ベビーカステラ 2




ローブに包まれた身体は、温かく柔らかい。
けれどもその感触とは反対に、動きや対応はギクシャクとしている。
緊張するなと言う方が無理だろうと思う。
幼い頃から俺を慕ってくれたから、ハグや抱っこも日常茶飯事だ。
普通の叔父と姪では信じられないほど、俺とはスキンシップしている方だ。
何も今更緊張する必要はない。
慣れているはずなのに、いままでのそれとは全てが違うのだと、の体が俺に伝えてくる。
これは、叔父と姪の仲が良い戯れじゃない。
男と女が愛し合うためのプロローグに過ぎない。
そして、これから今までに感じた事のないほど、お互いを自分の中に受け入れて、心も身体も開放して愛し合う。
その為の一歩。



「そんなに緊張するなよ。俺にまで伝染して来そうだ。」
そう茶化してみる。
彼女の頭をそっと自分の胸へと導く。
大人しくされるがままに、は俺の胸に耳を寄せた。
綺麗な瞳を閉じてじっと俺の鼓動を聞いている。
どの位早いかなんて分からないが、いつもより絶対に早い事だけは確信している。
言葉にしなくても俺の気持ちが伝わるだろう。
焦がれて、焦がれて、恋焦がれた女を抱ける。
本当に好きな女の前では、こんなものだと思う。
そういう点では、俺と甥の橘は良い勝負だ。
ただ、歳を重ねた分だけ、虚勢や擬態をする事が上手になっただけだ。
だから、落ち着いて見えるようでも、そうではない。
「左近ちゃんの鼓動、いつもよりも早いかも。」胸から耳を離して、俺を見上げると「同じで安心した。」と、はにっこりと笑ってくれた。
微笑んだ事でこちらも少し肩から力が抜けた。



「此処まで来てなんだけど、いいのか?」
最終確認のつもりでそう尋ねた。
「この部屋やレストランを予約してたって事は、その気でいるんでしょ?本当は私も予約しようと思ってた。でも、さすがに女の子がそれをするのは・・・・・。」
「ごめん。こんな質問するんじゃなかった。もう聞かない。」
「そうして。」
頬を染めて話すの言葉を、俺は途中で切った。
こんな事、普通は尋ねないのに・・・・。
やっぱり、いつもの俺とは違うなぁと感じる。
適当に扱ってもいい女と、ワンナイト・ラブを気取ってきたせいか、こうも本気になっている相手だと上手く行かない。
このままで居るのももちろんいいが、それじゃ満足できない。



上に乗せていたの身体を横に下ろした。
お互いが向かい合うように横になって、顔を見合わせる。
手を伸ばして、の手とつないだ。
握り返してくれるのが嬉しい。
目が慣れてきたせいで、薄暗闇でもどんな表情をしているのか分かる。
恥ずかしそうに少し微笑んでくれているのを見て、大丈夫だなって感じた。
「俺さ、最初にこの気持ちに気づいた時、正直に言ってヤバイなって思ったんだよ。だってそうだろ?相手は8つも年下で、おまけに兄貴の嫁さんの連れ子だ。戸籍の問題もあるし、何より父親代理のようにして接してきたからな。ひょっとしたら兄貴よりも俺の方がの事を知っているだろうし、一緒にいる時間も長い。だから父性愛を、間違えてるんじゃないかと思ったわけ。でも、これが違ったんだよなぁ。」
此処まで一気に話してから、の顔を見た。



「私だって、いけないことをしている気になってたよ。」
困ったような微笑を浮かべて、その可愛い額を俺の胸にコツンと当てて来た。
体の下になっている腕をの頭の下をくぐらせて腕枕にし、そのまま肩を抱いた。
「この間、見合いの話が来たろ?が誰かのものになるのかと思ったら、もう我慢が出来なかった。兄貴に勘当されてもいいと思ったし、義姉さんにどう思われてもいいから、が欲しいと思った。いざとなったら、恋の逃避行でもするか・・・・ってな。」
胸元でクスクスと笑いが起こって、その振動が伝わる。
その幸せな波動に、不覚にも切なくなってしまう。
「それを覚悟して、2人に話をして交際の許しをもらったんだ。もう俺、他の誰かを欲しいなんて言わない位の気持ちな訳。だから、を俺に頂戴。」
つないでいた手を離して、の華奢な身体を両腕で抱きしめた。



少し身体を下にずらして、の正面に顔を持っていく。
視線を絡めたままで顔を近づけると、恥ずかしげに瞼が閉じられた。
触れた唇は、少し震えているように感じた。
それがなのか俺のものなのか分からない。
きっと2人ともこの瞬間を忘れないだろう。
これからもっと忘れられない事をするんだが。
何度か啄ばむようにキスをして、舌でそっと彼女の唇を舐めた。
甘く感じるのは心で感じている証拠。
唇上で横に何度も舌を動かすと、慣れないはその戸惑いにわずかに口を開いた。
その隙を逃さずに、そっと舌を入れてやる。
の喉の奥から、驚いたような困ったような「うっ・・・」と、声が漏れて響が伝わってきた。
歯列の上と下を順番に舐めてやる。
そろそろ息が苦しくなってくるはずだ。
呼吸のために白く硬い扉が開かれる。
それを待って、口内にそろりと差し入れた。
閉じていた瞼が開いて、綺麗な瞳が俺の視界に現れた。
胸に添えられていた手と腕に力が入って、が俺から離れようともがき始める。



「うぅ〜。」
声にならない声を出して首を振る
まだ物足りないが、仕方なく舌を引いてキスを止めてやった。
「左近ちゃんのバカ。」
途端に容赦のない言葉が吐き出されてくる。
肩で息をして頬を染めている。
その辺が馴れ親しんだ者への対応だから、なんだかおかしい。
「バカはないだろ・・・・バカは。」
「だって。」
「ん〜まあ、分からなくもないがな。
でも、これからもっとすごい事をしようと言うのに、この位でそんなに怒るなよ。
それとも此処で止めておくか?」
わずかに涙で潤んだ瞳で睨んだって少しも怖くなんかない。
むしろその瞳に胸がキュンとなるくらいだ。
ある意味悩殺されている。
「俺、これ以上のことやが想像つかないようなことする自信があるよ。それこそいやらしくて、エッチな事。俺だけが悪いって言うんなら、もう止める。だいたい、俺にそういう事させる気を起こして、誘っているのは誰だ?だろう?此処からの関係は、俺との2人の責任なんだ。愛し合うのは1人じゃ出来ないからな。MakeLoveって言うだろ?2人で作るんだ。俺だけが望んでいるなんて、むなしくなるじゃないか。」
別に怒っているわけじゃないけれど、寝そべったままに背を向けた。



背中での動きや息遣いを伺う。
ベッドの上を何かが移動するようなスプリングの軋みと布の擦れる音。
背中にふわっと何かが寄り添う感触。
それがに他ならない事は分かっているけれど、このまま駄目になる事もありえただけに、ほっとした。
「左近ちゃん、こっちを向いて。」
後ろから聞こえてくるの言葉は、雨が降り出しそうな気配。
泣かれるのは本意でないだけに、少し焦って寝返りを打った。
抱きしめたい所をぐっと堪える。
の気持ちが俺と同じなんだって確認する為にこうするんだから。心も身体も向き合いたいんだ。恥ずかしい事なんかないから。照れ隠しに怒ったり、怒鳴ったりはしないの。俺さ、掛け値なしでが欲しくてしょうがないんだ。他の時には多少の駆け引きや言葉遊びもいいけど、とにかく今はそんなもの欲しくないよ。
だけ・・・・。」
少し身体を起こして俺を見ていたが、身を投げ出すように俺の胸にしがみ付いて来た。
「左近ちゃん。」
「ん、分かってくれたか?」
「うん。」
「素直でよろしい。」
それでようやくの背中に腕を回して、もう一度抱きしめた。



普通の女だったら、きっと俺の方がキレて部屋を出て行っているところだ。
に対してだけは、昔から気が長かったのを思い出して、思わず口角が上がった。





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2005.10.26up