ベビーフード 4
「ルームチャージしてあるけれど、どうする?」
暫くの抱擁のあと、左近ちゃんはそう尋ねた。
「それって・・・・。」
「ん、そう。が想像したとおりの事。
でも、急がなくてもいいよ。今夜の所は、恋人になってくれただけで満足だから。」
左近ちゃんはそう言って爽やかに笑う。
けれど、抱擁は少し緩んだだけで、私を放そうとはしない。
決して嫌なわけじゃない。
むしろ初めては左近ちゃんが良いと、ずっと思い続けてきた。
誰にも触れさせなかったし、誰にも見せなかった全てを、左近ちゃんになら許しても良いと思っている。
だから、ギュッと抱きついた。
恥ずかしくて返事が出来なかったから。
「無理はしなくていいんだ。こうなったからには、がなんと言っても他の誰にも渡さないから。
俺だけがのリストに名前があるんだし、それもトップなんだから。」
私に話すというよりも自分に言い聞かせるようにして、左近ちゃんは私を抱きしめている。
その様子がなぜか愛しく見えてたまらない。
ベッドの上ではきっと私のほうに余裕がない。
初めてなんだからそんな事は分かっているけれど、未知の体験に不安を覚えているけれど、
それでも左近ちゃんになら・・・・と、思っているのが、自分でもなんだか可笑しい。
「左近ちゃんの恋人になったのなら、それを実感させて。無理なんかしてないから。連れてって。」
左近ちゃんのスーツの生地に顔を埋める。
「?
本当にいいのか?
俺、自慢じゃないが途中で止める自信ないぞ?
今日まで、どれだけ我慢してきたか分からないんだからな。」
少し拗ねたような、怒っているような左近ちゃんの口振りに、切羽詰ったものを感じて、なんだか嬉しい。
それだけ、私のことが欲しいのだと感じる事が出来るから。
腕の中に捉えられたまま、返事の代わりに頷くと、そこからの左近ちゃんの動きは早かった。
そのレストランの個室を出ると、宿泊者用のエレベーターに真っ直ぐ向かい、箱に乗り込むとすぐに利用階のボタンを叩きつけるように押した。
私の手を放さないままで箱の壁にもたれると、「俺、今変だろ?ごめんな。積年の想いが叶うと思ったら、の気が変わらないうちにと思ってさ。
逃げられないようにって、焦ってるんだよな・・・・。」
「左近ちゃん、これでどう逃げろって言うの?」
私はしっかりと握られている繋がれた手をわずかに上げて微笑んだ。
「大丈夫、逃げるつもりなんかないから。
だから、そんなに焦らなくてもいいよ。
左近ちゃんがそんなだと、私どうしたらいいのか分からなくなる。」
つながれた手が優しく引かれて、私は左近ちゃんの腕の中にすっぽりと収まった。
「ごめん、そうだよな。
はビギナーだもんな。
俺だけが頼りのはずなのに、その肝心の俺が焦ったら心細くなるよな。」
耳元でそう囁いた左近ちゃんのかすれた声に、ドキドキした。
目的の階について箱を降りる。
他の人の気配がないのに何故かほっとした。
別に誰かに見られてもやましい所などないし、平気なはずだ。
部屋の前まで行ってカードキーを差し込む。
ドアを開けてくれた左近ちゃんに促されて部屋に入った。
「左近ちゃん、これ・・・・。」
自宅の自室も女の子らしい部屋だと思うけれど、この部屋はそれ以上だ。
花瓶に挿された花は、薄いピンクの薔薇とかすみ草。
ソファや家具は白に金細工が施されているバロック風。
何よりも目を引いたのがベッド。
4本の支柱に天蓋付き。
そこからなだらかな曲線を描いて、白く透けるカーテンが下がっている。
「プリンセスベッドって言うらしいよ。このホテルの1日1部屋の限定バージョンだそうだ。」
言葉も無く立っている私に、左近ちゃんはそう説明してくれた。
こんな部屋まで用意しておいて、そんなつもりが無かったわけじゃない。
けれども、私の気持ちを優先させてくれようとするのは、やっぱりそれだけ年の差があるからだろうか。
いつもは、それがちょっぴり悔しく思うのに、今夜はそれが頼もしく感じる。
このまま私の全てを左近ちゃんに預けても大丈夫。そう思える。
ショッパーから下着を取り出した。
あの店員さんに密かに感謝する。
勝負下着だと言ってもいいほどのものだから、左近ちゃんに見られても恥ずかしくない。
パジャマを買わなかったのは少し後悔したけれど、ローブはとてもいいものみたいだから、これでいいだろう。
「ゆっくり入っておいで。」と促されて、先にバスルームに入った。
高校を出てからお母さんに勧められて、エステに通いだした。
お母さんは永久脱毛や美顔など、お義父さんと結婚してからちょっと苦労したらしい。
秘書としてだけでなく、社長夫人としての生活には、社交とかパーティとかも関係してくるからだろう。
つまり、綺麗な奥さんでいなければならない。
一応、お義父さんよりも年上だから、その辺も気にしているのかもしれない。
きっと私も必要になるからとそう思ってくれたんだろう。
一応お嬢様なわけだし。
おかげで急にこんな事になっても、慌てなくて済む。
下着を着けてバスローブを着込み、そっと伺うようにドアを開けてバスルームから出て部屋を見た。
左近ちゃんはこちらに背を向けて、テレビのニュースを見ていた。
スーツの上着を脱いで、ネクタイも外している。
「左近ちゃん。」
そっと名前を呼ぶと、振り向いて微笑んで手招きしてくれた。
近くに行くと手を取って私を自分の膝上に誘導する。
それに従って大人しく左近ちゃんの膝の上に座った。
「水分補給しておこうな。」
そう言ってテーブルからスポーツ飲料のペットボトルを取り上げると、封を開けて私に手渡してくれた。
「ん、ありがと。」
3分の1くらいを一気に飲み、一息つく。
「、気持ちは変わってないか?」
さっきの熱のこもった確認とは違って、今度は押さえた感じで尋ねられた。
「変わってないよ。だって、左近ちゃんを好きになったのって、昨日今日のことじゃないもん。それに、正直に言うとあきらめてた。
このまま私と左近ちゃんは、一生叔父と姪のままいなければならないって。
好きになってはいけない人を、好きになってしまったんだって。そう思ってたんだから・・・・・。
だから、これが左近ちゃんの気まぐれでも、夢でもいいの。
それこそ、たった一度だけの事でも・・・・。」
もう、左近ちゃんの顔を見ていられなくなって、左近ちゃんの首に手を回して抱きつくと、Yシャツの肩口に顔を埋めた。
左近ちゃん自身と使っているコロンの混ざった彼の匂い。
今までは、もっとも信頼している家族でお兄さんのような人の匂いだった。
でも、今夜からは私の彼氏の匂いだ。
それが嬉しくて、顔を上げられない。
「馬鹿だな、は。夢かもしれないって思っているのは、俺の方だぞ。俺の方がそう思ってた。
俺が口説いたんじゃ、は兄や叔父への思慕を恋と間違えるんじゃないかとか、兄貴や義姉さんを困らせる事になるんじゃないかとか。
まあ、色々な。
でもな、じゃあこのまま黙ってに恋人ができたり嫁に行くのを、大人しく見守れるのかと言えば、俺には絶対に出来ない相談なんだと、この間の見合い話で自覚したんだ。
それで、兄貴や義姉さんにとの交際を申し込んだんだ。」
その言葉に、思わず左近ちゃんの顔を見上げた。
「それじゃ・・・・・」
「ん、に言うよりも前に悪いと思ったんだけど、そこは大人の都合と怒ってくれても構わない。
でも、俺が嫌だったんだ。
兄貴や義姉さんに黙って隠れるように付き合うなんて、そんな付き合いはにさせたくなかった。
堂々と手をつないで歩けるようなそんな関係でいたかったし、将来のことを考えると、先ずは兄貴たちの協力と理解が必要だろうと思ってな。」
私の一番の不安材料は、既に左近ちゃんの手で取り除かれていたんだ。
そう思ったら、それを1人で切り抜けてくれた左近ちゃんが、私をどう思っているか分かって、凄く嬉しかった。
「お義父さんとお母さんは何て?」
「ん?もちろん、OKを取ったさ。今夜、ここに部屋を取ったのがその証拠。
だから、安心していいんだ。何も後ろめたく感じる事はないから。」
背中に回された手が優しく上下して私を落ち着かせる。
左近ちゃんの手がお尻の下辺りに異動して、私を抱き上げた。
私も首に回した手に力を入れて落ちないようにする。
向かう先はベッド。
「私、左近ちゃんに食べられちゃうの?」
私の問いかけに、クスクスと耳元で笑い声がした。
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2005.09.071up
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