。

息子の腕には彼女の荷物があった。

「全部あるか確認したら、サインをしてお持ち下さい。」

そう言われて、は荷物を確認する。

衣類などの入っていそうなカバンには目もくれず、は2本の剣を確かめた。

その様子を、三蔵たちは黙って見守る。

手にした2本の剣は、見た目はそれ程の飾りもなく質素な太刀に見える。

その片方を目の前で持ち上げ頂くと剣柄に手を掛けて、はするっと鞘から剣を抜いた。

両刃が色違いの珍しい剣だ。

は幾らも見ないうちに、それを鞘に戻して腰に帯刀した。

もう1本にも同様に、敬意を払うと鞘から抜く。

剣柄から外して中に彫ってある銘を確かめると、元どおりにして背中にしょった。

荷物は中を確かめもせず、差し出された書類にサインをすると、三蔵たちの方へと向いて

「お待たせいたしました。」と、軽く頭を下げた。

その言葉に、三蔵は黙って宿への道をとった。



まだ午前中も早い時間のこと。

商店も開いていないので、を同行させるための買い物に出る訳にも行かず

5人と1匹は宿まで戻って来た。

奥さんがやって来てを借りて行くと言い張った。

「とにかく女の子が何日も風呂に入ってないんだよ。

それに、睡眠だってまともに取っちゃいないだろう?

明日の朝まではここにいるんだろ? それまではさんは私に任しておくれ。」

本来なら、同行することになった経緯をに話さなければならないし、

本人から話も聞かなければならない。

八戒はそう考えたが、奥さんの言うことも最もだと思い三蔵を見た。

既に新聞を広げている三蔵だが、奥さんの声は聞こえていたらしい。

もっともこの部屋にいてあの声が聞こえていないほうがどうかしている。

自分の返事待ちだと悟ったらしい三蔵が、「勝手にしろ。」と

紙面の影から面倒臭そうに答えた。

「あいよ。」とそれに返事をして、奥さんは引きずらんばかりに

を連れて部屋を出て行った。

よほど の事を気にかけているのだろう。




それを黙って見送った八戒は、「いいんですか?」と声に出した。

カサッと音がして、三蔵が新聞の影からわずかに顔をのぞかせる。

「此処の奥さんがいい人なのは認めていますが、まずは僕たちのことを

説明しなきゃならないんじゃないですか?

観光旅行しているわけではないんです。

『今日から貴女もご一緒しましょう。』と 言って気軽に着いて来られる

旅ではないと思いますけど。」

八戒の杞憂はもっともなことだと、三蔵は思案するように沈黙した。

だが、あることに思い当たると「大丈夫だろ。」と、

そっけなく返しただけで視線を紙面に戻した。

三蔵が肯定したら、どんな事でもこの旅では通されてしまう。

その事が今までの経験上判っている八戒は、何も言わずに口を噤んだ。

問に対する応えまでに三蔵にはわずかながら間があった。

あのという女性の見ただげでは判らない何かを考慮に入れて、

自分に答えたように八戒は感じた。

それなら 自分にはもう何も言うことはない。

八戒は三蔵の傍を離れジープに乗せるための雑貨や食料品などをチェックする仕事に移った。




午前中は明日からの旅の支度をしているうちに瞬く間に過ぎた。

昼を過ぎた頃になって、ようやくが部屋に戻ってきた。

風呂に入れられたらしく身綺麗になって 持っていた着替えに変えたのかさっぱりとした

カンフースーツに身を包んで、ドアから入ったすぐのところで立っていた。

黙っているのを見ると女なら美少女、男なら美少年に見える。

既に妙齢の女だと知っている三蔵たちには、

女にしか見えないがその顔立ちやいでたちからは、

一見しただけでは男女の区別がつきにくい。

どちらにしても 綺麗な造作をしていることには違いない。

4人は、今朝の返り血をそのままに薄汚れたを見ているだけに 

絶句したまま見つめていた。

初めは正面を向いていた顔が、所在無さに段々と下を向き始める。

その段になってようやく 自分たちの不躾な視線に気付いたのは八戒だった。

我に返って他の3人を見れば 未だに惚けたような顔をしてを見つめたままだ。

(やれやれ・・・・)と軽い吐息を吐くと、居心地悪そうに立っているに話し掛けた。




さん、僕達は此処に来る前に長安は斜陽殿から

貴女をこの旅に加えるようにと命令されています。

ですから、明日からは一緒に旅をすることになります。

それでこの街に来れば貴女に会えると言うので、昨日着いたんです。

そこでこの宿の奥さんにお尋ねしたら、貴方が捕まっていることを知りまして

昨夜面会に行きました。

そこからは、さんもご存知の通り事を運びまして現在に至っています。

ここまではお分かりいただけましたか?」

八戒の丁寧な説明に、は首を縦に振って答えた。

「そうですか、では さんの右隣にいるのが・・・・」

「俺っ悟空。孫悟空ってんだ、よろしくな。

昨夜会ったから覚えているよな。」と八戒の紹介を待つまでも無く、

悟空が元気一杯に声をかけた。

そのままの右手を握って、握手のつもりかブンブン振り回す。

人見知りをしない明るい笑顔と態度に、の唇がぎこちなく弧を描いた。




「おいおい、そんなんしたらお嬢ちゃん怖がっちゃうでしょ?

これだからお子ちゃまなお猿は駄目だって言うんだよ。」

何時までもから離れない悟空の襟首を掴んで、

グイッと後から引っ張って離すと悟浄はズズッと自分が悟空の前に出た。

悟空から解放されたのその手を下に落ちる前に手中にする。

「この中で一番に良い男と言えば、この沙悟浄様を置いて他にはいねぇんだからよ。

ま、そんな事は見れば分ると思うけど 一応惚れるんなら俺が

お薦めって事でよろしくちゃん。」

斜に構えて決め台詞と共にウィンクを投げる悟浄を見たの顔色がさっと変わった。

見る見る間に瞳には涙が溢れて頬を伝う。

「悟浄、何を言ったんですか?」

この新しい旅の同行人の世話係とも言うべき八戒が、

特別なオーラを放つ笑みをその秀麗な顔に張り付かせて、悟浄に尋ねた。




そう言われてあわてたのはむしろ悟浄の方だった。

「えっ、ええっ? いやっ俺なんも言ってねぇ〜し。

っつ〜か何で泣いてるかなんて俺に聞くなよ。」

静かに泣いているを前に、悟浄は所在無く立ち尽くしていた。

泣く女には弱いなどと言うのは、一夜の相手を落とす口説き文句だと

八戒はバカにしていたが、まんざら嘘でも無いんですね・・・・と、

改めて悟浄を見てつぶやいてから八戒はに声をかけた。

さん、お疲れなんですから少し横になりましょう。

詳しい話はそれからでも構いませんし、まあ これから嫌と言うほど

一緒にいるんですから、あわてることも無いです、ね?」

が泣きながらも頷いたのを確認すると、八戒は三蔵の方へと向いて

「三蔵、それで構いませんか?」と 尋ねた。

「あぁ。」と短く了承の返事を貰うと、優しく肩を押して隣の部屋へといざなって部屋を出た。