ベビードレス 2



で、あれから2年。
本当にのウェディングドレスを選べるこの日が来た。
最初は「レンタルでいいよ。」と言い張っていただが、それを義姉さんと兄貴が許すはずが無い。
まあ、春野の一人娘が結婚するというのに、ドレスがレンタルと言う事はないだろう。
特に義姉さんは、その思いが強いと思う。
の賛成のおかげで、兄貴と結婚したようなものだったし、入籍だけで済ませようとした2人が、盛大な結婚式を挙げることになったのも、『お母さんの花嫁さんになったところが見たい。』と言った、の可愛い一言が引き金だった。
の相手が誰であろうとも、きっとドレスはオーダーになったに違いない。



あの日の約束どおりに、そのドレスのオーダーに俺の意見も聞かれた。
正直に言おう。
が好きなのを選べば、それでいい。
ん、本当に。
それだけだ。
何とかレースだとか、何とかビーズだとかなんて、どうでもいいんだ。
形だって、マーメードでもエンパイヤでもプリンセスでも、そのドレスが、に似合っていて美しく見せてくれれば、それでいい。
洋の東西を問わず、花嫁というのは美しいものだと決まっている。
その美しい花嫁が着るウェディングドレスが綺麗なものであるのは当たり前だ。
昔は真新しい服やドレスを着ていた時期もあったらしいが、今は白かアイボリーに落ち着いている。
なら、白でもアイボリーでも似合うだろう。
女の子は、小さい頃から夢に描くドレスがあると聞いた事もある。
だったら、その形でいい。
俺にとって重要なのはドレスではなく、と挙式するという事だからだ。



と、心のままに口に出来たらいいのだけれど、そんな事はとても言えそうに無い。
「何でもいいから、ちゃんと答えてやら無きゃ駄目だぞ。」と、兄貴は真剣な瞳で俺に助言をくれた。
義姉さんのドレス選びで、やっぱり意見を求められた兄貴は、うまく言えなくて喧嘩してしまったそうだ。
あの時は、がドレス選びに積極的に参加してくれたおかげで、事なきを得たらしい。
小学生の女の子だから、それも分かる。
で、兄貴の意見よりもの意見でドレスは選ばれたらしい。
に花を持たせる事で、義姉さんの機嫌も直ったと、「今じゃいい思い出だ。」なんて言ってた。
俺たちの場合、そんな緩衝材的な存在は居ないわけで、喧嘩をしてしまったらその衝撃は俺にもろに来る。
子供のころからの長い付き合いだから、機嫌の直し方も心得てはいるが、出来ればそんな事態にはなりたくないものだ。



もそのあたりの俺の性格は理解してくれているようだ。
何冊かのウェディング・ドレスのスタイルブックから、先ずは自分の好みのドレスをスクラップして、「その中から、こんなのがいいなぁって言うのを選んでね。
それと私の好みを混ぜてデザインをおこしてもらうから。」と、スクラップブックを渡してくれた。
どうして数冊のスタイルブックかと分かったかといえば、スクラップしたページのサイズが違う事と、偶然だろうがページナンバーが同じものがあったからだ。
まあ、カラー写真は本の最初の方と相場が決まっている。
ご丁寧にも背表紙には赤ペンが付けてある。
気に入ったものにはチェックをしろということらしい。
これで、分からないと言って逃げられない。
先ずは退路を絶たれた感じだ。
こっちもの事を分かっていると思うくらいは、向こうも俺の事はわかっていると言うことだろう。
自分で仕込んでおいて言うのもなんだが、なかなか手強い女になったと思う。



いつもは書類を見る移動の車の中で、渡されたスクラップブックを広げた。
ざっと目を通してみて思った事は、どれもに着せてみたい、と思った事だ。
モデルの顔をに置き換えて想像してみると、本当にどれも似合いそうだから仕方が無い。
色は当然の事だが、白かアイボリーだ。
だから、色で選ぶわけにも行かない。
微妙な形の違いとか、レースの種類など書いてあるが、違いなど知らない。
ただ、これがいいなと思ったのは、モデルの着けていたティアラだった。
普通というのも知らないけれど、今までに見た事があるのは、前方にだけ金属や貴金属で飾りがあるもので、皇室の妃殿下方が新年祝賀の儀で着けているような形だ。
俺がにつけて欲しいと思ったのは、王様がかぶっているようなクラウン型の小さなものだ。
タレントが着けているのをテレビで見た事がある様な覚えがある。
そのクラウンの髪飾りを、頭の真ん中に置いて、そこからふわっとベールが広がっているのだ。
ドレスはわからないが、これを着けて欲しい。
だって、あれこれと細かいことを言うよりも、1点だけの希望を言ってやったほうが他を選びやすいのではないかと考えた。



ドアを開けてひょこっと顔だけ覗かせたが、「入っていい?」と尋ねた。
いつもは遠慮なんかしないのだが、俺がテーブルにノートPCを広げていた為だろう。
「あぁ、いいよ。」と、開いていたブラウザを閉じた。
別に仕事関係のページを閲覧していたわけではない。
今朝見たクラウンが気になったから、どの位の値段がするものなのか、どんな種類があるのか、とにかく見てみたかった。
「今朝渡したの見てくれた?
まだだったらいいの。
仕事も忙しいと思うし・・・。」
奥歯に物の挟まったような、もじもじとした言葉と態度。
「見たよ。」
俺の一言に、笑顔で顔を上げると「気に入ったのあった?」と、興味津々で尋ねてきた。
「ドレスはどれがいいとか、どれが好きだとか、わからなかったよ。
よく見れば見るほど、だんだんどれも同じに見えてくるし・・・。」
の反応が怖くて、それ以上の言葉を続けられない。



「あぁ、やっぱりそうなんだ。
お義父さんが言ってた通りだね。」
たいして気にしていないようなの言葉に、「えっ?」と逸らせていた顔を向けた。
「うん、気にしないで。
予想はしてたから。
だって、あの時もそうだったから・・・。
お義父さんたちが結婚するのに、ドレスを選んだ時ね、2人がドレスの事でものすごく険悪な雰囲気になってね。
子供心にもうそりゃ必死になったよ。
2人の結婚に私の幸せもかかってたし、もう1人でご飯食べたりしなくていいんだって思ってたからね。
家族が欲しかったんだと思う。
だから、私の好きなドレスのことを話してね、こんなの素敵とか、こういうの着て・・・ってね。
それで、ようやく話が落ち着いて、ドレスが決まったの。
お義父さんが『左近がドレスを選べなくても怒らないでやってくれ』って。
『男にはよくわからないんだよ。ドレスなんかよりも大切なのは、ちゃんと結婚する事だと、左近は思っているはずだから。』って言ってくれたの。
だから、気にしないで。」
おかしそうに笑って説明してくれたが、女神に見えた。



「ドレスは、決められなかったんだけど、気になるものはあったんだ。」
「ほんと?」
「ん。」
「なに?
何が気になったの?
教えて。」
テーブルの上に置いておいたスクラップブックを取り上げ、の間で赤丸をつけたページを広げる。
「これ、このベッドドレスに使われているクラウン。
ドレスはわからないけれど、これをに着けて欲しいんだ。
ネットで探してみたけれど、思ったようなものが無いから、オーダーしようと思ってる。
それに似合うドレスをが選んでくれたらうれしい。」
俺の言葉に、が手を口に当てた。
「どうした?」
「うん、ありがとう左近ちゃん。
私、すごくうれしい。」
その言葉に俺もほっとした。
「おいで。」
広げた腕の中に、の身体が飛び込んでくる。
「思い出に残る式にしような。」
髪に唇を寄せてつぶやけば、コクンと胸元で頷く気配がした。



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2007.03.10up