ベビーリング 3
お義父さんの言う事は分かる。
私だって、暮らし始めた最初の頃は、左近ちゃんを世話好きで優しいお兄さんとしか思っていなかった。
子供だったし・・・。
だから、左近ちゃんが最初から私を女性として好きだったとは思わない。
それだったら、ロリータコンプレックスになってしまう。
じゃ、私をそういう目で見る前は、左近ちゃんには他に好きな人が居たんだろうか。
中学生や高校生時代の左近ちゃんに、好きな人くらいいて当然だと思う。
年齢から言って、いないほうがおかしい。
だから、私と付き合う前には、ちゃんと彼女もいただろう。
今、私以外の女性がいなければそれでいい。
そう思わなければ、爆発してしまいそうになる。
「今までに女性経験が無かったなんていわないよ。
それはちゃんも知っているだろう?
男として言わせてもらえば、ここまで惚れた女がいて、それこそ毎日会って姿を見て、一つ屋根の下に住んでいるのに、ちゃんが20歳までは左近は叔父として徹していただろ?
良く我慢したなぁとは思うよ。
だから、少なくてもそれ以前の女性関係は許してやって欲しいんだ。」
お義父さんの言葉に、黙って頷いた。
「ちゃんもそこのところは分かっているんだと思うんだ。それでも、何か気になっているんだよね。
だったら、左近に確かめるといいよ。あいつは、真正面からぶつかって欲しいと思っていると思うよ。
聞くのが辛いような事でも、嫌いになりそうなことでも、これからいくらでもあるかもしれないことだからね。
人間だからね、間違いも犯すだろうし・・・。
そのたびに、2人には愛を確かめ合って欲しいし、乗り越えていって欲しいと思うから。
人の噂や落とし穴に落ちることなく、誤解や思い違いですれ違わないように、2人がよく話し合う事が大切だと思うんだ。」
お義父さんがにっこりと笑顔を向けてくれたところで、ソファから立ち上がった。
「うん、そうしてみる。ありがとう。」
「もし、左近が話し合う事を拒んだら、指輪を返すといい。向き合って話し合えない男なら、ちゃんを渡すわけには行かないからね。左近よりももっと素敵な男性を、探してあげるよ。」
茶目っ気たっぷりにそんな事を言うから、こちらまで笑顔になってしまう。
お義父さんのこの明るさにお母さんは惚れたんだろうし、2人はよく話し合うから私や橘は幸せな家庭に育てられているんだと、感謝の気持ちが湧いた。
書斎を引き上げて廊下へ出たところへ、左近ちゃんが帰ってきた。
「お、おかえりなさい。」
「ただいま。」
靴を脱いだところで、少し立ち止まる。
「なぁ、なんか話があるんだろ?昨夜からなんだか様子がおかしいよな。なんかさ、この辺で赤色灯がクルクル回ってるんだよ。やばいって感じがゾクゾク来てるし。」
軽く言ってはいるけれど、目はマジだ。
右手で額の前辺りで指をクルクルと回して見せた。
クスッと笑いが漏れる。
「それに、家に着いたと思ったら、目の前に立ってるし。今、書斎から出てきたんだよな。兄貴と何を話してたんだ?」
グイッと私に迫る勢いでそばに来ると、顔を覗きこむ。
探ってくるような目から視線を逸らさない。
ううん、むしろグッとこっちからにらんでやった。
「ほほぅ、その目、いいねぇ。益々、話し合う必要がありそうだな。風呂に入ったら、の部屋に行くからな。逃げずに待ってろよ。」
その言葉に、にらんだまま頷いた。
うん、左近ちゃんはちゃんと私の様子に気づいてくれていたんだ。
階段を上がっていく後姿を見送りながら、嬉しさに唇端がゆるんでしまう。
けれど、決戦はこれからだ。
どうやって攻めるかが問題。
お義父さんの言葉を借りれば、正面突破が最良の方法。
私もそれがいいと思った。
下手な小細工は、左近ちゃんには通じない。
そんなことする位なら、あたって砕けた方がましだ。
お茶の用意をして左近ちゃんが来るのを待った。
アルコールも考えたけれど、感情が高ぶる話になると思い止めておいた。
しばらくするとノックがして左近ちゃんがドアの隙間から顔を出した。
手にはスポーツ飲料のペットボトルを持っている。
いつもだったらビールの缶だ。
左近ちゃんも同じ事を考えたかもしれない。
「座って。」
私は勉強机用の椅子に座ることにして、左近ちゃんにはテレビ用に置いているラブソファをすすめた。
「で、早速だけどの話を聞こうか。」
ペットボトルを手の中でもてあそびながら、左近ちゃんが口火を切った。
「私も正直に尋ねるから、左近ちゃんも正直に答えて欲しいの。」
そう前置きして左近ちゃんを見る。
「宣誓が必要か?」
それには首を横に振る。
「いらない、信用しているから。」
「サンキュ。」
ほっとしたように左近ちゃんが笑う。
なんだか痛い笑顔ってこういうのかもしれない・・・と、思った。
どう切り出そうかと言葉を捜す。
左近ちゃんは、じっと待っているという感じで私を見てる。
この話をしたら、私達の関係は駄目になるかもしれない。
けれども、これを気にしながら一生左近ちゃんのそばに居る事は、私にはできそうにない。
だったら、ここは勇気を出して尋ねてみよう。
口内に溜まった唾液を飲んで、息を吸った。
「パーティであった安住さんとはどんな関係なの?ただの友達とか、言わないでね。私は確かにまだ子供かもしれない。
けれど、左近ちゃんだけを見つめてきたの。
だから、安住さんを見た左近ちゃんの顔に何かの思いが浮かんだのは、確信が持てると思ってる。
お願いだから、ごまかさないで教えて。じゃないと、左近ちゃんとは一緒にいられない。」
左近ちゃんから目を逸らさないで言った。
「・・・。」
「そう、私はついこの間まで子供だった。左近ちゃんが私の事を好きでも何も出来なかった事はわかるの。
年齢的にOKになるまでは、他の人とも付き合っただろうし、好きな人が居たかもしれないことは、覚悟してる。
だから、・・・」
「、相手のこともあるし詳しくは言えない。確かにに本気になるまでは、それなりに女もいたさ。それは認めるよ。
だけどな、が高校を卒業してからこっち2年以上は誰もいない。本当にだけだ。浮気でもつまみ食いもしてないし、その手の女も抱いてない。婚約した事を公表したから、今までの女やその関係者が何か言ってくるかもしれない。
でも、は俺を信じて堂々としていて欲しいんだ。」
左近ちゃんは苦しそうな顔で、私を見た。
「本当に、信じていいのね?」
「あぁ、大丈夫だ。いい加減な気持ちで、兄貴の可愛い娘や橘の大事なお姉ちゃんに手を出すかよ。」
「うん。」
椅子から飛び降りるように左近ちゃんの胸に飛び込んだ。
「そう、こうして頼って信用していてくれ、な。にさえ信用されていれば、俺は他の女に信用されなくてもいいから。
もう、俺には以外に愛する女はいないんだよ。」
胸にうずめた耳元に、左近ちゃんの声が囁かれる。
「私だけ?」
「あぁ、だけだ。」
左近ちゃんの言葉に心の中にあった黒い塊が解けていくように感じた。
パーティで言われたことは、過去には本当の事があったかもしれない。
けれども、今現在は私だけだと言ってくれる左近ちゃんの言葉を、信じようと、信じたいと思った。
「過去の事は仕方がないと思うし、我慢してあげる。
でも、これから先、もしも浮気なんかしたら、許してあげないよ。婚約破棄や離婚ぐらいじゃ終わらせてあげないんだから。」
ちょっと声高に宣言しておく。
「それは怖いな。そのリングにかけて約束するよ。」
左近ちゃんは、そう言って小さなリングのはまっている小指に、左近ちゃんのそれを絡めて約束してくれた。
(C)Copyright toko. All rights reserved.
2006.12.20up
|