ベビー・ピンク 3




年齢のせいだとは言わないが、俺のほうが確実により早起きだったりする。
こんな朝でもそれは例外ではなかった。
少しだけ開けておいたカーテンの隙間からもれて入ってくるのは、まぶしいほどの朝日だ。
枕許のサイドテーブルに内蔵されているアラーム付の時計の針は、6時半を指していた。
会社へ出る為に起きている時間と同じ。
さすが俺の体内時計。狂いは無い。
まあ、今朝は無用の長物だけど・・・。
本当なら、今日は家に帰って色々準備しなければならない。
新婚旅行は、面倒だからという理由でパックツアーに申し込んだが、すでに準備や荷造りは終わっている。
もちろん、海外は数え切れないくらいに行っている。
でも、全部仕事だ。
観光など余程に空き時間でもなければ出来ない。
見たい場所はいくらでもある。
でも、自分たちでスケジュールを立て単独行動するのは危険だし、細かい手配まで考えると大変だ。
それなら、少し豪華なツアーに申し込んで観光地を重点的に回った方が効率がいい。
も同意してくれたので、彼女の希望地とコースを選んでもらって申し込んだ。
飛行機の座席をビジネスからファーストクラスに変更し、ホテルの部屋をスィート以上にしてもらうオプションを頼んだ。
観光自体はツアーの同行客と同じだが、これでかなりゴージャス感は味わえるだろう。



そのツアーの出発日は明後日の夕方だ。
だから今日はこのホテルに一日居ることにした。
急いで家に帰る必要も無いし、もっと寝坊することを想定していたから・・・。
ゆっくりとブランチを取って、昼寝をして、夕食は静かに2人で・・・って。
結婚記念日は、昨日だ。
式も披露宴も入籍も。
役所には自分たちで行かれないから、代理を立てて提出してもらってある。
もちろん、すぐに戸籍謄本を発行してもらい確認してあるし、それは手元に保管してある。
だから、今日は名実共に結婚第一日目となる。
その記念日も兼ねている。



横に眠っているの身体を、腕の中に抱きこむ。
眠っていて無意識にもかかわらず、すぐに彼女が擦り寄ってきた。
可愛いと、素直にそう思う。
既婚の友人の誰かが昨夜のパーティで話していた言葉を思い出した。
『綺麗な嫁さんには、すぐに慣れるし感覚が麻痺してくるけれど、可愛い嫁さんは慣れないし飽きないもんだ。』と。
綺麗というのは、定義としては1つしかない。美は常に驚きによるものだからだ。
でも、可愛いという定義は、千差万別だ。
確かにそうだと納得した。
もちろん、は綺麗だし美人だ。
けれど、俺にとっては何より可愛い。
友人は、そこが大切だと言いたかったらしい。
娘のように、妹のように、姪のように・・・、どれをとってもは可愛い。
だが、一番可愛いのは、俺の妻としてだ。



の起床は7時ころだから、そろそろだろう。
そう思って髪に触れてみると、案の定もぞもぞと動き出した。
何度か瞬きをして、手が動いてまぶたをこすっている。
小さい頃と変わってない仕草。
「おはよう、奥様。」
びっくりしたように飛び起きてこちらを見ると、次は恥ずかしいのか布団にもぐった。
くぐもった声で「おはよう、左近ちゃん。」と返ってきた。
、昨夜は一応新婚初夜というやつだったの分かってる?」
「えっ、うっ・・・うん。」
「世の中では夫が酒によって出来なかったり、先に寝てしまったりなんて事がよくあるんだよ。
で、それをな、喧嘩の時に妻が切り札に使うって話は、ゴロゴロしてるんだ。
男にとっちゃ、一生の不覚ってやつだ。」
「そう・・・なんだ。」
「でもな、俺たちは逆だな。俺が切り札を手に入れたって事になる。
その気で風呂から出てきてみりゃ、愛しい新妻はすでに夢の中だ。
確かに、早起きして、式と披露宴とパーティだもんな。疲れていて当然だ。眠いのも分かる。
だから、無理に起こさないで寝かせておいたってわけだ。」
「うん、ありがと。でも、喧嘩のたびに、その切り札を使うの?」
「使われたくないだろ?」
「そりゃ・・・ねぇ。」
「だったら、今から昨夜の分も取り返さなきゃ・・・だ。」
さっきから、その気になっているあれをの身体に押し付けてみた。



「・・・。」
出てきた顔が、ぱぁっと頬が朱に染まる。
「奥様ってば、かっわいい。今更、照れなくってもいいのに。」
「ちっ、違うの。照れてなんか、いないですぅ。」
必死になって言い訳しているけれど、無駄な足掻きだ。
「まっ、いいさ。こっちに集中しようね。」
シルクの花模様のパジャマのボタンに手をかける。俺の手の上にの手が重なる。
でも、ボタンを外すのを止めようとはしない。
「これからは、ずっと一緒だ。すごくうれしいよ。」そのまま唇にキスを贈る。
「今までだって、一緒だったじゃない。」
可愛い憎まれ口をきいてきたに、「メッ」と一瞬にらみを効かせた。
「そりゃ気持ち的な話ではな、でもこれからはこの国の法律的にも社会的にも一緒にいられる。
むしろ、一緒にいなければならないんだ。これを望んでいたんだよ、俺は。」
前を開いたパジャマの開いたところから手を滑らせる。
まだ、ほんわかと温かい寝起きの身体をぐっと引き寄せた。
の両腕が俺の背中に回って、2人の身体が一番近くに寄り添う。
幸せな、幸せな充足感。
もう十分に慣れている2人だけれど、いつまでたっても毎回新鮮に感じる。
今日からは、新しい関係になったことだし、いつもとは違った印象を受けた。



気がつくと、の頬が涙で濡れている。
それは、行為による生理現象で流れているものではなく、が泣いているから流れている涙のようだった。
腰の律動をゆっくりと止め、俺はの頬に手を伸ばす。
「どうした、痛いのか?」
親指でやさしく拭ってやりながら、もう片方の頬にキスを落とす。
今朝の俺が決して性急だったとか、おざなりな愛撫だったわけじゃないはずだが、体調や時間的な違いで痛みがある場合もある。
自分1人が気持ち良いだけの行為は、自慰と同じだ。2人でやる意味が無い。
愛を確かめ合い、育む行為、とはそうありたいと思う。
心配して当然だし、辛い事ではあるけれど中断も有りだと思う。
がしがみついて耳元で切なそうにささやいた。
「うれしくって・・・。」
その一言に、胸の中が熱くなる。
「俺も・・・。」
気持ち的にはこのままの状態でいてやりたいが、そういう訳にも行かない。
なんと言っても、その最中だったわけだし・・・。
「あぁー、くそっ、どんだけ惚れさせれば気が済むんだよ。これ以上は無理って位だってのに・・・。」
もう自棄になって、腰を動かし始める。
他に気持ちを向けないと、焼き切れそうだ。
新婚初朝、もっとゆっくりと夫婦になったことを味わいたかったのに・・・。



結婚して夫婦になったばかりだというのに、今からこれじゃこれからどうなってしまうのか・・・。
先が思いやられる・・・。
絶頂と共におとずれたけだるい満足感と一緒に、ため息も吐き出した。



END

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2007.10.27up