『もう、間に合わないかと思ってた。
どうしても今日は大学へ行く前に捕まえたいと思ったのよ。
悠斗のことはお見通しなんですからね。
忘れてないでしょうね、約束。』
電話の向こうの姉の声に、僕は唇を噛んだ。

決して忘れていたわけじゃないけれど、との日々があまりに楽しくてそんなに時間が過ぎているとは思わなかった。
部屋のカレンダーを見てみると、と付き合いだしてからかなり日が経っていることを、現実として受け入れざるを得ない状況だ。
「あぁ、大丈夫忘れてないよ。
じゃ、もう出るから切るね。」
受話器を充電器へと戻して、思わず大きく息を吐き出して瞑目した。

そうなんだ、僕には家族と交わした約束がある。
約束したのは家族と言っても、姉の2人だけど。
僕だけが年が離れているので、姉と言うよりもプチ母親2人と言った方がいいくらいだ。
こう言ったらなんだけど、僕は中学・高校と非常にもてた。
大学だって工学部と言う不利な条件でさえ、僕が本気になれば不利な条件になんてことにならないだろう。
ちょっとその辺の道を歩いて、好みの子にでも声をかければ良いんだ。
そしたら、彼女なんてすぐに出来る。
実際にはそんなことしないけど。

出会いを求めて行われる合コンには、サクラとして声をかけられることが多い。
あほらしくて1回も出たことはないけれど。
僕に注目が集まったら、お目当ての子をゲットできないのに。
何を考えているんだか。
そんなことをしなくても、中学でも高校でも女のこの方から声がかかっていたから、合コンなんて必要なかった。
なんとも思ってない子との付き合いが面白かったりするわけがない。
相手は入れ替わり立ち代り。
それこそ「千人切り」とか言われるような付き合いの仕方だった。

で、2人の姉はそんな僕にこう言ったのだ。
『悠斗、このままの付き合い方じゃ、本当の相手なんて一生現れないよ。
万が一、本当に悠斗に好きな相手が現れた時に、こんなくだらない付き合いしか出来ない男に、本気で惚れてくれると思っているの?
本気で好きな女の子に、悠斗の本気を分かってもらえないかもしれないよ。
それでも良いのなら、何も言わないけれど・・・。
もし、少しでも私たちの言葉を聞く気があるのなら、大学入学を機に、女の子との付き合い方は改めた方がいいね。』
上の姉は渋い顔でそう僕に言った。
『悠斗、工学部でしょ?
女の子が少ない学部だから、ちょうど良いじゃない。
それでもし、悠斗が本気で付き合う子が出来たら、私たちに紹介しなさい。
それを約束できるのなら、女の子を追い払うのに協力してあげても良いわ。』
バリバリのキャリアウーマンな下の姉は、ウィンクして言った。

そして、僕はに出会った。
彼女に惹かれて。
彼女に恋をした。
告白をして、気持ちが通じ合って。
恋は愛に名前を変えた。
の優しい眼差しや笑顔。
あの柔らかくてすべらかな肌。
甘い匂いといつまでも耳に残る声。
何もかもが愛しくて、大切にしたいと思わせる。
に出会って初めて、僕は姉たちの言葉に従っておいて良かったと思った。
それまでは、煩いからとりあえず聞いておいたに過ぎない。

そんな訳で、姉たちとの約束どおりにを会わせなければならない。
まあ、昔の貸しを払う時が来たって感じだ。
なら、姉たちも気に入ってくれるだろうと思う。
彼女を嫌う奴なんて早々居ないだろうし、姉たちがに何か言おうものなら僕が許さない。

後は、それをにどう話すかだな・・・と、僕は考えた。





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2005.03.09up