ベビー・ブルー 5
翌日の夜。
帰宅後、風呂と食事を済ませて自室へ入ろうとする俺に、後からが声をかけてきた。
「左近ちゃん、ちょっといい?」
「もちろん。」
を先に部屋に入れて、ドアを開けたままで俺も入った。
ソファに座るの向かい側に腰を降ろす。
「どうした?」
「うん、昨夜話していたお見合いの事だけれど、さっきお義父さんに話して、断ってもらう事にしたの。釣書を見たら相手の人、28歳なんだもん。
いい加減な気持ちで会って、その気になられたりしたら嫌だし。
私もその気って言うところは大事だよね。
だからお義父さんには、私がお願いするまではお見合いは断っておいてって、お願いしちゃった。
お義父さんねぇ、の数少ないお願いだから、叶えておくよって。」
きっと兄貴はにそうねだられた事が嬉しかったに違いない事は、今までの経験から想像できる。
兄貴と結婚するまでは母子家庭で育ったせいか、
は大人の都合とか事情について、分別がついていた。
大した我侭を言うこともなく、何かをねだるような事もない。
本当に大人に都合のいい子供だった。
それは多分母親だけの家庭で、子供らしい発言が出来なかったからだ。
再婚だって、母親の幸せや経済的なことも考えていたと思う。
だから、何も反対せずに大人しくこの家にやってきた。
最初の頃こそ、それをの性格や出来た子供として受け止めていた兄貴と義姉だったが、さすがに橘を授かって幼稚園に入園する頃になると、の時とは違って余裕が出来た義姉は、普通の子供とはこんなものなのだと知る。
そして、がいかに我慢をしているかに気付いた。
既に小学校の高学年になっていたが、親に言われたからといって、はいそうですかと普通の子供らしくなど出来るはずがない。
娘らしい我侭やおねだりなんか全然しないに、最近では物足りなく思っているくらいだろう。
だから、兄貴たち夫婦は、の願いは出来るだけ叶えようとする。
「良かったじゃないか。これからだって、兄貴が断ってもこういう話がないとは限らないし、しっかりと意思表示をする事は大事だろ。
でも、28歳って俺と一緒だよな。それってさ、的にはどう思う?
8歳も離れていると、やっぱりおじさんか?
俺的には、とジェネレーションギャップは感じてないけれど、から見るとどうだ?」
見合いの話がもう心配要らないのなら、こういうリサーチは大事だろうと思う。
が何を考えているのか知りたい。
俺との年齢差8歳は、どんな事をしても埋めようがない。
それはどうしようもない事だ。
が彼氏に望むことの中に、年齢は年下が良いとか同い年が良いとかが含まれているとすれば、それを取り払わなければならない。
「別に、違和感はなかったよ。
28歳と言うことは気にならなかったけど・・・・・。
男の人が結婚する歳って、この位なんだなぁって思っただけ。
考えてみれば、左近ちゃんも28歳だね。」
俺が心配したような言葉ではなく、実に軽い返事が返ってきたことに、には気付かれないように安堵した。
「じゃあ、俺のことも的には十分に圏内って事か。
なら、デートを申し込んでもいいわけだ?」
軽い調子で誘ってみる。
2人で出かけた事がないわけではない。
だけど、それはが本当に少女の頃の話だ。
兄貴や義姉が忙しくて、を何処へも連れて行けないからと、俺が映画や遊園地へ付き合ったことがある。
でもそれは、兄妹か親子に近いお出かけだったはずだ。
最近では、家族で出かける旅行や食事など以外ではない。
中学に入れば、買い物だって映画だって遊園地だって友達と出かけるのが、普通の事だろうしもそうだった。
だから、多分2人きりで出かけるのは、6年ぶりくらいのはず。
それだけ間が開いているのはしょうがない事だ。
でも、考えようによっては、いいのかもしれない・・・と思った。
それだけの時間が開いていれば、お互いが子供と保護者の頃とは違うのだと、自然に意識できるはずだ。
俺はもちろんの事、にはどうしても俺を1人の男として認知して欲しい。
「どんなデートがいい?同級生とは違ってこっちは大人だから、お金の心配は要らないからな。
あぁ、こんなことを口にするのは、やっぱりおじさんの証拠かな。いや、でもをエスコ−トするんだ、やっぱ格好良くがいいよな。」
が首を縦に振りやすいように冗談めかして言うのに、心の奥に棘が刺さったようにちくりと痛みを覚える。
嘘ではないが本心からはかなり離れたことを口にしている自覚があるせいだ。
自分がおじさんなんて思ってもいない。
確かに戸籍上では叔父ではあるけれど、気持ち的には対等だ。
だからこそ、を恋人にしたいと望んでいる。
「いいの?私とデートなんかして、彼女に何か言われない?
私と左近ちゃんは分かっていても、他所から見れば叔父と姪には見えないかもよ。そのせいで2人が喧嘩なんかして欲しくないから・・・。」
は、自分のことよりも俺のことを案じてくれた。
だが、してくれる心配は、無用のものだ。
「大丈夫、俺、今恋人いないから。がそんな心配する必要はないよ。
例え、とキスしているところを見られても、誰も何も言わない。俺の心配よりもはどうなんだ?」
途中できわどい例えを出した自分に苦笑しながら、今度はに聞き返す。
「左近ちゃんたら、何を言ってるのっ。
私も彼氏なんていないから、それは全然大丈夫。左近ちゃんがいいのなら、デートの申し込み謹んでお受けします。
あのね、本当のことを言うとね、私、彼氏って持ったことなくて・・・・。だから、あこがれているデートがあるの。」
「なに、は俺の姪なのに、今まで彼氏いなかったのか?」
「う・・・うん、だって好きな人が居るんだもん。その人が居るのに、他の人とお付き合いしても仕方がないでしょ?」
「まあな。」と、返事をひねり出した。
上の空にならなかっただけ自分を褒めてやりたい。
これまで何でも話してくれていたと思っていたが、俺に内緒で想いを寄せている男が居たなんて凄いショックだ。
俺の行動は遅すぎた足掻きにしかならないのだろうか?
そんなことを考えた。
その男が俺や兄貴も認めるような奴ならば、をゆだねなければならない。
なぜなら、それがの幸せだからだ。
悔しいけれど、その男といることでが幸せになるのなら、俺は出番じゃない。
せいぜい夫婦喧嘩の仲裁か、愚痴を聞く役目が妥当な役どころだろう。
「で、そのに想われて幸運な男は何処のどいつ?」
嫉妬の波に飲み込まれないように、出来るだけいつもの調子で尋ねた。
「うん・・・・それは言えない。でも、凄く素敵な人なの。
もう、ずーっと片想いなんだけどね。なかなかあきらめられなくって。」
幸せそうな笑顔でその男を思い浮かべる。
可愛い・・・・と、俺まで頬が緩む。
だが、すぐにその笑顔は曇ってしまう。
きっと片想いの辛さからだろう。
「なに、その男には恋人でもいるのか?」
「うーん、どうだろ。
今はいないって言ってたけど、好きな人がいないって事じゃないから。」
「まさかとは思うけれど、道徳的に問題がある相手じゃないんだよな?」
「まっ、まさか。私それだけはないよ。
結婚とか婚約とかしていなくても、相手のある人から奪おうなんて思わないもん。」
「ん、それは分かっているさ。
でも、相手があっても好きになってしまうって事はあるだろ。そういうことでもないんだな?」
「うん、まあ障害とかはあるかもしれないけれど、そういう意味の障害じゃないから、大丈夫だよ。」
「そうか。
ま、今のところ片想いなら、俺とデートしても大丈夫だろ?
土曜日空けておくから、その憧れのデートしよう。予約が必要なコースならが取っておいてくれるか?」
「いいの?」
「あぁ。」
「じゃ、びしっとスーツで決めてね。」
そう言って俺を指差して笑うと、は楽しそうに部屋を出て行った。
女の子が憧れるデートっていったら、ウィンドウショッピングに映画、素敵なレストランでの食事にホテルからの夜景・・・・・・そんなところか。
が若い分だけに遊園地とかもありそうだけれど、スーツで決めてお出かけとなると違うだろう。
最後の夜景に限っては、今回は出番がないかもしれない。
いつもだったら、ホテルの部屋を予約しておくところだが・・・・。
そう、必要のない予約。
ありえない展開。
そこまで考えて、俺は自嘲気味にククッと笑った。
でもなぜか
受話器を持ち上げた。
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2005.07.13up
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