ベビー・ピンク 2




祭壇の前に立ち、こちらに向かってくると彼女をエスコートしている兄貴を見る。
俺の贈ったクラウンをデザインの主軸にしたドレスや小物を選択した花嫁姿。
なんだかドレスのデザインを選んだりするよりもを振り回してしまった感もある。
そのクラウンを頭の真ん中にちょこんと載せ、その上から腰の辺りまでのショートベールを全体にかぶっている。
ベールのすそには細かいレースとパールが花嫁をやさしく縁取っている。
昨日のリハーサルよりも歩幅も歩くにもゆっくりなのは、ドレスの後ろに引きずっているトレーンのせいだろうか。
ウエストで切り替えられたドレスは、そこからふわりと広がっている。
そう、まるでお姫様のドレスのように・・・。
あっ、お姫様じゃなくて、女王様だな。
胸元はほどほどに清楚に開いていて、のドレスとは違った白い肌を綺麗に見せている。
開いた胸元を縁取るように、オーガンジーがバラの花びらのように幾重にも波打っている。
背中に向かって背を高くしているので、イギリス・テューダー朝時代のドレスのように見える。
まるでを包む花弁のようだ。



近づいてくるとベールで覆われたの表情もわかるようになって来た。
いつもに増してきれいに見える。
ノーブルな・・・という表現がぴったりくる。
あまりにも綺麗であのベールを上げてみんなに見せるのが惜しくなる。
このままここから何処かへさらってしまいたい。
でも、そうすると俺との式が成立しなくなるわけで、それはまずい。
を妻に迎えれば、綺麗な彼女をこれからもこうした気持ちで見て行かなければならないのだ。
その度に、こうしてそんな事が出来るわけもないのだから・・・と、気持ちを落ち着かせるのだろう。
と兄貴がようやく俺の前に来た。
彼女の手を兄貴から受け取って、祭壇へと2人で進み出た。
早く、早く、と、式次第が進むのを待つ。
神父様のお説教や賛美歌なんてどうでもいい。
ジリジリとした気分で誓いの言葉を口にした。
指輪の交換もすんなりと運んだ。
実は、これには裏があって、と密かに練習をしておいたからだ。
目を閉じていたって出来るほどにだ。
だから、俺は手元なんて見ないで、の顔ばかり見ていた。
も同じように俺を見上げてくれていた。
上品なピンクに彩られたの唇が、美しい弧を描いて笑みを浮かべている。
その唇に早く触れたかった。



「それでは、誓いの口付けを・・・」
神父様の声に、俺はがかぶっているベールを持ち上げて、顔が見えるように後ろへとめくった。
伏せていたまぶたを上げて俺を見つめる
あぁ、やっと待っていたこの時が来た。
両肩にそっと手を置く。
手のひらにがわずかに震えているのを感じる。
キスなんて、星の数ほどしてきた俺たちだから、キスで緊張しているということは無いだろう。
だとしたら、俺と同じで感動しているのだろうか。
がそっと目を閉じた。
俺はこの誓いのキスでやりたい事があった。
それは、俺のすべてでを愛していることを彼女に分かってもらうこと。
これだけはどうしても邪魔されたくなかったので、事前に神父様に話しておいた。
さすがに苦い笑いは頂戴してしまったが、それはやった人がいないからではなくて、事前に許可を取った奴がいなかったからだった。
「その場で始められちゃいましたら、黙って見ているしかないですからね。」と、神父様は言っていた。
確かにそうだろう。
幸せの絶頂ともいえる誓いのキスの最中に、横槍を入れようとする者などいないだろうし、少しくらいの事は多めに見るだろうと俺も思う。
「まあ、長く時間を取られなければ構いませんよ。」
そう、許してもらえたので、手短に行わなければならないが、とにかく筋は通した。



神父様にも聞こえないくらいの小声だけれど、腕の中にいるといってもいい状態のには聞こえる大きさ。
「俺の全てで、これから一生愛していくよ。
まずは、家族として。」
そう言って額に唇をそっと落とした。
「もちろん、兄としても。」
右側の頬にもやさしく触れる。
「当然、叔父としても。」
今度は左側の頬に。
「そして、夫として。」
最後にの桜貝のようなピンク色の唇に。
触れるだけのキスをして、余韻を持たせるようにゆっくりと離れた。
「愛してる。」
まだ、息がかかるほどに近い距離でそう囁く。
「・・・私も。」
やっと、それだけを口にしたは、瞳の中にたっぷりの水をたたえていた。
返事を聞いて元の位置に戻る。
「ここに、2人を夫婦として認めます。」
神父様が、そう宣言をして俺たちに微笑んでくれた。
式次第通りに、俺はと腕を組んで祭壇を降りる。
最前列に座っている兄貴と義姉さん、甥であり義弟にもなった橘と視線があった。
フラワーシャワーの為の花びらが入った籠を持って、こちらを見ている。
兄貴はニヤニヤ顔で、義姉さんは娘の花嫁姿にうれし泣きしながら、橘は今の誓いのキスの様子にお怒りのご様子だ。
それでも、フラワーシャワーで祝福をしてくれた。



それから、写真撮影や披露宴を計画順にこなした。
その後は友人主催の2次会や3次会に顔を出した。
売れっ子のタレントでもここまでは忙しくないだろうと思うほどの過密スケジュール。
ホテルのスイートを予約していても、部屋に入ったのは11時。
新婚初夜だとか言って、みんなは艶っぽい夜を期待するのだろうが、実際は朝からの疲れでへとへとだ。
とてもじゃないが、ロマンチックな夜なんて難しい。
風呂に入ってベッドに横になれば、もう何もしたくない気分になると予想できる。
このまま朝までぐっすりと眠りたい。
それが本音だけれど、そうも行かないな・・・と、考えた。
これからの夫婦生活を考えると、夫としてここはがんばらなければならないところだろう。
俺以上に疲れているだろうに先に風呂を使わせた。
風呂上りは女性の方が時間がかかる。
男なんてカラスの行水程度で十分だから、俺が風呂から上がってもまだ何かやっているかもしれない。
そんなことを思いながら浴室から出た。
どのくらいの速さで身支度を整えたのか知らないが、はちゃんとベッドに横になっていた。
背中をこちらに向けているせいか、眠ってしまっているのかまだ起きているのかが分からない。
俺を驚かそうとしているのかもしれない。
そう考えて、そっとベッドに忍び寄り、が向いている方へ回りこんで顔を覗き込んでみた。



狸寝入りをしているのなら、眼球が動くとか、呼吸が不自然だったりするはずで、見破れると思ったからだ。
息を殺して、じっと見つめてみた。
視線を浴びているのを感じるほどに、強く見つめた。
けれど、は平然と眠っている。
自然な寝姿だったから、その狸ぶりに感心するほどだ。
ひょっとしたら・・・、もしかしたら・・・、本当に?
いくら見つめていても眠っているに、だんだん不振の気持ちが湧いてきた。
?」
恐る恐る呼びかけてみた。
返ってくるのは安らかそうな寝息だけ。
「嘘だろ・・・?」
華奢な肩に手を乗せて軽く揺らして見る。
横向きに眠っていたからだが仰向けになっただけで、起きそうも無いほど深い眠りについている。
「新婚初夜だぞ。」
言葉と一緒にため息が出た。
色々と悩んでいた自分がこっけいに思えて、笑いがこみ上げてきた。



これが逆なら、喧嘩する度に一生言われ続けるのかもしれないが、俺が喧嘩の切り札に使うことは無いだろう。
は、俺よりも2時間も早起きしたそうだし、花嫁の支度は花婿の俺よりどう考えても大変だと思う。
ローブデコルテのようなウエディングドレスの格好で、式や披露宴やパーティでも主役はだったし・・・食事すらまともに取れていない。
疲れて眠っても仕方が無い。
俺だって、正直に言うと、初夜のお役目を最後まで全うできるか自信が無い。
途中で眠ってしまいそうだ。
埋め合わせは他でやろう。
そう考えを切り替えて、灯りを落とすとの横にもぐりこんだ。




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2007.09.06up