ベビーフード 3




銀座から車で移動してきたのは新宿。
都庁の横にある高層ビルのホテルだった。
「予約時間までは少しあるな。少し歩くか。」
駐車場からホテルの中のショッピングアーケードを2人で歩く。
「ここに入ろうか。」
左近ちゃんが私を誘ったのは、突然の宿泊者のための日用品を売る店。
買い物用のバスケットを持つと、男物の靴下に下着をポイッと放り込んだ。
も要る物を入れな。」
「えっ?」
「夕食にアルコールを飲むと車を回せないからな。今夜は此処に泊まるぞ。
兄貴たちには俺が電話するから、大丈夫だ。
この店は隣のランジェリーショップとつながっているから、あっちでゆっくりと好きなもの選んで来いよ。値段は気にしなくていいからな。気に入ったのがあれば色ちがいを買っても良いし。」
そういう左近ちゃんに肩を押されて、私は隣の店に入った。



輸入物のランジェリーも置いているというだけあって、素敵なデザインと色使いにうっとりしてしまう。
20代後半の店員さんが親身になって相手をしてくれた。
「あの失礼ですが、もし今夜が記念日になるのなら、こんなのはいかがでしょうか?」
コーナーが違う所からもて来てくれたそのセットは、どう見ても花嫁さんがつけるそれ。
白にふんだんのレース使いで、小さいリボンにはサムシングブルー。
「色違いでこんなのもあるんです。」
さらに見せてくれたのは、ベビーブルーに白いレースのセット。
まさか、そんなことにはならないと思いつつ、それでも綺麗なものに弱いのが女心。
店員さんには、あれは叔父です。
そう説明をして誤解を解いたけれど、見せてもらったものが気に入ったからと、両方のセットでサイズを整えてもらった。
バスローブがあるだろうし、1人で眠るのだからパジャマは要らないだろう。
明日のストッキングを入れて買い物を終わらせた。



ショッパーを2つ手にして左近ちゃんが私の隣を歩く。
まるで買い物に彼氏をつき合わせているみたいでちょっと気分が良い。
なんだかそれだけで気分が上向いた。
叔父とは言え左近ちゃんと夕食を取り、アルコールが入るからと外泊する。
説明や責任は確かに左近ちゃんにあるのかもしれないけれど、私だって成人している。
心にやましい事が無くても、気鬱だった。
最初で最後なら、この位のことは良い思い出になる。
左近ちゃんに引っ張られて次の店に入りながら、そう思った。
車でのひざ掛けについてお小言を言ったせいだろうか、その婦人服のブティックで、刺繍の入ったパシュミナを買ってくれた。
「夜になったら少し冷えるかもしれないから、寒かったらそれを肩にかけるんだよ。女の子はおしゃれのために薄着をしてるからな。」
場数を踏んでいるんだろうと思わせる台詞。
何も言わなくても気を利かせてくれるのは嬉しいけれど、何人もの女の人の影がちらついて、ちょっと悲しくなる。



夕食はフレンチのコース。
左近ちゃんのリザーブだからもちろん高級で有名な店なのだろうと思う。
個室だから、サーブされる時以外は2人きり。
窓からの夜景を見ながらゆっくりと食事を味わう。
例えこのまま左近ちゃんとは何もないままに、それぞれに配偶者が出来て子供を持って、叔父と姪のままで一生を終わるとしても、このデートは大切なモノになると思った。
私が望んだ以上の事が起こっているのだから。
今後、チャンスがあったとしても、デートはしない。
左近ちゃんへの想いを引きずるのは良くないと思うから。
今夜を転機に左近ちゃんから離れて行かなければならないと、甘いワインを味わいながら決心した。



「どうした? なんだかいつもより静かだな。」
「大人の女は、煩くしないものでしょう?
それに、こんな素敵な夜景と料理の前では、何も言わない方が良いと思って。
左近ちゃんは女の人を口説くのにこういう所へ食事に来るの?」
こんな質問をして、自分を追い込むことになるのは分かっていいる。
けれど、左近ちゃんをあきらめる為にも聞いておこうと思った。
私なんて眼中に入らないと、自覚する為に。
今夜はとことん自虐的になってやろうと決めた。
「いや、ここには連れて来た事はないと思う。来たとしても個室は取らないだろうな。そんな必要もないだろうし。
との時間を誰にも邪魔されたくないからだよ。」
食後のコーヒーを飲みながらウィンクを飛ばす左近ちゃんは、子供相手のリップサービスに余念がない。
「嘘、本当はこんな子供と一緒の所を、誰にも見られたくないんでしょ?無理しなくても良いって。」
いつもの叔父と姪の戯れに聞こえるように、少し拗ねたように言ってみる。



コトリとカップをソーサーに置いた左近ちゃんが、私を見て急に真顔になった。
「いいや、実はこれから大事な話があるんだよ。
だから、個室を頼んだんだ。」
ぐいっとこちらに上半身を傾けると、テーブルの上に会った私の手が大きな左近ちゃんのもので包み込まれた。
本当は手を引き抜かなきゃいけないのに、なぜだかそれが出来ない。
左近ちゃんの笑っていない瞳に見つめられて、私は動けなくなっていた。
上から包んでいただけの左近ちゃんの手が、私の手の下にもぐって優しく握りこむ。
そして甲の上を親指で撫でられるのを感じる。
「大事な話って?」
ようやく問いかけた私の声は、予想にたがわず掠れていた。
、今日から叔父と姪をやめよう。
に俺の恋人になって欲しい。」
左近ちゃんはそう言うと、私の手を口元に持って行って手の平にキスを落とした。
そのくすぐったいようなキスに、思わず手を引こうとした。
途端に、左近ちゃんの手に力が入ってそれを阻む。



が嫌なら、2度とこんな事を言って困らせないと約束する。今までどおりに、優しくて頼りになる叔父さんのままでいるから。
だから、の本当の気持ちを聞かせて欲しい。兄貴と義姉さんには許可をもらっているんだ。反対はされてないから、心配しなくてもいい。
2人にはの気持ちを最優先させるように念を押されたけどな。
家族や叔父と姪の関係が壊れるかもしれないと思っても、それでもとの未来が欲しくなったんだ。
俺の事どう思ってる?
男として見ることは出来ないか?
今はどうも思ってなくてもいい、だけど・・・・もし・・・・可能性があるなら、男として俺の事を見て欲しい。」
左近ちゃんの言葉に身体は金縛りにあったように動かないけれど、目の奥が熱くなってジワリと何かがこみ上げてくる。
私を見ている左近ちゃんがゆらりと歪んで見えた。
頬を雫が伝って落ちるのを感じて、私は自分が泣いているんだと分かった。



左近ちゃんに捕らえられた利き手の右手は、そのまま彼の頬に彼の手によって押し当てられている。
動かないままの私に、左近ちゃんは空いている手で頬を優しく拭ってくれた。
、何か言って?」
焦れているのか、左近ちゃんが私に答えを求めてきた。
何て言えばいいのかが分からない。
答えはもちろん『イエス』なんだけど、どう言えばそれが左近ちゃんに伝わるのだろう。
「嫌か?」
覗き込むように尋ねられて、すぐに首を横に振った。
首を振った事で、金縛りになっていた私の身体に感覚が戻った。
尋ねられてはいないけれど、もう一度首を横に振った。
左近ちゃんがそれを見て「良かった。」と、息を吐きながら安堵したように一言漏らした。



左近ちゃんに手を取られたまま椅子から立ち上がると、そのまま窓辺に誘われた。
大人しくそれに従って左近ちゃんのそばに立った。
。」
左近ちゃんが私の名を呼んで、捕らえていた手を放すと、その腕の中へと私の身体全体を包み込んだ。目の前には彼のスーツの生地。
背中に回された手が優しく私を前に立つ左近ちゃんへと押し付ける。
髪に左近ちゃんの息が当るのを感じる。
夢にまで見た左近ちゃんの腕の中。
泣きじゃくる姪をなだめる為の抱擁ではなく、愛しい女性としての抱擁を受けているという喜び。
「これからは俺の大事な恋人だからな。そのつもりでいてくれよ。」
言葉と一緒に腕に力が込められた。
「うん。」
涙の隙間に何とか返事を返す。
身長差のある左近ちゃんの身体に手を回して、「左近ちゃん、好き。」とつぶやいた。





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2005.08.31up