ベビードレス 1




学生の間は、のことを考えて婚約だけで我慢しようと思っていたのに、俺の決心を鈍らせるような事ばかりが続く。
あのパーティからこっち、何度かと俺は2人して出かけた。
それは、俺たちが兄貴たちの代理ではなく、ちゃんとしたカップルなのだと、公にするために他ならなかった。
学生であるには、平日の夜のパーティはスケジュール的にきつい日もある。
皆が認めてくれれば、週末だけにしようと考えている。
それでも、身綺麗にして隣で微笑んでくれるのは、何にも増して俺の気持ちを浮き立たせてくれる。
パーティがこんなに待ち遠しかった事はない・・・くらいには。
けれども、それも2ヶ月も続くとに疲労の色が出てきた。
学生だから当然学校もあるし、レポートや友人との付き合いもあるだろう。
そう考えると無理もさせられないなぁと、パーティへの出欠席の葉書を見ながらため息が出てしまった。



心配はそればかりではない。
それまでは、あえて代理としてしかを公の場へ出さなかった兄貴夫婦が、彼女を一人前として扱い、個人として公に出した。
つまり、兄貴夫婦と同席する事もある。
それが、独身男性には重要な事として、受け取られているという点だ。
つまり、今までは、義姉さんの代理だから絶対に口説けなかった。
それは、義姉さんを軽く扱う事になる事と、に何かあれば兄貴が黙っていなかったからだ。
だから、挨拶程度しか話しかけてこなかった。
もあえて話そうともしなかった。
けれども、個人で出ているとなれば、話は違う。
きちんと対応しなければ、俺の立場や面子が立たない。
はそう判断しているのだろう。
今までよりも格段に周りに対する愛想が良くなった。
それを狙ってか、俺という婚約者がいると知っていても、を好ましいと思っている独身男性が、声をかけてくる。
それはもう、知り合いから見かけない顔の奴まで・・・。
だから、の学業に支障が出てきていると言う理由で、平日のパーティからは少し遠ざかる事にした。
もちろん、の大学の忙しさも考慮に入れている。
これで少しは、心の平安を保てる日が増える。
きっと、正式に婚約を発表しても、結婚して籍を入れても、不安は消えないだろう。
まったく、大変な競争率の相手を欲したものだ。
我ながら、可笑しくなってしまう。
それでも、あきらめる事も、手放す事もしようとしないのだから・・・。



珍しく、定時に退社する事ができた。
それと言うのも、昨晩の接待のつけが二日酔いという形でやって来て、本日の業務成績が著しく落ちてしまった為、自分で切り上げる事にしたからだ。
こんな日は、無駄にがんばっても効率が悪い。
夕食を家族と一緒に取れると思うと、なぜだか心が温かくなる。
両親を失ってからこっち、兄貴は会社の為に時間をとられていて、たいていの食事を1人でしていたからかもしれない。
が家に来て、2人になるまではずっと1人だった。
もそうだったらしく、2人で囲む食卓をうれしそうにしていたのを覚えている。
車から降りて玄関を入ると、橘が出迎えてくれた。
小さいライバルだけれど、それはを挟んでいる時だけ。
普段は仲の良い叔父と甥だ。
ちゃんは、まだだよ。」と、橘が教えてくれた。
「大学の帰りに、ドレス見てくるんだって。お夕飯までには帰って来るって、お電話があったって。」
持っている限りの情報をちょっと威張って教えてくれる。
俺の知らないのことを、自分が知っているのがうれしいらしい。
天使の輪が浮かぶ髪を撫でて、「ありがとう。」と礼を言った。



部屋に入ってネクタイをゆるめる。
が家にいなくて少々落胆したものの、一緒に夕食を取れると知って、今夜はゆっくり出来ると思った。
知らず、口角が上がってしまう。
カジュアルだけれど肩のこらない家着に着替えて部屋を出る。
1人でテレビを見ているだろう橘の相手でもするかと、階下へと階段を降りた。
は、とにかく橘に甘い。
自分が幼い頃に、寂しい思いをしたせいだろう。
義姉さんが橘の小学校進学と同時に、フルタイムでの勤めを再開した事で、寂しくないように気を配ってもいる。
優しい姉だ。
自分が感じてきた痛みをちゃんと今に生かしている。
そういう女性にが育ってくれた事は、本当にうれしい。
そして、そんな彼女を自分の妻にと約束している事は、値千金だと俺は思う。
人間、最後のところでは精神力が物を言う。
企業間のつながりや釣り合いだけを見て決めた相手では、最後のところで何も力にはならないと思う。
だからこそ、兄貴は義姉さんを選んだんだろうと思っている。



帰宅したと橘と俺とで食卓を囲んだ。
兄貴たちは、俺たちが居るというので久しぶりに2人でデートらしい。
家族や会社が優先で、夫婦らしい事がなかなか出来ない2人だ。
たまにはいいだろう・・・と、思う。
即席親子のような雰囲気に、将来への夢をはせる。
こんな風に俺とと子供とで、食事をするのはきっと幸せだろう。
亡くしてしまった幸せな情景。
俺もも焦がれるほど欲しかったもの。
それを、2人で作っていける。
無くさないように、壊さないようにしたいと思った。
きっと、もそう思ってくれていると思う。
それは、兄貴も義姉さんも同じ。



「で、どんなドレスを買ったんだ?」
兄貴たちが帰ってきたので、お守りをお役ごめんになり、俺の部屋でと2人になってから尋ねてみた。
「今見せちゃったら、つまんないから見せない。」
ツンと可愛い唇を尖らせて、そんな憎まれ口を利く。
小さい頃からそばにいたせいか、その位じゃ腹も立たない。
反抗とも思えない。
視線をそらせて横に向いてしまったの、その唇に横から触れるだけのキスをしてやって、そのまま身体に腕を回した。
こっちを見ないようにしているけれど、腕の中から出ようとはしない。
そんなところが、可愛くてたまらない。
「そんな事言わないで、見せてくれてもいいだろ。出かけた時は、挨拶とか話しとかしなくちゃならないから、ドレスをゆっくり見てられないんだ。
だから・・・な?」
俺の言葉に、腕の中のがクスクスと笑う。
何でそうなるかな?
結構いい感じで口説いているはずなのに。
それとも、口説いているつもりで、ジョークと受け取られているのか?
天下の春野の専務ともあろう俺が、こんな可愛い女の子に振り回されていると知ったら、取引相手はなんと思うだろう。
相当、いかれていると思われるだろうと、我ながら可笑しくなった。



「やっぱり、駄目。
左近ちゃんはそう言うけれど、それは私も同じだよ。左近ちゃんは私に対して過保護すぎだよ?それに、何でも知りたがるし・・・。少しくらいの秘密は、許してくれてもいいじゃない。」
ついこの間までは、可愛い女の子だったと思うのに、もう、一人前の女の口を利く。
俺の手で女の子から女にしておいて、言えた台詞じゃないか。
「ん、わかった。じゃ、ドレスに関しては1つだけ約束して。」
「いいけど。」
「ウェディングドレスを選ぶときには、俺の意見も取り入れるって。他のドレスについては我慢するからさ。」
「はぁー、本当に・・・。」
俺が勝った瞬間。
「でも、へんなの選ばないでね。」
「信用無いなぁ。にピッタリのを選ぶに決まっているじゃないか。俺の大事な花嫁なんだから。」
微笑んで頷いてくれたの額に、軽いキスを落とす。
まだ、具体的な話は進んでいないけれど、その日が来る事は間違いが無い。
に似合いそうなドレスを思い浮かべて、腕の中のの温かみに幸せを感じた。




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2007.02.20up