ベビー・ブルー 4




「なあ、もし兄貴がそういう結婚を望んでいるとしたら、まず洋子さんとは結婚しなかったと俺は思うぞ。
こう言っちゃ悪いが、洋子さんは普通の家庭で育った人だ。
おまけに兄貴と結婚した時は、離婚歴が1回あってと言う子供までいた。
大会社の社長の相手としては、あまり相応しいとはいえない。
それに会社にも何も益のない結婚だった。・・・・よな?」
俺の問いかけに、怒りもしないでが頷く。
今言った事を、もし他の誰かが話していたとしたら、は物凄く怒っただろう。
俺だから、怒らないで聞いてくれている。そう思うと、素直に嬉しい。



「俺は高校1年生だったけど、こう思ったよ。
『兄貴はよほどその女性に惚れているんだな。』ってな。
その考えは当っていた。
今でもあの頃と変わりない2人を見ていると、益々そう思う。
で、俺やを巻き込んで、今は橘も一緒だけど、温かい家庭を築いている。
男として兄貴がうらやましいよ。
何処かのご令嬢と結婚するよりも幸せだろうからな。
それに、会社がピンチの時もよほど頑張れると思う。
まあ、実際、ピンチなんかにゃしねぇけどさ。」
俺の話しに、は黙って頷いた。
「だからだ、その見合い、本当に嫌ならはっきりそう言えばいい。
もしにそんな結婚を兄貴が本当に望んでいるとしたら、俺が殴ってやるから、安心しろ。」
右手をこぶしにして、左手の平にパンとぶつけて見せる。
はそれを見て「ありがとう、左近ちゃん。」と微笑んだ。



「で、どうなんだ、見合いするのか?」
今までの話はこの質問の前振りと言ってもいい。
俺にとっては、今夜のとの話の中で最重要話題だと思う。
何気ない振りで、そう質問してみた。
「ううん、お義父さんが許してくれるなら、このお話はお断りしたいと思う。
まだ学生だし・・・・。
お見合いと言うものに興味がないわけじゃないけれど、遊び半分や興味半分で会ったりしたら、相手の方に失礼だし。
それに、私にはまだ結婚なんて早いよ。」
「そうか、それなら兄貴にはそう言いな。
俺からも言って置くし。
ただな、自身はまだ早いと思っていても、世の中じゃ適齢期に入った旬な女性の1人だって事だ。
それに、義理とは言え『春野コンツェルン』のご令嬢には違いないし。
お前と結婚する事は、男のステイタスになり得る。
恋人になるだけでも後々自慢話にされかねない。
気をつけた方が良いと思う。」
「うん、そうかもね。
じゃ、明日にでもお義父さんには話してみる。
話を聞いてくれてありがと、もう行くね。」
そう言って、は部屋から出て行った。



話に結論が出たからなのか、ちょっとすっきりした表情では廊下の反対側にある自室へと戻って行った。
その後を見送って、部屋のドアを閉める。
閉めたドアにもたれて、思わず大きく息を吐き出した。
あんな脅すような言い方、絶対に俺らしくない。
もう少しスマートに言えなかったものかと、我ながら凹む。
見合いを阻止する事は、もちろん婚約や結婚させない為だ。
でも、が恋人でも作ってしまえば、そんなことしなくても俺以外の誰かと婚約し結婚する事になるのだ。
それはの自由だ。
俺が制限すべき事ではない。
それを俺の勝手で慎重に行動するように言ってしまった。
俺がああいう言い方をすれば、はまずそういうことはしない。
彼女の幼い時からの性格を把握しての事。
我ながら凄くずるいやり方だ。



兄貴たちが結婚した当初から、の世話と言うか教育係は俺だった。
だから、は先ず俺に相談するし、判断を仰ぐ。
例の約束もあってのことだろう。
が何処に出ても恥ずかしくないようにと、習い事もさせたりした。
義姉は俺に任せてくれたし、時によると両親より俺の言葉の方が、には重要だったりしていたようだ。
兄貴には『まるで光源氏と紫の上だな。』と、笑われた事がある。
今思えば、確かにそうかもしれない。
そんなつもりじゃなかったけれど、気づいて見ればは俺の理想の女性になりつつある。
俺が女性にこれが出来てほしいなと思うことは、出来るように言ったし、はそれを頑張って習得した。



たおやかでいて、芯がある女性になった。
『立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花』と言う
美人を評する言葉があるけれど、は芍薬のような女性だと俺は思っている。
牡丹は美しいけれど、花が重いため茎がその重さに耐えられない。
だから、牡丹には支えを施すし、暑さ寒さに弱いため庇護する必要がある。
雪避けや霜よけをしたりする。
牡丹の咲く季節は、そんな心配が必要な季節なのだ。
そんなに弱く人の手が必要な花ならば、もう少し季節を選べばいいのにと思う。
牡丹の花は本当に美しい。
でも、1人の力では咲けない花だ。

百合はもともと野生種から人口種に改良された花らしく、結構強い花と言うイメージがある。
香りもそうだから、自己主張が強く感じるのかもしれない。
風に煽られても倒れないその姿は、凛として美しく強い。
『したたか』そんな言葉も当てはまりそうだ。
季節も自分に相応しく初夏から盛夏を選んで咲く。
誰かの手など必要ない、1人で十分。

芍薬は、牡丹ほど弱くはない。
花と茎の強度のバランスも取れている。
花も牡丹ほど大きくはないけれど、十分に美しく大きい。
1人ででも咲ける花だ。
でも、手をかけてやればもっと美しく大きい花をつける。
百合ほどの強い香りもないしほのかで甘い。
風にも強くはないがすぐに倒れるわけでもない。
だからこそ何処ででも愛でる事ができる。
程よい放任が出来て、それでいて庇護や世話も必要だ。
女性を花に例えるのは昔からされている事だが、牡丹と百合と芍薬とどれかを選べと言われたら、俺は間違いなく芍薬を選ぶだろう。
俺の女性へのスタンスを現すとそんな感じだ。



1人ででも咲いて輝いていて、庇護も干渉も必要ない。
けれど、自身では出来ない事を気付かせてかかわってやれば、今以上の輝きを見せてくれる。
2人で1つの円になるための相手じゃなくて、1人1人が円になれるように努力し合える相手として、お互いを支えあい愛し合う。
そんな女性が俺の好みであり、パートナーとして理想とするところだ。
もちろん、俺も男だから美人な方が嬉しいし、スタイルも良ければなお良い。
それについては否定しないさ。
男なら誰だってそう思うはずだし。
性格や雰囲気なんかはそれぞれの嗜好があっても、その辺は万国共通だと思う。
ミス何とか言う奴の世界大会なんかは、そのいい例だ。



美しい花の苗の世話係を申し付けられた男。
それが俺。
もちろん苗はの事だ。
をその花壇に地植えしたのは、兄貴の右近と洋子さん。
けれども、その2人は苗の世話係を俺に与えた。
放置しても育つし、花は咲いただろう。
苗は非常に出来が良かったし強かった。
の性格から言って、子供ながらにしっかりしていたから。
多分俺が面倒を見なくても、それなりに育ったと思う。
でも、その苗にほれ込んだ世話係は、綺麗な花が咲くように出来る限りの世話をした。
その甲斐あって、苗は真っ直ぐと育ち、見事なつぼみをつけた。
今のを花で言うなら、つぼみがほころび始めたところだろう。
ここまで、しておきながら他の誰かに奪われるなんて、絶対に嫌だ。
の意思を尊重するけれど、他の男に渡したくない。



だったら、俺がやる事は一つだ。
幸いにも兄貴や義姉は俺の気持ちを知って、GOサインを出してくれた。
それなら、俺が男としてを落とす。
叔父としての俺を、この際利用しようと思った。
せっかく同じ家に住んでいるんだし。
今更、叔父じゃない俺とか、今までの関係を否定するような言動をしても、を混乱させるだけだ。
せっかくの信頼も無くしかねない。
今までの関係の上に、男と女としての関係を築く。
これが理想だろう。



光源氏は、紫の上といきなり関係を始めたばかりに、彼女は最初戸惑っていたし避けてもいたように覚えている。
そんなことをに強要するつもりもないし、避けられたりしたら落ち込むのは俺だ。
此処は作戦を練らなければならないと思った。





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2005.07.06up