二 藍 2






宿の奥さんについて行くと5分ほどで役所と警察をかねた建物に到着した。

小さい町では1箇所で兼務することはよくある。

入り口の受付で事情を説明すると、土地の者が一緒なためかすんなりと通される。

さらに警察の建物らしき入り口で待つこと数分。

宿の主人を若くしたような風貌の男が呼ばれて出て来た。

奥さんは「これが息子です。」と、悟空と八戒に紹介した。

の担当だと言うその息子にざっと事情を説明すると、

「それはよかった。」と安堵の言葉を吐いて、すぐに牢へと案内してくれた。

廊下を歩きながら「せっかく来て頂いたのですが、牢から出られるのは明日ですね。

上の者の判子がいるんですよ。」と、残念そうに話してくれた。

その辺は三蔵の話しから分っていた事なので、悟空も八戒も落胆する事はなかった。




意外と清潔そうな独房のドアの前で4人は止まった。

「此処に入っている人は、さんというんですが・・・。

何でも私の上司が昔お世話になった方のお子さんだそうです。

身元引受人が現れないだけですから、一応独房に入ってもらっていますが

本当はその必要性が無いので、一番良い独房なんですよ。」

宿の息子は苦笑しながら八戒と悟空に説明をしてくれた。

独房に良い悪いがあるのもどうかと八戒は思ったが、口には出さなかった。

コンコン、とノックをすると中から「はい。」と応えがあった。

さん、私です。

母が夕飯をお持ちしたので、これから入れます。

それから この町で貴方と待ち合わせをしているという方が到着されましたので、

明日には釈放されますよ。良かったですね。」

息子はそう言うと、母親の運んできた食事をトレイに載せると、

ドアの一番下に着いている専用の出し入れ口を、

コトリと押し開いてその中へと差し入れた。

中からも引かれているのだろう、トレイはすんなりと姿を消した。




独房には食事用とは別に上の方に小さいが覗き窓が着いている。

その窓の内側がコンコンと突付かれた。

息子が窓を横へずらして開けると、覗いた顔に微笑が浮かんだ。

八戒と悟空には 中の人物までは見えないが、その声だけは耳に届いた。

「私とこの町で待ち合わせをしている人なんていません。

何かの間違いではないですか?」

女性にしたら少し低めの声かもしれないが、悟空と同じくらいか

声変わり前の少年の声だと聞こえなくも無い判断に困る微妙な声だった。

返事に困ったような息子の様子に、八戒が「僕にお話させてください。」と申し出た。

息子が頷いて覗き窓の前を八戒に譲る。

ドアの外の会話は当然全て聞こえているので、

中のから反対の声は上がらなかった。




八戒は覗き窓から独房の中を覗いた。

真っ直ぐより少し目線を下げた所に、目的の人物の顔を見ることが出来る。

独房の中の暗い照明を背にしているし 髪の毛や汚れでその顔はよく見えない。

しかも 俯き加減に黙っている。

それでも その人物が綺麗な顔立ちをしていることだけは判った。

声から判断したとおり 女性とも少年とも判断のつかない体型と容姿だと八戒は思った。

着ているものは 黒っぽいカンフー服だし、髪は短かった。

いつもの愛想の良い人好きする微笑を顔に上らせて 八戒は自己紹介を始めた。

「初めまして さん。

僕は八戒、猪八戒と言います。

長安・斜陽殿からの命令で、天竺は吠登城へ向かっている旅の途中です。

仲間は全部で4人。

その上からの命令で、この町で貴方と合流し西へ向かうように言われているんです。

明日、こちらへお迎えに来ますから、今夜一晩は此処で我慢して下さい。」

八戒のかいつまんだ説明に、は返事を返してこない。




八戒はそれも無理の無い事だと思った。

いきなり見ず知らずの男を信用しろと言う方が、無理な話しだ。

まして今のの境遇は、独房に入れられている身、

はい、そうですかと 笑顔を向けられる方が八戒も気味悪い。

とにかく明日にと、八戒は今夜はここまでにし立ち去る事にしようと思った。

覗き窓から避けようとすると、横から悟空がその窓に飛びつくように中を覗き込んだ。

「なぁ、俺さ悟空、孫悟空って言うんだ。

お前がなのか?」

その遠慮のない物言いに 俯き加減だったは顔を上げて 覗き窓を見た。

狭い窓を半分に中を覗いている八戒と悟空の目に、の顔が見えた。

廊下の灯りがわずかに入り の顔が薄い灯りに照らされた。

男だったら、男にしておくには惜しいほどのと 慣用句を用いたいほどの美丈夫だ。

三蔵とは種類が違うが、綺麗な顔の青年だと表現していいだろうと八戒は思った。

俗に言う女顔という部類に入るだろう。

女だったら、化粧をして綺麗な衣装を着せてみたいと思うような美しさだ。

飾って毎日眺めてもきっと飽きる事はないだろう。




悟空を見るとどうやら自分と同じようなことを考えているらしい。

ほんのり頬を染めている。

悟空の問に独房の中のなる人物は、「はい、私がです。」と 

怪訝そうながらも答えた。

「今夜一晩、とにかく我慢しろよな。

八戒が言ったみてぇに 明日迎えに来るからさ。

心配しなくっても 俺達悪い奴じぇねぇし、それに もう1人で旅することもねぇからさ。

待ってろよな。」と、にっこり笑顔付きでそう念を押す。

すると、半信半疑ながらもは了解してくれたようで 首を縦に振った。

(敵いませんねぇ。)と八戒は内心苦笑していた。

悟空の言葉や態度には 警戒心の壁を超えて相手に訴えるものがある。

心からのストレートな思いだからだろう。

とにかく 今夜の所はここまでで良いと八戒は判断した。

2人が脇に避けると、待っていたかのように宿の奥さんが、に話しかけた。

自分たちが視界から見えなくなったためか、奥さんとはなにやら話をしている。

奥さんは八戒たちの事を 信用してくれているらしく 助言をしているらしい。

の承諾する声が聞こえて、今夜の内に来ておいて良かったと八戒は思った。




の面会からの帰り道。

悟空がやけに寡黙なことに八戒は首をかしげた。

普段、興味を引かれることに対しては やたらと話題にしたがるし

質問を浴びせるタイプのはずの悟空が、何事かを考えている様子だ。

実際、宿では三蔵を呆れさせるほどに質問攻めにしていた。

悟空のその野性的な嗅覚と第6感的な察知能力は、

旅の同行者である八戒も一目置く所である。

もし 悟空がに対して何か違和感でも持ったのならば、

例えそれが斜陽殿からの命令であったとしても 三蔵は従わない可能性もある。

つまり を旅に同行させないということだ。

それ程に 悟空の感覚は信頼するに足りうる。

(いつもと様子が違うというのは、どういうことでしょうか?

この場合、それを尋ねるべきは僕じゃないでしょうね。)と、八戒は考えた。

多分、自分が黙っていても彼の保護者である三蔵が 気付いて問いただすことは

今までの経験から目に見えているからだった。

宿までの短い道程を、悟空はそのまま帰った。



案の定、宿の部屋に帰るなり 悟空の顔を見て三蔵が手元に呼び寄せた。

「言ってみろ。」

三蔵はいつもと同様に、言葉すくなに悟空を問いただした。

逃げることや隠すことを許さない容赦の無い響きがある。

「・・・・・・・・みてぇな目だった。」

悟空の言葉と様子にいつもだったら必ずからかう悟浄までもが、黙って聞いていた。

「だからなんだ。」

それに対する三蔵の言葉は、至って冷静だった。

「だって、すげぇ怯えた目ぇしてた。

苛められて傷ついた小鳥みてぇに、俺を見てた。

俺、三蔵が反対してもを一緒に連れて行きてぇんだ。

もう、1人でなんて旅させたくねぇ。

きっと 笑ったらすげぇ可愛いに決まってる。

だから いつも笑っていられるように、俺が守ってやりてぇって思った。」

そう言って黙った悟空の頭を、悟浄がワシャワシャと撫で回した。

八戒も自分の心配が杞憂に終わって安堵の息を吐いた。

「惚れて来たのか、一人前に?」と、ようやくからかって場を和ませる。

「ちげぇよ。」悟空は悟浄の手から 頭を庇いながら応戦する様子を見せた。




三蔵は手にしていた新聞をたたんで、懐から取り出した愛煙のマルボロに火をつけると、

がどんな奴だろうと知ったことじゃねぇ、長安から命が下ったんだ明日は会う。

同行させるかどうかは それからだ。」

悟空の言葉にそれだけを言うと、三蔵はいくらも吸っていない煙草の火を消して

今夜のベッドに横になった。

その後姿に何か言いかけた悟空は、だが 口を開こうとしてやめた。

この旅の責任者であり決定権は三蔵にある。

そんな事は今更だ。

三蔵が決定すれば それに従わざるを得ない。

それに あの様子では何を言ってもこれ以上答えてはくれないことは、悟空も知っている。

「三蔵もを見れば 分るのになぁ〜。」

悟空は独り言のように、だがちゃんと三蔵にも聞こえるようにつぶやいた。