逃げないって決めたから。
そう思って、浴室のドアを開けた。
当たり前だけど、照明をつけているから室内は明るい。
身体を洗っていた悠斗が振り返ってとても驚いた顔をしているのも手に取るように見えて、恥ずかしさに拍車がかかる。
タオルで前を隠していてもそんなことは少しも役立たない。
悠斗に背中を向けて、手桶にお湯を汲むと肩から軽くお湯をかける。
湯船にタオルは持ち込まないのがルールだから、背中を向けたままタオルを湯船の縁において、湯船に入って肩まで浸かった。
ずっと無言の悠斗。
私もだけど・・・。
後からシャワーの音がしているから、身体を洗う作業を続行中なのかな。
シャワーの音が止んで、タオルを絞ったり小物を棚に置くような音がして、背後に人の気配。
そう思ったら、水面が揺れて悠斗がお湯に入ってきたのが分かる。
「。」
「・・・・・。」
恥ずかしくて返事さえ出来ない。
「ちゃん?」
両肩に悠斗の手がかかって、そのまま後ろ向きに引き寄せられる。
つかまる物が無い上に、水の中は浮力があるから抵抗が無い。
背中に悠斗の素肌の温もりを感じる。
俯いていると、肩から伸びてきた手が添えられて「顔上げてないと、すぐにのぼせちゃうよ。」と、顔を上げさせられた。
顎にあった手がそのまま私を後へ向かせる。
そこには前を覗き込むようにしている悠斗の顔。
自然に重なる唇。
何度か軽いキスをして離れていく。
「にしては勇気を出したね。
本当に入ってくるとは思わなかったよ。
僕のあの挑発、そんなに効いた?」
そうなんだよね。
この間悠斗が私の部屋に忘れていった雑誌に書いてあった。
男性は女性よりも視覚からの性的刺激を受けやすいって。
だから、男性誌にはグラビアが存在するって。
女性は暗くても感じることが出来るけれど、男性は必ずしもそうではないから、誘惑するなら視覚的効果に訴えるのがいいって言うのを読んだ。
ずっと暗い部屋でしか許さなかったから、それを読んで少なからずショックだった。
追い討ちをかけるように、最近悠斗がベッドに誘ってくれなくなったことに気付いた。
焦った私は、こんな思い切った行動に出ることにしたのだけれど・・・。
何処まで効果があるんだろう。
「悠斗、私のこと嫌いになった?」
「まさか!
そんなことあるわけ無いだろ。
でもさ、恥ずかしがるを暗闇で抱くのもいいんだけど、出来れば感じている顔とか、可愛い胸とか、僕がつけた赤い印も見てみたいんだ。
こうして一緒にお風呂っていうのもいいしね。」
悠斗はウィンク付きでそう言うと、嬉しそうににっこり笑った。
悠斗は腕を私に回してギュッと抱きしめてくれた。
「がこんなに勇気を出してくれたんだから、今は一緒にお風呂に入るだけで我慢するよ。
さあ、ゆっくり入れるように僕があがるね。」
腕を緩めると、悠斗は浴室から出て行った。
「のぼせないうちに出ておいで。」
ドア越しにかけられた言葉に「は〜い。」と返事をして、身体を洗うことにする。
逃げなくて良かった。
石鹸の泡に包まれながら安堵のため息を吐き出した。
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2005.04.20up
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