「嘘つき・・・。」
そう言って駆け出した私の手を、つかもうとした悠斗の手がふわっと触れた。
思わず反射的にその手から逃げてしまった。
それに驚いて振り返った私と、すり抜けてしまった手をどうしようかと一瞬迷った悠斗の視線が交わった。
泣いたら悠斗を困らせる。
そう思ったけど、もう止まりそうになかった涙が瞳から溢れて頬に一本の道を作る。
それを辿るように後から後から溢れてくる。

悠斗から離れようとして駆け出そうとしたけれど、後から伸びた腕に阻まれてそれは叶わなかった。
、泣きながら走ったりしたら危ないから止めて。
頼むから、ちょっと落ち着いて話を聞いて・・・・な。」
耳元で悠斗の必死な声が聞こえた。

それはほんの些細なことだ。
嘘にしても何も困らない程度のこと。
それでも幼い頃からその手の嘘を言うことは、我が家では厳禁だった。
だから、どうしてもその嘘が許せない。
価値観の違い。
そう言って済ましてしまえる位のことだけど・・・。

でも そんな些細なことがとても大切だと思う。
その少しの差が積み重なって溝が深くなり、埋められなくなっていくんだから。
ありのままのな悠斗が好きだと思っているからこそ、無理に合わせてくれなくてもいい。
悠斗が嫌いな食べ物を、私が手料理に出してしまったのが原因だけど、それを無理に食べて『美味しいよ。』と言ってくれたのが、悠斗の嘘だったと知って私はそのことがとても悲しかった。

さっき、友達と一緒に食事をするまでそのことを知らなかった。
『悠斗ってさ、これ嫌いだったよな。』と、指されたもの。
それは、先日のメイン料理の素材だった。
『ん?まあ。』と、言葉を濁しながらそれを認めた悠斗に、その場では何も言わなかった。
人前で言い争いはしたくない。
だから、その帰り道で悠斗にはもう一度確認した。

悠斗がそれを嫌いだからといって、それが嫌なんじゃない。
好みさえ教えてもらえないことが、ショックだった。
まるで、私を内側に入れてくれていないような気がして・・・。
好きなものを教えるのは、誰でも簡単で言いやすい。
でも 嫌いなものを教えるのは自分の弱みを教えることになるから、警戒するし慎重にもなる。
自分からそれを話すのは、相手を選ぶだろうと・・・・。
だったら、私って選ばれなかったって事?
悠斗を責めるのは良くないことだと分かっていても止められない。
背中から抱かれたまま「嘘つき。」と、嗚咽の間に言葉をつむぐ。

、ごめん。
そんなに気にしないで・・・。
正直に言うと、好き嫌いがあるなんて格好悪いと思ってさ。
の前では格好いい男で居たいんだよ。
くだらないと思うかもしれないけれど、男のエゴだって分かっているけど。
の知りたいこと、何でも話すから・・・・もう泣かないで。」
腕が緩んで肩に回ると、前を向かされた。
にじんで見える悠斗の顔は、困って目尻が下がっている。
?」
まだ、声を出せない。
出したら悠斗を責める言葉しか出ないような気がするから。

だから、ただ頷いた。

大事にして私の宝物にするから。
私には悠斗のこと何でも教えて・・・ね。





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2005.04.13up