ベビーサークル 1
左近ちゃんの楽観的な予想は外れて、意外と長い間隠れ家だと言うマンションに住むことになった。
だから、内装やインテリアを考えることは順調に進んだし、時間をかけてそれを楽しむことも出来た。
私の希望したインテリアは、シノワズリーだ。
略してシノワなんていう人も居る。
主にフランスあたりの裕福な家庭で見られるインテリアで、西洋美術における中国趣味のことだ。
小物に中国のテイストを入れた西洋インテリア。
和洋折衷ならぬ中洋折衷と言ったところかな。
部屋ごとにテーマカラーを決めて、それに合う家具や小物を揃える。
とても楽しい時間が持てた。
パジャマの上に羽織るローブなども中国テイストのものを買ってみた。
もちろん、左近ちゃんのもお揃いだ。
朝、目が覚めると、私の隣には左近ちゃんが眠っている。
目が覚めて最初に、一番好きな人を見られるって、とっても幸せなことだと思った。
家では、両親と橘に遠慮して叔父と姪の関係に徹している。
そう、家の中では恋人にはならない。
いずれ、正式に婚約するか、結婚すれば別だと思うけれど、未成年のうちは籍を抜かないという両親の決定で、恋人としていられるのは、家の外だけだ。
それでも、口約束とはいえ、私たちは婚約していると思っている。
多分、両親だって同じ思いだろう。
だからこそ、私の身柄を左近ちゃんに預けても大丈夫だと思っているはず。
左近ちゃんが、私の安全と学生生活を最優先に考えて、守ってくれると信じているのだ。
だから左近ちゃんは、日に何度も電話やメールをくれる。
『今何処にいる?』
『今何をしてる?』
きっと短文は登録しているに違いない。
他の事は安全だけれど、学校からの帰り道に気を使う。
家に電話を入れれば、門の前に記者がいると言われるので、左近ちゃんのマンションに向かう。
けれども、学校に記者が張っていないとは限らない。
閑静な住宅街の家の前やマンションの前とは違って、大学の構内や通用門の辺りには、たくさん人が居るから。
もし、記者が居ても誰がそうなのかは分からない。
それこそ、友人に協力してもらって、尾行していそうな人は居ないか注意を払ってもらっている。
それにしても、どうしてこんなことになったのか・・・。
本当に嫌になる。
数年前に皇太子様が結婚するまでは、そのお妃候補と呼ばれる女性のことが、国民の最大関心事だったこともあった。
だから、その過熱する報道のフィーバー振りは、関心の無いものには滑稽に映るほどだった。
決まってしまえば、候補だと言われ噂された女性たちは、記憶にも残らないというのに・・・。
その時は、この人がそうじゃないかと誰かが言えば、一躍その女性が取材の対象になる。
きっと大変だっただろうなぁと、ため息が出た。
それがわが身に降りかかろうとは、考えもしなかった。
その夜。
お義父さんから電話があった。
『取材してきた雑誌の会社には、未成年だと言うことと、これと言った確証や証拠も無いのに騒がれることは不本意だと、クレームをつけておいたよ。』
「ありがとう。迷惑掛けちゃってごめんなさい。だいたい、私が候補と呼ばれるなんて、おかしいことに気づいて欲しいよね。」
『ん、まったくだな。ああいう連中はしつこいからね、もう少しそちらで様子を見ることにしよう。こっちは皆変わりないから、心配要らないよ。あぁ、だけど、橘が毎日うるさいよ。お姉ちゃんが帰って来ないって、ね。』
「明日の夕方にでも橘に電話しておくね。」
『あぁ、頼むよ。じゃあ、身体に気をつけるんだよ。』
「はい、おやすみなさい。」
受話器を置いた私は、なんだか切なくなった。
こんなに家から離れていたことは無いから、もしかしたら軽いホームシックになっているのかもしれない。
左近ちゃんと一緒に居られることはとてもうれしい。
それも恋人として一緒に暮らしているんだから、なおさらだ。
それなのに、お義父さんやお母さん、橘やみんなの顔が思い浮かんで、電話の前から動けない。
動いたら涙がこぼれそうな気がする。
理不尽な理由で家族と会えないというのは、旅行や何かの理由で会えないのとは全然違うのだと、改めて思った。
ふわりと空気が動いて、後ろから大きく暖かいもので包まれた。
「どうした?」
耳元で左近ちゃんが、囁くように問いかけてくれる。
「ん、ちょっとホームシック・・・かも。」
「俺だけじゃ駄目か?」
「ううん、そういうのとは違うの。なんて言うのかな?望んで離れたとか、出てきたんじゃないから・・・かな。左近ちゃんだけじゃ寂しいとか、嫌だとかじゃないの。引き離された感じがしているからかもしれない。」
胸の前で組まれた手の上に、私の両手を乗せて、そのままぎゅっと抱きしめた。
「あぁ、そうかもな。兄貴が橘が大変だって言ってたもんな。朝学校へ行く前は普通だったのに、学校から帰ってきたらが居ないだろ。しかも当分帰ってこないって聞かされて・・・。なだめるのに相当苦労したらしいぞ。橘が暇そうな時間に電話してやって。から話を聞けば、落ち着くだろうから。」
珍しく橘を庇う左近ちゃんに、なんだか可笑しくなる。
「左近ちゃんったら、どうかしたの?いつもは私が橘と仲良くするのを、面白くなさそうなのに。」
「まあな。だけど、ライバルに塩を贈ることになっても、橘には元気で居て欲しいじゃん。あいつに誰か好きな人ができるまでの事だろうし、そうでなくても異父兄弟なんだから、何も望めないんだ。橘はどうがんばっても、にとって男じゃないだろ?ま、俺だけしか許さないけどな。」
うなじに唇をつけながら、左近ちゃんがつぶやく。
「うん。ありがと。明日にでも橘には電話してみる。」
左近ちゃんの腕の中で、くるっと回って向かい合わせになる。
「左近ちゃん、優しいね。」
「だろ?」
「うん。」
「だったら、そんな優しい俺にはご褒美くれるよな?」
肩甲骨の辺りにあった左近ちゃんの腕が、腰に辺りに下がって引き寄せられた。
「感謝だけじゃ駄目なの?」
「駄目って言うか、俺が欲しいって言ってんの。はそのまま何もしなくてもいいから・・・。」
腰にあった手が、上着のすそから中へと忍び込んでくる。
背中をすぅーっと撫で上げながら、ブラまで這い上がると、
器用にホックを外した。
「左近ちゃん。」
とがめる様な声音で、呼びかける。
「ん、なんだ?」
左近ちゃんの手で彼に押し付けられる。
もう逃げられない。
でも、せめてもの抵抗に手が前に回るのを、脇をしめて防ごうとしてみた。
「そんな事しちゃ駄目だろ・・・。しょうがないな。・・・っと。」
子供のようにぐっと抱き上げられて、移動する。
何処に向かうのかはもう分かっている。
左近ちゃんのベッドの上に決まっている。
もちろん私のベッドでもあるけれど・・・。
毎晩のように左近ちゃんは私を抱く。
何もしなくても抱きしめて眠るから、文字通りの意味も含まれている。
でも、どうやら今夜は違うみたい。
「誰よりもの近くに行きたいんだ。だから、俺を受け入れて。」
耳元で熱く囁かれて、体中を撫でられる。
「んっ、あっ・・・。」
思わず声が漏れてしまう。
「そう、そのまま感じて・・・。」
胸の辺りから左近ちゃんの声がする。
それと同時に身体の奥が疼くような刺激が与えられた。
左近ちゃん曰く『身も心ものもの』だと言ってくれるのに、もっともっと・・・と、左近ちゃんの全てを求める。
自分の貪欲さに呆れながら、それでもそれを止められないと思った。
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2006.06.10up
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